宝物 | ナノ

―触れないのは君を失いたくないから。





―でも手を伸ばさないと消えてしまいそうだったんだ。



夜桜幻想曲



「すっかり遅くなっちまったなー」


クエストの帰り道をナツと二人で歩く。
いつものメンバーで来たはずなのにエルザに依頼主への報告を押し付けられた。
俺とナツがいろいろな物を破壊した罰、らしい。


「お前が何でも壊すからだろ。くそ炎」

「あぁ!?お前だって壊してんじゃねーか!」


結局はケンカになっちまうが、俺はこの時間が愛しかった。
俺はナツが好きだ。
でもきっとナツは俺を仲間以上に思ってはいない。
愛しい。
同時に切ない。


「なあ…グレイって好きな奴…いんのか?」


突然ナツから問いかけられて驚いた。
それはまるで。


「突然なんだよ」

「いや、最近お前なんか変だったからよ…ルーシィに聞いたら恋煩いじゃないのーなんて言うから」


心を読まれたのかと思った。
けれどナツの言葉で勘違いに気づく。
俺は内心自分を嘲笑って答える。


「いるよ」

「そ…か…」


小さな返答。
そのあとナツが続けた言葉に俺は心臓が止まりかけた。


「俺もいるんだ。好きな奴」


そう言ってナツは微笑んだ。
いつもの太陽を思わせる笑顔とはちがう、本当に優しい静かな笑みだった。
きっと好きな人を思い浮かべているのだろう。
畜生。誰だっていうんだ。ナツにこんなに想われる奴ってのは。



「だからさ…ちょっとくらいなら俺だって相談にのってやれると思うんだ」

「お前に心配されるほど落ちぶれちゃいねーよ」


イライラしてつい突き放したような口調になる。
見苦しいよな俺って。
誰かも分からない奴に嫉妬して、ナツにあたる。
そんな俺をナツは少しだけ悲しそうな瞳でじっとみつめた。
なんだよ。そんな瞳で見るなよ。
期待してしまう。


「俺はいつものグレイでいてほしいんだ。だから…」


告げられた声は少し震えていた気がした。


「ナツ…?」

「あ!グレイ見ろよ!桜が咲いてる!」



俺が呆然としていると突然空気を変えるようにナツがはしゃいだ声をあげた。
ナツが駆けていった方向を見るとそこには月明かりに照らされた一本の桜の樹があった。


ひらひら舞う花弁を捕まえようとしているのか飛び跳ねているナツ。
彼の髪と相まって、まるで桜の精が舞っているようだ。


それをぼんやりと眺めていると不意に昔聞いた言い伝えが脳裏をよぎった。



『夜桜は人をさらう』



なぜかぞっとした。
ただの言い伝えだと思っていたのに。
月明かりに浮かぶ桜は魔法でつくられた幻のように儚いほど、現実離れした美しさだ。
儚さ故に魅せられる。
同時に惹きこまれたら戻ってこれないような。
そんな恐怖。
楽しそうに桜の花弁を追いかけるナツが。
そのままどこかに消えてしまう気がして。


「…ナツっ!」


俺の声に振り返ったナツを強く抱き締めた。
温かい体温とトクトクと伝わる鼓動に息が吐ける。
ああ、ちゃんとナツはここにいる。


「グレイ…?」


戸惑うようにナツは俺を見上げた。
当然だろう。いきなり俺に抱き締められてんだから。


「いきなりなんだよ」

「悪り…でもナツがどっかに消えちまう気がして…」

「はぁ?」


ばかじゃねえのなんてナツはあきれたように笑う。
いつもなら絶対殴り飛ばされる状況なのにナツは大人しく俺の腕の中で笑っている。
その熱に浮かされるように俺は口を開いていた。


「好きだ」


ぴたりと、ナツの笑い声が消えた。


「ナツが…好きなんだ。だからどこにもいくな。俺はナツがいなくなるのが一番…怖い…好きだナツ」


言葉が見つからなくて、俺はただ好きだと言い続ける。


「…っ!離せ!」


強く胸を押されてやっと俺は自分が何を口走ったのか気づいた。
後悔してももう遅い。
ナツからは拒絶が返ってきたあとだ。
けれど未だにこの温もりを手放すのが惜しくてゆっくりと腕を解く。
しかし途中でナツに振り払われた。
そのままナツは俺に背を向けて歩き出す。
振り返ることはない。
その背中に向かって俺は呟いた。
呟いた声は悲痛の色に染まっていた。


「ナツ…ごめんな…」

「…謝んなよ…」


数歩先でナツが立ち止まる。
その背中は振り向かないけれど。
僅かに震えた声で紡がれた言葉は確かに在った。


「…グレイがさ…俺に側にいてほしいなら…いてやんよ…だからそんな悲しい声しないでくれ…」

「ナツ?」


俺が戸惑うように聞くととナツは焦れたように振り返って喚いた。


「あーもう!俺もグレイが好きだ!これで文句ねぇかバカ!」


ナツの顔は真っ赤で。
泣きだしそうな目で俺を睨んでいた。
思わず伸ばした手はふり払われることはなかった。


「本当か…?」


情けないが声がふるえる。
応えるようにぎゅう、と俺の服が握られた。



「うん……ごめん…さっきはグレイがいっぱい好きって言うから恥ずかしくて…どうしたらいいかわかんなくて…」


ぽつりぽつりと呟くナツの髪をそっと梳くと見上げたナツと視線が絡まる。


「グレイ…」

「ナツは俺の隣にずっといてくれるのか?」


無言で桜色が縦に揺れる。そして桜色の瞳に映った俺がふるりと揺れた。


「グレイは俺がずっとお前の隣にいることを許してくれるか…?」


甘えたような最上級に甘い声。


「あたりまえだ。お前が離れたくなっても離れてやんねーから」

「バカだろ」


くすくすと笑うナツの頬に手を滑らせる。
目を細めたナツに唇を寄せた。


「俺を置いていくなよ…」


誰がお前を一人にするか。


誓うように口付けた。




─互いを想い合う二人を祝うように静かに桜の花弁があたりを包んでいた。


─それはまるで夜桜が魅せた夢のような一時。






end


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夕暮れの使者の優灯様より一万打記念いただきましたっ!!

きゃぁぁぁぁぁぁ!!グレナツ!!

本当にありがとうございました!!