澪を継ぐ水脈 | ナノ

落涙のあとに

書類の山と向き合いペンを走らせるリオは、途中でふとペンを止めて唇を噛んだ。それから浮かんだを不安振り払うように、またペンを走らせる。

――跡継ぎたる為には、弱音なんかを吐いていられない。

「リオちゃん」

ふと掛かった控えめな声に顔を上げると、扉の所に気の弱そうな少年が立っていた。エクセリオの交友関係を通じて、リオの護衛として異国から雇われている――、

「刹那?何か用か」
「あ、あの、ノックしたんだけど、返事がなかった、から」
「……すまない、気付かなくて」

仕事をしながら考え事なんてするもんじゃないな、とリオはため息を吐く。対する刹那は慌てて首を振った。

「仕事中にごめんなさい、でも、えっと、エクセリオ様が少し休むようにって」
「そうか、……なら休憩にしようかな」
「うん、あの、メクシアさんがお茶を淹れてくれたから」
「貰うよ。君も座って」

リオがデスクを離れて小さなイスに座り、テーブルを挟んだ向かい側を示すと、刹那は小さく頷いてから遠慮がちに座った。テーブルに置かれた紅茶の入ったマグカップが2つ。変に形式に拘るよりも飲みやすくてリオとしては気が楽だ。そういった部分を分かって配慮できるメクシアは凄いと思う。
紅茶を一口飲んでから、ふ、と息を吐くと、向かい側の刹那は自分の分のマグカップを抱えてこちらを窺うように見ている。

「……なんだ」
「えっ、えっと」

叱られたように眉を下げた刹那に、リオはしまった、と口を押さえた。リオの物言いは割りときつい。初対面から何度か刹那を半泣きにさせている。ただでさえ気弱な上に年下なので気を付けてはいるのだけど。

「……む、無理してない?」
「は?」
「一人で色々、抱え込んだりしてないかなって……」
「……」

思いもしなかった言葉に一瞬思考が停止したが、理解が追いついた途端――、不意に涙が零れた。それ慌てて拭いたリオは、滲んだ目を隠すように顔を伏せる。

「……抱え込んでなんか無い」
「うそ、抱えてるよ」

しっかり見えていたらしい、刹那の声音が僅かに強くなる。跡継ぎとして相応しくなるために、泣いている暇があればより努力しなければならない。それがリオの誇りであり、鎖だった。それが重荷になりつつあるのを指摘されて、リオは何も言い返せなかった。

「守ってあげるから、大丈夫だよ。そばにいてあげる」

泣いても良いよ。

いつの間にかリオの隣に来ていた刹那は笑う。どうしようもなくなってリオは俯くと、唇を噛み締めて静かに泣いた。控えめにリオの頭を撫でる手が、とても頼もしく思えた。

責任や重圧の不安に押し潰されそうになっても。彼が守ってくれるなら、少しぐらい泣いたって許されるだろうか。

***

「不覚だ……」

一人で泣くならまだしも、年下に宥められるなんて、と、こめかみを押さえつつ苦い顔をするリオに「でもすっきりした、よね?」と刹那は笑いながら首を傾げる。

「……そうだな。ありがとう、刹那」
「ううん、こちらこそ泣いてくれてありがとう」

――それはどういう意味なんだ。

「いつでも泣いても良いよ。ぼくがそばに居るから」
「……」
「リオちゃんは、ぼくが守るから」

そう言ってにっこりとした刹那に、リオは諦めたように笑う。それからその頬に唇を寄せて――、触れた。

「ちょっとしたお礼だ」
「……え、え、あ、あの、」

一瞬呆けた後みるみる内に顔を真っ赤にした刹那は、そのまま卒倒。まさかそこまで照れるとは思わなかった、とリオは刹那を起こしながらくすくすと笑った。

「君は、その気弱な所を少し、直すべきだな」
「そ、そんな、だって、今の、ずるい!……じゃ、じゃなくて、ならリオちゃんも泣くの我慢するところ、直すべきだよ」
「善処するさ」

だって、これから泣きたくなったって、君がそばに居て、守ってくれるんだろう?


 
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