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通り雨のカフェで


「本格的に降ってきたな」

「ですね」

 その日、リンカーである奏夜心(そうや こころ)と織笛聡流(おりふえ さとる)の2人は、能力者本部からの依頼を終え、報告に戻ろうとした所を雨に降られた。幸いすぐに近くのカフェに入ることができたが、外はどしゃ降り。窓の外を見た聡流の視線を追いかけ、心はうわぁ、と声を溢す。

「この時期だ、通り雨だとは思うが……」

 暗い空から降り頻る雨。カフェの窓ガラスを、勢い良く水の筋が流れていく。その勢いを見ていると、衰える気配など全く感じず、なんとなく不安にすらなる。

「ノアとシオさんは、大丈夫でしょうか」

 心は、依頼の効率を考え、別行動していたお互いのパートナーを気にかける。ノアとシオは1人で動いていた。雨も心配だが、この雨がもしムンドゥスの関係なら、とも不安になる。聡流は心の不安を正しく察したようで、大丈夫だろう、と頷く。

「ムンドゥスが関係するものなら、すぐに知らせてくるだろうしな」

 それもそうですね、と心が頷くと、ウェイターが、注文した飲み物を運んできた。

「お待たせ致しました。アイスコーヒーとハーブティーです」

 特に確認せず心側にハーブティー、聡流側にアイスコーヒーが置かれ、伝票を伏せ、ウェイターは去っていく。どちらともなく置かれた飲み物の位置を変えて、心はコーヒーにミルクとシロップを混ぜる。目線を上げると、聡流はハーブティーに口をつけたところだった。

「聡流くん、外ではコーヒーとか飲まないんですね?」

 心の言葉に、ん? と目線を上げた聡流。

「仕事中はコーヒーを良く飲んでたので、意外だったと言うか」

 ああ、と納得がいったように頷く。

「コーヒーは仕事中の眠気覚ましみたいなものだ。好んで飲むのはお茶の類いだな。ハーブは姉達の影響だが、種類によっては好むようになった」

「そうなんですか」

 コーヒーよりお茶系。覚えておこうと思ったところで、そういえば、2人だけでお店に入るなんて初めてだなぁと、考える。しかし、そんな余計な事を考えてしまったばかりに、なんだか急に気恥ずかしくなる。目の前にいる人物が想い人である事を、意識してしまった。そうなってしまうと、自分の、相手の一挙一動が気になりすぎてしまうのは本当に何なんだろうか、と心は考える。最近はリンカーの依頼で、聡流と一緒にいる時間が増えたせいと言うか、おかげと言うべきか、微妙な距離感が恋心を失念させる。リンカーの業務に支障が出ないように、なるべく気にしないようにする事には決めた。想いを打ち明けるのも全部終わってからにしようとも思う。けれど、ふと気付くとやっぱり「好きな人」なのだから仕方がない。
 そういえば今、自分の姿は大丈夫だろうか。走ったから髪が乱れているかもしれない。すぐに鏡で確認したくなるが、鏡を持ち歩くような女子力は残念ながら無く、ましてここからトイレに立つ勇気もない。早く雨が止まないかなぁと、そわそわしてしまう。

「どうかしたのか?」

 急に黙り込んだ心に、怪訝そうに声が掛かる。顔を上げると、こちらを見ていた聡流と目が合う。

「え? な、なんでもないですっ」

 慌てたように言う心に、少し不思議そうな視線を向けたが、特に気にした様子なく、そうか、と1言。

「もし何かあれば言ってくれると助かる。俺はあまり、人の感情の機微に聡い方ではないから」

 気を使わせてしまったなぁ、と少し反省する。聡流がたまに見せる、人付き合いが苦手だからこその、不器用でもストレートな気遣いが、心にとっては優しく思えて好ましい。そうやって言葉を掛けてくれた聡流に、心は今の考えを素直に伝える事にした。

「えっと……なんだか、急に緊張してしまって」

 あはは、と誤魔化すように笑う。

「緊張?」

 聞き返す聡流に、はい、と答える。

「2人でお茶するとか、なかったじゃないですか。そう考えたら、なんだか、ちょっとだけ」

 心の言葉に少し考えるような仕草の後、軽く首を傾げるようにして呟く。

「今更か?」

 それが、出会ってから今までの期間を指すのか、このカフェに入ってからの時間を指すのかは分かりかねた。しかしその1言と、心底不思議そうな聡流の顔を見て、波立っていた気持ちがストンと落ち着いた。決して馬鹿にするようなニュアンスは含まれておらず、純粋に疑問に思った、それが伝わる言葉。

「ほんとですね」

 微笑んで、頷く。聡流はまだ少し不思議そうにしていたが、ふと、窓に視線をやる。

「ああ、じきに止みそうだな」

 窓ガラスを濡らしていた雨は弱まり、空は少し明るくなってきていた。

「あ、みたいですね」

 そうなったら、この時間もおしまいか、と急に惜しくなるのだからまた複雑なもので。また、2人で来られたら良いなぁ、と。それを口にする事はできなかったけれど。今この時を、一緒に過ごせて良かった、そう考えた心の表情は明るかった。

 それは、とあるカフェで。通り雨をやり過ごす間の、ほんの些細な出来事。


...end...


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