かみなりのきずな
雨が降り出しそうな空だった。夕暮れ時の公園で、メイエンと雪丸はのんびりとベンチに腰掛け、各々時間を潰していた。遠く、雷の音が聞こえて、メイエンはびくりと肩を震わせた。
「ひと雨、来そうだな」
メイエンの隣に腰掛け、遊んでいる子供達をただ眺めていた雪丸が、舌打ちしながら呟いた。
「かみなりさま……怖いのです……」
「お前……。リンク属性雷のくせに、雷怖いとかギャグだろ」
涙目になっているメイエンに呆れ顔を見せると、雪丸はため息を零す。ごめんなさいなのです、そう呟いたメイエンを無視して、もくもくと沸く雲を睨みつけた。
「おかしい」
「え?」
遠くに聞こえた筈の雷鳴が、いっきに近くなる。雲を睨みつけた雪丸の顔が、険しくなる。メイエンはオロオロと、雪丸と空とで視線を往復させる。
「自然の雷じゃねーぞ、これ。此処に落ちるかもしれねぇ」
夕暮れ時、公園内にはまだ小さな子供達も目立つ。雨はまだ降らず、異変に気付く者は居ない。
「メイ、行くぞ」
「えっ……?」
「馬鹿!リンクだよ!この雷は“ムンドゥス”だ!」
言うが早いか、雪丸はメイエンの右手を掴むと、ソウルを同調させる。メイエンは驚きながらも状況を理解し、立ち上がって右手に意識を集中させた。
直後、自分に力が溢れるのがわかる。同時に、雪丸の姿に変化が現れる。瞳は金色に輝き、オレンジの髪は長く揺れる。
「まずいな、来るぞ」
「か、加速、強化!」
メイエンが雪丸の脚に手をかざし、雪丸の脚力を補助する。
その時、強い雨が降り出し、公園に居た人々が慌てて走り出す。先程まで騒がしかった公園内から、人影が消えた。
「雪丸さんっ!」
慌てたように雪丸を呼ぶメイエン。雪丸がメイエンが指差す方向に目をやれば、雨を避けようと、木の下に走り出す子供達の姿があった。
「馬鹿か!」
そうこうしているうちに、一際強い光と雷鳴が轟く。閃光が、大木に落ちるのは避けられない。何とか子供達を助けようと駆け出した雪丸だが、雷には適いそうもない。と、すれば。
「俺に、落ちろぉっ!!」
自らの右手に雷を纏わせ、空へと掲げると、大木に落ちようとしていた雷へと飛ばす。連結させられた雷は誘導を受け、進路を変更して雪丸へと落ちる。
「くっそ……!」
「まるさんっ……!」
雷鳴が響き渡る。木の下へと避難した子供達は、雷鳴に驚いて泣き出す。メイエンは、すぐさま自分より少し小さな子供達をなだめて、安全な場所へ誘導する。
雷撃全てをその身に引き受けた雪丸は、ピリピリと雷を身に纏って片膝をつく。いくらリンク中の雷属性を持つ雪丸でも、受けたダメージは大きい。
「まるさんっ!」
「まるって、言うな……」
急いで戻ってきたメイエンは、苦しそうに息をする雪丸に近寄ると、回復能力を駆使する。額に汗を浮かべながら、しばし光をかざしていたが、前触れなく光が消える。
「あっ……!」
補助能力を二重にかけた後さほど時間が経っていないため、メイエンの力は限界のようだった。どうしようっ……そう言って涙目になるメイエンの手を、雪丸が握る。
「ま、幾らかマシだ。……体勢直せ、油断すんな!」
半ば強引に手を引いて立ち上がらせると、上空へと注意を向ける。いつの間にか、暗い雲が空全体を覆っていた。これは、この辺りの次元を切りはなそうとしている……?
「身を呈して雷を受けるとは……」
「誰だてめぇ」
暗雲に気を取られていた視線を真正面に向けると、いつの間にか、黒ずくめの男が立っていた。
「気配もなく人の前に立つなんて、穏やかじゃねぇな」
メイエンを背に庇いながら、雪丸は男を睨みつける。口元を布で覆っている男の表情は読めない。睨みあったまま、お互いに動かない。
ビリ……と、男の周りに電撃が走った。まずい、と雪丸はメイエンを抱えて跳んだ。直後、自分達が居た場所に雷が落ちる。
「お前が、雷属性の……ムンドゥスか!」
「いかにも。私は雷とリンクする者。名をトゥオーノと言う」
「トゥオーノ、ねぇ……」
「まるさんっ……」
不安そうに雪丸の袖を掴むメイエンを後ろに庇う。負傷している自分と、能力切れのメイエン。それに比べ、相手はあれだけの力を使いながら、まだ力が有り余っているように見える。
「無駄な抵抗はよせ。抵抗しなければ手荒な真似はしない」
余裕綽々と言った様子で雪丸とメイエンを見下ろすトゥオーノ。
「えー? 信用できないなァ?」
突如、声と同時にトゥオーノ目掛けて大鎌が振り下ろされた。トゥオーノは即座に横に飛び、鎌をかわす。鎌の持ち主はそのまま上空に跳ぶ。
「アイギールさんっ……!」
メイエンが宙を見上げると、リンク中のアイギールが宙に駆けていた。
「はーい。良く頑張ったねちびっ子達ー?」
「うるせぇ馬鹿」
着地するとウィンクひとつ、おどけてみせる仕事仲間、アイギール。悪態をつきつつ、雪丸は内心で胸をなで下ろす。アイギールの後ろには、着物姿の少女。アイギールのパートナー、朱火の姿もある。
「なんで此処が?」
「ボクも属性は雷だからね。ちょっとの異変はわかるンだ。フィールドを作られる前に入り込めて良かったよ」
にこりと笑うと、雪丸とメイエンの頭を撫でた。
「よしよし。あとは、お兄さんに任せてネ?」
大鎌を構え直すと、トゥオーノに向き直る。雪丸はその言葉に不服そうながらも頷き、メイエンを庇う。辺りはおそらく、トゥオーノが作った次元に取り込まれている。
「キミが雷のムンドゥス?」
「トゥオーノと言う」
アイギールとトゥオーノが対峙し、ビリビリと、雷がトゥオーノを包む。
「アイギール……! 来る!」
朱火が叫ぶと、アイギールは空に跳ぶ。トゥオーノが雷を飛ばした先に、煙が上がる。トゥオーノが雷の威力を立て直すより早く、アイギールは降下して鎌を振り下ろす。トゥオーノは両腕を顔の前でクロスさせ、腕に電撃を集中させた。勢い衰えず振り下ろされた鎌を、組まれた腕が受け止める。瞬間、鉄製の鎌に電流が走る。その手に電流を受け、顔をしかめたアイギールは、鎌を取り落とす。トゥオーノはその鎌を弾き飛ばし、アイギールを蹴り上げる。
「アイギールっ!」
蹴り飛ばされて吹っ飛んだアイギールは、空中で体勢を立て直すと、地面へ膝をつく。駆け寄る朱火を制すると、アイギールは立ち上がってリンクを解いた。
「本気じゃないね、キミ?」
丸腰になったアイギールがトゥオーノを見据える。その言葉に、トゥオーノも纏わせていた電撃を消し、次元を閉じた。辺りが、暗雲こそ立ち込めるものの、見知った公園へと変わる。
「お前達と戦うメリットが、私には無い」
「キミの今回の目的は何だったのかナ?」
アイギールの言葉にトゥオーノは、メイエンと雪丸に視線を送る。
「公園内にいる人間誰かに雷を落とす事。邪魔が入ったが、結果的に目的は達した」
「自然現象で人間に怪我を負わせて、何がしたいワケ?」
「……それには、答えられん」
突如、立ちこめていた暗雲が晴れた。明るくなった空に気を取られ、次に視線を戻すと、トゥオーノの姿は跡形も無く消えていた。
「逃げられちゃったネ?」
あらら、と笑うアイギールだったが、瞳は険しく光っていた。雪丸に庇われていたメイエンは、はぁ……と弱々しくため息を吐いた。
「大丈夫……?」
「は、はいです」
朱火は屈み込むと、涙目のメイエンを覗き込み、涙を拭う。大丈夫、と頷くメイエンを、良い子良い子、と撫でる。されるがままになっていたメイエンは、ハッとして顔を上げる。
「ま、まるさんっ……大丈夫でっ……!」
「まるって言うなっ」
「はうぅ」
即座に後ろから頭を叩かれて、情けなく頭を垂れた。朱火がキミは、悪い子……と雪丸からメイエンを庇う。それを横目に見て、雪丸はアイギールに近寄る。
「これで安全だと思うか?」
「とりあえずは、かな。キミのおかげだネ?」
「俺は打たれただけだ。撃退したのはお前だろ」
「ボクも吹っ飛ばされただけだよ」
大したことできなかった、と続けて、大きく伸びをする。アイギールは背を向ける。
「まあ、彼らの目的がわからない以上、ボクらが悩んだって仕方ないのかナっ。じゃーね」
歩き出すアイギールを見て朱火は、バイバイとメイエンを撫でた。小走りにアイギールを追いかけて行く。その姿が見えなくなると、雪丸はメイエンを向いた。
「俺らも行くか」
「は、はいですっ」
嘘のように晴れた空。何事もなかったかのように、人々が戻って来る。先程の子供達も、戻ってきた友達と遊んでいた。
「メイ、強くなるです……」
弱々しくだが、告げられた確かな言葉。その言葉に、雪丸は苦々しく頷いた。どちらからともなく手を繋ぐ。小さな手のひらは、小刻みに震えていた。その手のひらを強く、握り返す。
“ごめんな”
心の中で呟いた。戦わせてごめん。怖い思いさせてごめん。せめて、小さく震えるこの手のひらだけでも守ってみせる。雪丸は、そう固く誓った。
晴れた空に、雷鳴の幻聴。強い思いは、絆に変わる。
『メイエン、雪丸、同調LV.4』
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