The infinite world | ナノ



何かが壊れないように ★


「おにーさん、寝てる? 顔色悪いよ? 具合でも悪い?」

 掛けられた声と揺すられた肩にハッとして目を開ける。目の前には、心配そうに首を傾げた青年。座っているこちらに目線を合わせるように少し前屈みになっていた。周囲を確認すると、能力者本部のロビーの風景。夕方独特の日の光が射している。確か、診察中のハセオを待つ間ロビーでぼんやりしていたが、やや記憶がない。少し眠っていたのだろうか。そこまで考えたところで、そうだ、と目の前で反応を待つ青年に視線を戻す。白い髪と、赤い瞳。整った顔立ちが作る心配そうな表情は、どこか幼いような。とにかく、知った姿ではない筈。なんだっけ、そうだ、具合が悪いのかと訊かれたんだ。顔色……元からそこまで良いとは言えないが、見ず知らずの人に声を掛けられるほど酷いものだったのかと、一瞬だけ考え込んでしまってから口を開く。

「いや、そういう訳じゃない」

 そう言って首を振ってみせるが、それでも覗き込むようにしてこちらを伺う青年に、少し疲れているのかもしれないな、と苦笑気味に答える。

「なら良かった」

 ようやく安心したように、人懐っこそうな笑みでひとつ頷く。そんな青年に向けて、七竈、と控えめにかけられた声があった。それを受けて、青年は振り返る。

「あ、れんだ! 行かなきゃ。じゃ、おにーさん、俺行くけど、お疲れならあんまり無理しないでね!」

 バイバイ、と手を振った青年は、すぐにこちらに背中を向けて、1人の女性の元へと走っていった。女性は、こちらに軽く会釈をするような仕草を見せる。それに同じ仕草を返せば、2人はそのまま出口へ向かっていった。

「れん! 今日はね、俺、先生の“ホシュウ”には呼ばれなかったんだよ!」

 聞くともなしに聞こえたその言葉。先生、とは恐らくパートナー相手に現代知識を教えている女性の事だろう。補習は、講義で理解しきれていないと判断されたパートナーが呼ばれて居残るものだ。そうだとすると、青年がパートナーで、女性がマスターなのだろうか。学んだことを逐一報告する青年の姿を見ていると、カガミ! と呼ぶシラハセの声が聞こえそうになり、少しばかり苦い気持ちになる。シラハセも来たばかりの頃はあんな風に得た知識を披露してきたし、補習を受けて、先生を困らせていたようだった。何となくそのまま見送っていた遠ざかっていく青年の姿が、いよいよシラハセと重なって見えてきて、目を反らす。

 シラハセの事から思考を反らそうと、直近で思考を移せそうなあの2人の事に意識を移した。現代知識の講義を受けてきたということは、この世界にきたばかりで、共鳴したてのリンカーなのだろうか。はしゃぐパートナーの話を聞くれんと呼ばれた女性は、どこか上の空にも見えた。無理もないよな、と思いながらも、どうかすれ違わずにいてほしいと、悲しい事にならなければ良いと。そう願ってしまったのは、七竈という青年にシラハセを重ねてしまったからだろうか。
 そこまで思って、ぼんやり記憶を辿れば、れん、七竈、という名前には聞き覚えはあったような気がするが、どうだっただろう、と考える。

“もー! 同業者にくらい興味もってよカガミー!!”

 結局、反らそうとした思考は、シラハセの事に飛んでいってしまう。はあ、とため息を漏らして、思考を反らすのを諦めて記憶を辿る。
 そうだ。あいつが忙しく人懐こく他のリンカーや関係者と交流しているから、俺が興味を持つ必要はないと思っていた。共闘したり、何度か組んだことのあるリンカー達の顔と名前は辛うじて一致するが、ほとんど交流らしい交流はしていないし、情報にも興味はなかった。そもそも、リンカーの絡まない私生活ですらそうなのだから、使命だなんだと言われてもこればかりは中々難しい。

“俺がいなくなったらどうするのさ〜〜”

 実際、苦労していた。
 今まではシラハセ頼りだったことも、自分でやらなければいけない。辻褄合わせの存在であるハセオは、自らの名前と、自分が“辻褄合わせ”として生まれた、ムンドゥスと戦う存在である事以外は知らない。

“生まれてしまったからには、責任を持たないといけないから。こうなったのは俺らの責任でもある。できるだけサポートはするけれど、でも、ハセオくんにとっては、キミが頼りなんだからね”

 試すような視線を向けてきた能力者本部部長の顔がちらつく。勝手なことを、と思う。考えすぎかもしれないが、言い慣れた、言い飽きた言葉のように聞こえたその言葉。今でもまだ素直に受けとれはしない。そういえば、久しぶりの能力者本部の景色に、そんなことをぐるぐる考えていた気もする。

(それは、顔色も悪くなるか……)

 そもそも、能力者本部としてリンカーに施設を解放しておきながら、どこか秘匿性のある形態も気にくわない。今までは、異形やムンドゥスの事もあり、何となく信用して無条件にシラハセに全て任せていた自分も自分だが、パートナーという存在も、どこまでがどう、何を目指す存在なのだろう。そして、数いるパートナーやマスター、リンカーは必ずしも同じ方向を向かなければならないのか、あるいは既に道は分かれているのか。
 その思考に意識を向ける前に、前に立つ人の気配で顔を上げた。

「カガミ、遅くなって、ごめんなさい」

 ぺこりと頭を下げたのはハセオだった。ん、と返して、立ち上がる。

「なんともねぇのか」

 ハセオはこくりと頷くと、黙って隣に並んだ。
 辻褄合わせとして現れたばかりのハセオとは、まだ同調率も不安定で、1回のリンクでもやや負担がかかるらしい。昨夜、異形の浄化後にぼんやりしていたので、念のため本部まで連れてきていた。
 あまり意思表示や感情表現をしないハセオの顔をじっと見る。何らかの処置をしてもらったのか、心なしか、来る前よりは顔色が良い。

「……風呂でも入ってくか」

「おふろ……? 大きい、おふろ?」

 ハセオが顔を傾ける。基本的に家で風呂は沸かさない。シラハセがいた頃は、温まることで免疫力が何だかんだと言いながら、結局は風呂というものが好きなだけであり、週に何回かはあいつが洗って沸かして、それなら勿体無いからと自分も浸かっていた。その習慣の名残か、たまに身体をお湯に沈めたくなる。幸い本部があるのは銭湯やら温泉には事欠かない観光地。ハセオも“大きいお風呂”と認識する程度には入浴を好むようだった。

「そ。身体洗って、あったまれ」

「……うん」

 未だどこかぎこちない動作で手を繋ぐ。

“大切に思わないとお互いに潰れてしまう”

“こいつを失ったら今度こそ全て忘れてしまう”

 自分は、そんな、利己的な感情からハセオを気にかけている。ハセオが消えたら、全て忘れられる。けれど、忘れてしまう。それは、きっとハセオ自身を大切にしているわけでは決してない。ギリギリのところで何かが繋がっているような、そんな関係性。

 じっと、下から視線を感じて、ん? と目線を送る。
 
「……あたまは、カガミが洗う??」

「まだ目、開けらんねぇのか」

「ん」

「そっか、じゃ、練習な」

 壊さないように、壊れないように。何かを守るように手探りで。深くは触れないし、触れてこない。触れたらきっと、何かが壊れてしまうから。
 それでも、端から見たら。仲が良いとでも思われていたりするのだろうか。

...end...


Special Thanks...!!
七竈/日鷹れん(魚住なな様宅)

補足等


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