(こまったなぁ、どうしよう)

目の前でにこやかな笑みを浮かべて璃生をカフェに誘ってくる男から、一体どう言えば逃れられるだろうか。

「おれさ、もう何年もこの島に住んでるからわかるんだけど、君赤髪の船に乗ってる子だろ?すげぇよな、本船に乗れるなんてさ!君も強かったりするの?」
「いえ、あの…」
「そっかぁ、でも誰かの女って感じはしないよなぁ。妹とか?」
「えっと…」

ここで赤髪の女ですなんて言っても信じてもらえないだろう。それに自分で赤髪の女を自称するのもまだ、恥ずかしい。
困って黙ってしまった璃生を見て、男は何を勘違いしたのか手を握って璃生を連れて行こうとした。

「ちょっと話そうよ。コーヒーとか奢るしさ」
「あの、人を待ってるので、やめてください…!」

なんとか振り絞って出した声も、大丈夫大丈夫といなされてしまう。
何が大丈夫なのよ、この男!

「離してください…っ!」
「はは、可愛いね。それ全力?」

やっぱり聞いてくれない。
どうしよう、近くに動物はいないかな、と探した時だった。
フワリと嗅ぎなれた匂いが璃生を包んだ。
あァ、この香りは…

「手を離せ」
「ん?なにー?」

相も変わらずニコニコ笑顔で振り返った男は、次の瞬間ギョッと目を見開いた。
その間に、璃生の手は暖かい手によって開放される。
そしてそのままその右手は璃生の後頭部に周り。
ぐいっと、引き寄せられた。
シャンクスは男をチラッと見た後、璃生の目を見つめると、ごく自然に唇を寄せてきた。
唖然としていた璃生には気付けなかった。
後頭部に手が回されたということは、90%キスをされるということに。

「ん…っ」

重なった唇は、いつもより少しだけ冷たかった。
外だからだろうか、と関係ないことを思っていた璃生の思考は、唇を割って入ってきた暖かくて柔らかいものに奪われる。

(ちょ、っと待って、こんなとこで…っ)

ちゅ、と重ねて終わりかと思ったのにそんなことはなかった。
口内を勝手知ったると言わんばかりに自由に踊る舌は、徐々に璃生から抵抗する気力と体力を奪っていく。

「あ、赤い髪…に、左目の三本傷……まさか、本物の赤髪?!」

男が驚いた顔で何かを言っているようだったが、璃生の耳には入ってこなかった。
シャンクスとキスしてる時に、他のことを考える余裕など、当然の如く、ない。

「んっ……んむ……しゃ、しゃんくす、もう…やめ…」

服をギュッと握った手で、トントンと胸を叩く。
気付いたシャンクスは、最後にチュッと軽く重ねると、そのまま璃生を胸に抱き寄せた。

「俺の船のクルーと知っても声をかけた度胸は買いだが、こいつは俺の女だ。他を当たりな」

いつもの陽気な声ではなく、低く威嚇する狼のような声。
胸に抱き寄せられた璃生でさえ、背中がゾクリと泡立ったのだ、真正面から向けられた男の精神状態や察して余りある。

すすすすすみませんでしたァ!

と叫びながら消えてく背中を見て、苦笑を漏らすしかなかった。
ごめんなさい、あからさまに誰かの女に見えるような妖艶な女じゃなくて。
赤髪の本船に乗っていて、周りが見張るほどの美人ならきっと声をかけようなんて思わなかっただろう。
璃生が平凡な見た目をしているから、あの男はこうしてシャンクスに追い払われることになったのだから、同情するしかない。

「行くぞ」

ぐいっと璃生の肩を抱いて歩き出すシャンクスの声音は、まだ低い。
怒ってるのかな…とちょっと怖くなったが、璃生はシャンクスの袖をくいっと引いて、こちらを向いてもらうよう意図を示す。

「あの…シャンクス、助けてくれて、ありがとう」

恐る恐る見上げながら言うと、 チラとこちらを見下ろしたシャンクスが、視線を上に上げながらハァとため息をついた。

「お前、流石に隙ありすぎだ。あぁやって声かけられるの何回目だ?」
「隙を作ってるつもりは無いんだけど…赤髪の本船に乗ってるのに、誰の女っぽくもないらしくて…」
「……こりゃ常に俺がついてなきゃダメだな」

わしゃわしゃと璃生の頭を撫でたシャンクスの機嫌は、すっかり直っているようで安心した。

“いいか、頭の機嫌を損ねちまった時は、袖をくいっと握って、下から見上げて、ごめんねって言うんだ。それかありがとうってな。絶対許してくれっから、試してみな!”

ヤソップさんの教えてくれた知識は、大変役に立った。後でお礼を言わなければ。




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