003



「ありがとうございましたー!」
「また来るよ、じゃあな」
「はーい、またのお越しを!」
「リオちゃーん、勘定頼むよ」
「はーい!ただいま!」

閉店の時間が近くなってくると、お勘定からの片付けという作業が増えてくる。
それも一組が帰れば皆そろそろ帰るか、と席を立つものだから連鎖的にだ。
バタバタと店内を走り回っていると、カウンター席の空席に気が付いた。

(あれ、あの人もう帰ってる)

ダンさんとの話はいつのまにか終わったようだ。カウンターにその人の姿はなかった。

(なぁんだ、残念。挨拶くらいしたかったのになぁ)

やがて閉店の時間が迫り、いつもの様に客を全員見送った後、璃生は掃き掃除の手を止めてダンさんに聞いてみた。

「お客さん、帰ったんだね」
「ん?……あぁ」
「…知り合いの人だったの?」
「昔のな」
「ふぅん…そんなに年齢がいってるようにはみえなかったけどなぁ」
「そりゃどういう意味じゃ」
「あはは、ダンさんも、ね」
「ふん、余計な一言を…」

ごめんって、と謝りながら掃き掃除に戻る。
話はこれで終わりかと思ったが、意外にもダンさんは彼の話を続けた。

「リオ」
「んー?」
「あの男を、どう思った」
「どうって言われても。私大して話してないけど…」
「印象で良い」
「印象?んー…まあ、かっこいい人だなって感じ?」
「恐ろしいと感じたか?」
「え?」
「…………」

ダンさんはいつにない厳しい表情で璃生をジッと見つめていた。
まるで、璃生のその答えがとても大事なものであるかのように。

「怖い、とは思わなかったけど…」
「………そうか」
「なんで?」
「いや、お前の目から見たあの男はどう見えたのか気になっただけじゃ」
「……そう」

そこまで年齢が近いようには見えなかったが、もしかしたら昔の知り合いというのも、可愛がっていた弟分、というくらいの関係なのかもしれない。

(なんにしても、変なダンさん)

「でも、とてもかっこいい人だったよね!」

暗くなった雰囲気を変えたくて、わざと明るい声ではしゃいでみせる。
すると、ダンさんはどこか不機嫌そうに眉根を寄せて、口を開いた。

「ふん…最後に会った時はまだケツの青いガキじゃった」
「そうなの?」
「久しぶりに顔を見たと思ったらすっかり殻が剥けちまって、つまらん」
「あはは、ヒヨコみたいな言い方だね!」
「あぁ、文字通りひよっこじゃった…。ほんの十五年で、あそこまでの男になるとはな」
「ふぅん…可愛がってたの?」
「可愛がっとらん。可愛げなんてあったもんじゃなかった。まあ、もう一人に比べりゃまだマシじゃったか…」
「へぇ〜…そうなんだ」
「なんじゃい」
「ううん。ダンさんから、昔の話聞くの、初めてだと思って」
「………」

可愛がってない、なんて言ってるけど、きっと嘘だ。
だって、どれだけ不機嫌そうにしても、瞳だけは優しさを隠しきれずに和らいでる。
懐かしい昔の思い出を大事にしている目だった。

「また、聞かせて」
「…………」
「いつでもいいから。また聞きたいな」
「……あぁ、わかった」

璃生の声から何かを悟ったのか、ダンさんはポンポンと璃生の頭を撫でると、厨房へと足早に立ち去った。
一人残された璃生は、掃除を続ける気にならず箒は壁に立てかけ、出窓に腰掛けて空を見上げた。
雲一つない新月の夜。空は満天の星だった。

(私、これからどうするんだろ)

考えてないわけではなかった。
けれど、ダンさんから昔の話を聞いて、思い出させられた。
自分の周りに、ちょっと前まで当たり前にいた人達の存在を。
それはきっと、彼の話をした時のダンさんの目がまるで、親のそれに見えたからだ。

「お父さんお母さん、どうしてるだろ…」

璃生が急にいなくなったことは、どのように扱われているのだろう。誘拐事件として世間を騒がせているのだろうか。
それとも、何も変わらず生活を送っているのだろうか。
璃生のことを、まだ覚えているのだろうか…。
じわりと視界が潤んで、星空が霞む。
つうっと、頬を熱いものが流れ落ちたのを感じた。
そんな時だった。

「隣良いか、お嬢さん」
「っ……」

ハッと息を呑んだ。
気が付けば、隣にあの男の人が座っていた。
聞こえたのは、衣擦れの音だけ。
それに至るまでの足音が一切聞こえなかった。
慌てて目元をこすって涙を拭うが、涙腺は完全に崩壊しているようで次から次へとポロポロ落ちる。

「す…みません、ちょっと、まって…」
「あぁ、いやいいんだ。無理に泣き止まなくていい」
「…っく、え…?」
「泣き止む必要はないさ。出したいだけ出せばいい。邪魔してるのは俺の方だしな」
「…………」

そう言ってそのまま璃生の隣に座り、空を見上げては酒瓶を時折口に運ぶ。
彼は本当に璃生が泣いているのを気にしていないようで、困惑している様子も苛立った様子もない。

「新月に晴れるのは久しぶりだな。星が綺麗だ」
「……ズッ…、……そうです、ね」
「落ち着いたか?」
「……はい、お陰様で」
「俺ァ、なぁんもしてねぇさ」

ニッと口だけで笑った彼は、さて、と改まって口を開いた。

「少し、聞きたいことがあってな。今時間良いか?」
「えっと…」

チラ、と店内に目をやるとちょうどこちらを見ていたダンさんと目が合った。
伺うように首を軽く傾けると、パッパッと手を振って許可を出してくれた。

「大丈夫です」
「助かる。まずは…っと、名前からだな。俺はシャンクス。お嬢さんの名前は?」
「璃生、です」
「そうか。リオ、と呼んでも?」
「はい」
「俺の事も好きに呼んでくれ」
「では…シャンクスさん、と」
「あァ。出身は?」
「出身……は、東の方の国です…」
「東の海(イーストブルー)か!一時期あそこら辺を旅してた。どこの島だ?」
「…………えっと…多分、ご存知ないかと…」
「………そうか。んじゃあ、次。ここへはいつから?」
「三ヶ月程前から…。あの、私ってもしかして、怪しまれてますか…?」

彼、シャンクスさんにとってダンさんが大切な人であるなら、そんな人の傍に得体の知れない女がいる、と警戒してるのかもしれない。
おずおずとそう尋ねると、一度目を丸くしたシャンクスさんは、フッと軽く息を吐き出すと、だっはっはっはっは!と大きな声で笑い出した。

「っ?!」
「ハハハハ!いや、悪い悪い!まさか、そんなこと言い出すとは思わなくてな…!はっはっは!」

シャンクスさんはひとしきり大声で笑った後、璃生の背中をバンバン叩いた。

(いたっ…くはないけどっ、振動が…っ)

「や、やめてっくださ、い…!あたま、が、ゆれる…!」
「おおっと、わりぃわりぃ!平気か?」

璃生の控えめな制止にシャンクスさんはまた軽く笑って手を止めた。
なんとか声を振り絞って、へいきです、と返すと、今度は優しく背中をポンポンと叩かれる。

「怪しんでるわけじゃないんだ。ただまあ、知りたいとは思ってな。嫌だったら答えなくてもいい」
「……いえ、私で答えられることでしたら、答えます」
「そうか。あーそういや、歳はいくつなんだ?」
「女に歳を尋ねる奴があるかよって、あんたの言葉じゃなかったか、お頭」
「っ?!」


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ss

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