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数日後、レッド・フォース号は再び島に入港しようとしていた。
アイオリアより縄張りの端に近い島だが、島の人が入港の手伝いに出てくる辺り、島民たちも縄張りとして認識しているのだろう。

「オレ今回は上陸しねェから、お前出かけたいなら誰かついてきてもらえよ」
「えっ、ライ行かないの?なんで?」

港から投げられた縄を受け取って結びつける作業をしていたライが、璃生の姿を見るなり呼び寄せてそう告げる。
条件反射のように問い返してしまったのも、無理はないだろう。
上陸の際はよほどの緊急時でない限り時間を十分にとって交代で見張り番をしながら全員が陸で羽を伸ばせるようベックマンさんが振り分けているからだ。

「理由は良いから、今回は誰か探してくれよ」
「う、うん、わかった…」

璃生の顔も見ずに言われた言葉に、何かを返そうという気持ちはわかなかった。
まだ体の調子が万全ではないのかもしれないと不安にはなったが、黙々と作業するライの手を止めてまで言うことでもないと璃生は大人しくその場を後にした。

ライが来れないなら、街に行くなら他の誰かに着いてきてもらうしかないのだが、璃生は誰に頼めば迷惑にならないかがわからなかった。
ハンスさんやフリードさんは食料品や医療品の買い出しで忙しいだろうし、かと言って他の船員(クルー)の人たちもそれぞれがバタバタと慌ただしそうにしている。
特に買いたいものもないし、今回は船内で大人しくしてようかな、と考えていた璃生の前に現れたのは、まさかの人物だった。

「上陸しないのか?」
「ベックマンさん…、こんにちは」
「……こんにちは。で、上陸しないのか?」
「うーん、と今は特に欲しいものもないし、誰かに迷惑かけるくらいなら船内にいてもいいかなって。繕いもの、まだ預かってるものもあるし」
「それなら、付き合って欲しいところがあるんだが」
「え、わたしに、ですか?」
「そうだ」
「それは、勿論、構いませんけど…」

珍しい、と思った。ヤソップさんやルウさんとはよく話したり一緒に食事を摂ったりするが、ベックマンさんと二人で何かをすることは初めてだ。
準備ができたら甲板に来てくれ、と言うベックマンさんに頷いて、自室に戻った。


「すみません、お待たせしました…!」
「いや、構わない。じゃあ、行くか」
「はい!」

タラップを降りる前にもう一度甲板を見渡すも、ライの姿は見当たらなかった。


「どこに行くんですか?」
「いくつかある。まずは酒屋だな」
「酒屋、ですか…」
「なんだ?行きたくないか?心配しなくとも荷物持ちさせるためについて来させたわけじゃないぞ」
「あ、いえ、そうではなくて。酒屋に私と行っても、何もお役に立てないんじゃないかなって…」
「……まぁ、行くところは酒屋だけじゃないからな」


ベックマンさんはシャンクスさんやライと違って基本的にはあまり喋らない方で、見ていて買いたいと思ったものがあったら言え、と言って以来、特に喋ることもなく一緒に歩いた。
酒屋でびっくりするくらいの量の酒を買って(樽が五つずつとか)、消耗品の補充のために雑貨屋に寄り、ネクタイやストールなどの小物がメインの服屋に寄ってサッシュ(って言うと初めて知った)をいくつか見て、と過ごしていると、いつの間にか太陽が頂点に差し掛かり、心なしか気温が高く感じる時刻になっていた。

「そろそろ飯にするか」
「そうですね、お昼頃ですもんね」
「何が食いたい」
「うーん、ベックマンさんは?」
「俺はなんでも構わん。特になければそこらの店に入るか」
「はい」

そうして入ったカフェでは当然、店内の女性客の注目を浴びたが、ベックマンさんは歯牙にもかけず堂々としていた。慣れているんだろう。

(シャンクスさんと言い、ライと言い、赤髪海賊団の人は女の人にモテる人ばかりだよなァ…やっぱり有名だからなのかな)

その隣に自分みたいな人がいてごめんなさい、と思わなくもなかったが、気にしないことにした。

「…お前を連れ出した一番の目的があってな」
「?はい、なんですか?」
「アイオリアで、ライがお前を守りきれずにヤソップから責められていただろう」
「っ、はい…」
「あの時お前はヤソップに食ってかかっていたが、あれはヤソップの言っていたことが正しい」
「……」

璃生は突然この話をし始めたベックマンさんの真意を考えた。今更、あの時ルウさんに言われた言葉を繰り返すようなことを、この人がするとは思えなかった。
ベックマンさんは、璃生が真剣に聞いているのを確認して、少し居住まいを直して続ける。

「リオ、お前の乗船はお頭が許した。お頭は、ダンゾウ…お前や頭はダンさんと呼んでいたか。彼に頼まれて、お前を預かった」
「…はい」
「それは言わば“約束“のようなもんだ。お前の身の安全を、お頭はかつての恩人に頼まれて”約束“したんだ」
「………」
「そしてお前の身に迫る危険を考えて、ライをお前の護衛につけた。歳が近かったからと言うのも理由の一つだろうが、ライにその実力がなければ任せたりはしなかっただろう」

ベックマンさんは、璃生が理解しやすいようにひとつひとつ丁寧に言葉を重ねた。
璃生はその言葉を、時折頷きながらゆっくりと咀嚼した。

「ライがあの時したことを、別の例で例えると。船番をしていたクルーがいたとしよう。しかし船に侵入者なり襲撃なりがあったとして、港に繋いでいたのでは守りきれないと、そのクルーは船を出航させた。そして目の前の敵が船を追わないように、自分はその場に残って闘った。しかし、別の道から回り込んだ他の敵に、守るべきだった船を奪われて逃げられた」
「…………」
「お頭があの時お前の目の前に現れたのは奇跡と言っていい。与えられた役割を守れなかった者は、それを反省する必要がある。……お頭は四皇の一角だ。その四皇が交わした”約束“を、ライは危うく破るところだった。ここまで言えば、何が言いたいかわかるな?」
「……はい」
「まァ、お頭だけじゃなくても”約束“は守るためにあるものだがな。四皇が交わした”約束“は、俺たちの威信にも関わってくるってことだ」
「わかりました。あの時は無理矢理納得させたようなものですけど、今改めて説明されて、本当に納得できた気がします」
「理解が早いようで助かる。それで、ライが受けた処分って言うのが、今回の上陸の間、船番をするというものなんだが…、」
「えっ、そうなんですか?!」

全く気付かなかった。決まったら言ってね、と伝えたのに!
確かにライは「やだね」と断っていたけれど。

「お前がじゃあ私も行かない、と言うのが目に見えていたんだろう」
「そ…れは、否定できない、ですけど…!」
「で、お前が遠慮して上陸しないのを見越していたお頭が、誘ってやれと言い出してな」
「シャンクスさんが…?」
「あんたが行けばいいと言い返したんだが、まだ納得してないだろうからお前から説明してやってくれ、と頼まれてこうしているわけだ」
「な、なるほど…。ライもシャンクスさんも、お見通しなんですね…」
「ライはともかく、お頭はあぁ見えてちゃんと見てる人だからな。たまに、いつまで経っても敵わないと感じさせられるよ」
「なんか、ちょっと恥ずかしいかも…。子供みたいに癇癪起こしてただけだなんて…」
「はは!まァ、カッとなってる時は気付かないもんだ」

そう気にするな、と言ってくれるベックマンさんだけど、璃生は歳下のライでさえも早く理解して飲み込んでいたのに…!としばらく羞恥心を抑えられなかった。

「それで、俺がこうしてことの真相を話したわけってのは、」
「ライにお土産、買って帰ります…」
「そう言うだろうと思ってな。飯を食ったらどこか店を見て回ろう。もちろん、お前が欲しいと思った物があったら言えって言ったのも、嘘じゃあないからな」

どこまでもお見通しなのは船長だけでなく、副船長もそうなのは当然のことだった。


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