038



船内は慌ただしかった。
嵐ともなるとそれに耐えるために仕事がたくさんあるのだそうで、シャンクスさんはベックマンさんと航海士らしき船員(クルー)とどこかに行ってしまった。
璃生は危ないから、という事で自室か食堂にいろと言われたので、食堂にいることにする。
ハンスさんと共に夕飯の仕込みを冷蔵庫にしまったりグラスなどの割れやすいものを全て棚に戻したりとキッチン内の準備を手伝っていると、やがて船が大きく揺れ始める。
窓の外を見れば、さっきまで青空を見せていた空が、真っ暗だった。

「わぁ…さっきまであんなに明るかったのに、こんなに暗くなるんですね…」
「偉大なる航路(グランドライン)だからな」
「なんだか全部、その理由で片付いちゃいそう…。…う、わっ…!」

一際大きく、船が揺れた。
食堂にいくつかある机のうち小さい方の机や椅子が壁に吸い寄せられるように流れる。
慣れていない璃生もまたバランスを保てず、カウンターキッチンに背中をぶつけてしまった。

「いったた…」
「大丈夫か?今のは大きく揺れたなァ…」

璃生に手を差し出してくれるハンスさんも、戸棚の下に手をついてバランスを取っている。
あまりにも上下左右に揺れるので、乗り物酔いとは無縁に生きてきた璃生でさえ気分が悪くなりそうだった。

「転覆したり、しないです、よね…?」
「おっまえ、この船を誰の船だと思ってんだ?赤髪のシャンクス率いる大海賊団だぜ?この程度の嵐、いくつも乗りこなしてきてるさ」

安心してな、うちの航海士の腕はピカイチだ、と笑うハンスさんに、ほんの少し安堵して頬が緩む。

「にしても外が騒がしいなァ…、誰か海にでも落ちたかァ?」

いひひ、と笑うハンスさんに、そうだとしたら笑い事じゃないですよォ、と小言を言う。
その時、バン!と食堂の扉が開いて、船員(クルー)が入ってきた。

「ハンス!ライが海に落ちた!お前も救出手伝ってくれ!」
「えっ、まじかよ!」

まさかほんとに誰か落ちてるとは…と呟くハンスさんに、船員(クルー)の人が早く来てくれって!と急かしている。
璃生はというと、船員(クルー)の口から出たその名前に、真っ青になっていた。

「リオ、お前はここにいろ。絶対出てくるんじゃねェぞ!」

ハンスさんが半ば叫ぶようにそう言ったのになんとか頷いて、ヘタリと座り込む。

(ライが…海に、落ちた…?この、嵐の海に…?)

その場合の生存確率は、一体いかほどのものなんだろう…。璃生にはわからなかった。
少なくとも璃生が生きてきたあの世界では、限りなく低い数字だろうということしか浮かばない。
その上、常態ならいざ知らず、ライは怪我人だ。こないだ大怪我を負ったばかりなのに…!

最悪の事態を想像してしまって、璃生はブンブンブン!と首を横に振った。

(馬鹿、なんてこと考えてるの!)

縁起でもないとはまさにこのことだ。きっと助かる。船員(クルー)の人たちがその為に頑張っている。
璃生にできることは、何かないだろうか…。そう考えて、すぐにうな垂れた。
ライだって何年もこの船に乗っている。少なくとも璃生よりは海上に慣れているだろうに、そんなライが落ちたのだから、璃生が甲板に出ようものなら要救助者をもう一人増やすことしかできないだろう。

(役立たずだ…)

慣れていないのだから当然と言えば当然だが、それでも何もできない自分が嫌だった。
その時、不意にある言葉が蘇る。

『うみがみえたら、いのれ、たすけてと。うみはきっと、おまえのこえをきく』

海はきっと、お前の声を聞く。
本当だろうか。本当に海は、璃生の声を聞いてくれるだろうか…。

自信はなかったが、祈るだけ祈ってみよう。
覚悟を決めると、璃生は食堂のドアノブに手をかけた。


甲板は立っているのも大変な有様だった。
台風並みの風と雨。どこかにつかまっていないと、歩くこともままならない。
気を抜けば、襲いくる高波に攫われてしまいそうだった。
ハンスさんが、絶対出てくるな、と叫んでいた理由がわかる。
その前に、シャンクスさんにも食堂か自室にいろと言われていた。
それらの言いつけを破って出てきたからには、迷惑だけはかけてなるものか、と覚悟を決める。

「リオ?!お前…食堂か部屋にいろって言っただろう!」

いち早く璃生を見つけたのはシャンクスさんだった。
他の船員(クルー)の人達もシャンクスさんの声で璃生に気付き、ギョッと目を見張る。
わかってる、危険なことくらい。
それでも、返して欲しいから。

(お願い…ライを返して…)

顔の前でギュッと強く手を重ねて祈りを捧げる。

(お願い…どうかこの声を聞いて…!)
「リオ!お前、さっさと食堂に戻れ!祈りなら食堂でしろ!」

璃生の腕を引っ張って食堂に戻るよう促すハンスさんに逆らって、足を進める。
風が背中を押してくれているような、そんな不思議な感覚だった。

(お願い…!)

ーーー泣くな、愛し子よ…

(え…?)

声が、聞こえた気がした。

璃生の目の前で、ザァーーーと海が持ち上がって、甲板に叩きつけられる。
頭から海水を被ってしまった璃生は、その重量に耐えきれず倒れてしまった。
しかし、確かに見た。

「げほっげほっ……うあ…」

海が持ち上がった時に、まるでその腕(かいな)に抱かれたかのような、見慣れた薄茶色の髪の毛をした、青年の姿を。

「ライ!お前、無事だったのか…!」
「あー…海水、飲み過ぎて喉いてぇ…」
「馬鹿野郎ーー!!俺はてっきり、お前がもう死んだかと…!」
「そうだぞ!怪我人の癖に意地張って出てくるからだ、この馬鹿野郎!」
「うわっ…抱きついてくんなよ、野郎に抱きつかれても嬉しくもなんともねェ…!」

璃生の目の前で、ゲホゲホと海水を吐き出したライの姿は、あっと言う間に船員(クルー)たちに埋め尽くされてしまう。
璃生は、呆然とその光景を見ていた。

(本当に…届いた…)

願えば海でさえも思い通りになるその力に、ほんの少し畏怖を感じながら、それでもライが無事に戻ってきたことが嬉しかった。

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ss

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