WT中編 | ナノ


▼ 06

その後、荒船くんは綺麗に2枚分(4枚をそれぞれ半分ずつ)平らげると、満足したように息をついた。
その頃に雅人も戻ってきていて、文句を言いながらもがつがつと食べていた。

「澪ちゃん、お疲れ様ー!今日ほんとにありがとね!」
「はーい、じゃあおばさん、また土曜日に!」
「気をつけて帰るのよー。哲くん、澪ちゃんをよろしくね!」
「はい。あの、会計ありがとうございます。ごちそうさまでした」
「いいのよ、またいつでもきてね!」
「はい」

雅人が呼ばれた件のドタバタも含めて澪を送ることになったので、かげうらからの謝礼という形で、荒船くんのご飯代はおばさんの好意によりなしになった。
澪としては、その分のお金を自分が払いたいくらいだったが、おばさんは頑として受け取ってはくれなかった。
この分は今後の働きで返そうと誓った。

「あ、あの、着替えてくるので…」
「おう、店ん前で待ってる」
「!!そ、そんな、あの、風邪ひいちゃうから!お店の中で待ってて!す、すぐ着替えてきます!」

まもなく5月に入るとはいえ、まだまだ夜は冷える。
荒船にそう叫ぶと、澪は慌てて2階に上がって制服に着替えた。
Tシャツと手ぬぐいを洗濯機に入れさせてもらい、制服をマッハで身に付ける。
カバンを持って周りを見渡し、忘れ物がないかを確認して部屋を出る。
大急ぎで階段を降りて洗面所を通り過ぎてから、思い立って洗面所に戻る。
姿見で全身を確認、よし!

普段は帰るだけなので特に気にしないが、今日は荒船くんと一緒に帰るのだ。少しの乱れも見られたくない。
荒船くんと一緒に帰るって、考えただけでやばい。どうしよう。

内心の動揺をなんとか隠し、澪は影浦家の自宅からお店へと続く暖簾を潜った。
最後に伝えた伝言(ほとんど言い逃げ)は無事に伝わったようで、荒船くんは店内で雅人と話していた。
わあ、なんか、すごい。
荒船くんが、私の家族と話してる…

「お、お待たせしました…!」
「おう、お疲れ。んじゃ帰るか」
「は、はい!」
「だから、固いって」

そう言いながらも、荒船くんは楽しそうに笑っている。
改めておじさんおばさんと雅人に挨拶をして2人で店を出ると、外はコートの上にマフラーが必要なほど肌寒かった。
荒船くんが中で待っててくれて、ほんとに良かった…!

「うわ、まだ結構冷えるな」
「う、うん…」
「朝霞、家どっち?」
「あ、えっと、2丁目の方です…」
「ん、すぐそこだな」

く、詳しい。常連って言ってたし、よく来るのかな…?
気になったので、思い切って聞いてみた。

「か、かげうらには、よく、来るんですか…?」
「ん?おう、週2は必ず行ってるな」
「そ、そんなに…?!」
「いろんなとこの食ったけど、やっぱあそこが1番美味いんだよな」

何気ない荒船くんの言葉に、澪は頬が緩むのを感じた。自分が好きなものを好きと言ってもらえるのは嬉しい。

「わ、私も!他のお店で食べたことあるけど、やっぱりかげうらが1番だよね!」

バッと隣を見上げると、荒船くんはびっくりしたように澪を見下ろしていた。
次いで、破顔するように笑う。
うわわ、か、可愛い!

「だよな!」
「う、うん!」
「俺あそこに胃袋掴まれててさ、逃げられる気しねぇよ」
「ふふ、逃がしませんよ」
「おばさんとおじさんとカゲの兄さんとカゲとでさ、微妙に味が違うんだよな。やっぱ焼き方とかあるのか?」
「う、うーん、どうだろう。わたしはおばさんに教わったけど、お兄と雅人はおじさんに教わってるし…」
「そうか。なんかあるんだろうな、多分」
「誰のが1番好きですか?」
「んー…迷うけど、やっぱカゲだな」
「あ、私も!ってこんなこと、本人には恥ずかしくて言えないけど…」
「あぁ、わかる。って言っても、もしかしたらバレてるかもな。…朝霞のも美味かったよ。また行くから焼いてくれ」
「え、ええ?!わ、私なんて…まだまだだよ…」

急に笑顔を向けられて、澪は思わず俯いた。
それまで普通に話していたのが嘘のように、恥ずかしくなって顔が上げられなかった。

「あ…、私の家、ここです」
「お、ほんとに近いな」
「あ、あの、送ってくれて、ありがとう…!」
「ん、どういたしまして」
「き、気をつけて帰ってね」
「俺は男だから平気だけど…まあ、サンキュ」
「えっと…じゃあ、おやすみなさい…」
「おう、おやすみ。また明日、学校でな」

学校で。果たして、澪は学校で荒船に話しかけられて平常を保てるだろうか…。
いささか不安に思ったが、なんとか頷いて門の中に入る。
振り返ると、荒船くんはまだそこにいた。どうやら、家に入るまで見ていてくれるらしい。
ま、雅人とは違うなあ…。

「あの、本当にありがとう!ま、また明日!」

ペコリと頭を下げて、逃げるように玄関へ走った。
慌てて2階に上がり、窓から門のところを見やる。
その場を立ち去ろうとしていた荒船くんは、足を踏み出して、それから不意に顔を上げた。
ちょうど荒船を見ていた澪と、視線が交錯する。
ニッと笑って片手を上げた荒船くんに、澪は精一杯の勇気を振り絞って手を振り返した。
角を曲がって、その背中が見えなくなるまで見送る。
そして、夜闇にその背中が消えると同時、窓の下にへたりこんだ。

「うわあ……」

今更ながら、顔が熱を帯びてくる。
今日は本当になんて日なんだろう。
朝の占いは見てないし、信じてもないけど、きっと1位に違いないと思った。




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