サプライズの難しい君へ



4月に入っても様々に見える未来の中にそんな出来事なんてなかったので、正直言えば油断していたというのが本音だろう。

「迅さん、こんにちはー!」
「よぉ、久しぶりだな、元気してたか」
「迅さん、本部にいるの珍しいですね!」
「そうか?まあ、最近は忙しくしてたかも?あんまこっち来てやれなくて悪いなー」

本部に顔を出すのはそれほど久しぶりでもなかったのだが、決まった廊下しか歩かなければ会うメンツも限られてくる。
人通りが多い廊下を歩くのはそういえば久々なのか?と感じながら、笑顔で挨拶をしてくれる後輩たちに挨拶を返す。

「あ、あの、じ、迅さん!あの、待ってください!」
「ん?」

バタバタと駆けつけてきたのは、
(…えーと、誰だっけ…。
4月になってから新しい隊員に挨拶されることも増えたけど、まだ全員覚えてないんだよなあ…)
こういう時村上のようなSEをたまに羨ましく思う。
とりあえず、向こうがこちらの顔を知っているのに誰だっけ?と聞くのは傷つけるかと思い、

「どうした?」

無難に乗りきる。

「あの、これ、さっき、ああああらしやまさんに…!」
「ん?ちょっと落ち着け、嵐山がどうした?」
「あ、すみません………、あの!これさっき嵐山さんに迅さんに渡してくれって言われて…!」
「嵐山が?俺に?」

そう言って、渡されたのは小さな紙切れ。四つ折りにされたそれには、5と書かれている。
(なんだ、これ?)

「あと、伝言です!9枚集めるまで中身を見ないでほしい、です!」
「んーと、よくわからないけど、わかった…。受けとるよ」

以上です!失礼します!
元気に頭を下げて走り去る後輩の背中を何気なく見ると、ぼんやりと未来が見える。

「……え?」

視えた未来は、後輩が誰かに会う様子。
どうやら先程の後輩はその人物に頼まれて迅に紙切れを渡したようだ。側には嵐山の姿も見える。問題はその人物。

(澪…?)

バインダーらしきものを手に持って、笑顔で後輩に手を振っているのは、紛れもなく迅の恋人だった。

「ま、偶然ってこともあるか…」

自分もしばらく会ってないのに、という思いはないでもなかった、が。

「なんか楽しそうに笑ってるし、邪魔しないでおこうかね」

隊長になったばかりの彼女も何か仕事を抱えているのだろう。
恋人とはいえ四六時中未来を視て良いわけもない、と思い、迅はその場を後にした。

しかし。

「あ、迅さん、こんにちは。あのこれ、さっき緑川くんから渡してくれるように言われたんですが…」
駿が?俺を探しもせずに?

「迅さん、これ、えーと、すっごいイケメンの男の子から渡しておいてほしいって言われて…!ごめんなさい、名前聞きそびれちゃったんですけど…」
すっごいイケメンの男の子?もしかしてそれって頭もさもさしてた?
「はい!黒髪で、眠そうな顔してました!」
京介だな。

「迅さんこれ出水先輩からです!すみません、俺時間ないのでこれで失礼します!」
おー配達どうもなー。

「米屋先輩と模擬戦やってたんですけど、迅さんに会ったらこれ渡しておいてほしいって…自分で渡せばいいのに、変ですよね?」
わかった。受けとるよ、ありがとう。



「なんか、おかしいな…本人達はちっとも顔を出さないのに、俺宛の預かりものばかり他人を通じて集まってくる…こんな未来視えてなかったんだけどなあ」

手元には5枚の紙切れ。そのいずれにも、数字が書かれている。
受け取った順に、5、8、6、7、3。順当に行けばあと4枚あるというのだから、1、2、4、9が書いてある紙切れが迅のもとへやってくるのだろう。

「あ、迅さん!良かった!やっと見つけた!」
「はいはーい、今日の実力派エリートは人気者だねー。今度も預かりものかな?」
「えっ、あ、はい!よくわかりましたね!えーと、これ、太刀川さんからです!あの、伝言で、」
「「9枚揃うまで見るな」」
「っ、え?」
「あー、なんとなく予想できたから、うん。ありがとう、受け取るよ」

太刀川からだという6枚目の紙切れを受け取り、その数字を見ると、9。
そして、配達人の背中をじっと視れば、そこにはまた、迅の恋人の姿が。
今までのどの配達人の未来にも、彼女は出てきた。バインダーを持って、楽しそうに笑って。

「なるほど…そういうことか」

失念していた。今日は4/9だ。
盛大なお祝いをしてくれていた母親も恩師もいないから、ここ数年は忘れていたがそういえば付き合ったばかりの頃、澪には伝えた覚えがある。

「誕生日とか、久しぶりだなあ…。ま、せっかくだし、サプライズされてやりますか」

愛しい恋人の意図には気付いてしまったが、これだけ手の込んだお祝いを計画してくれたことには素直に嬉しく思う。
あと3人は誰からのお届け物なのか、少し楽しみだった。

「迅さん!あの、玉狛の小さな男の子いるじゃないですか!いつも宇佐美さんにくっついてきてる子です!あの子から極秘任務?って言われてこれを迅さんに渡すように言われたんですけど、受け取ってもらえますか?」
なるほど、陽太郎か。わかった、配達ご苦労。

「迅さーん、久しぶり〜」
「おー、当真。お前も何かお届け物か?」

あと2人になったところで、現れたのは立派なリーゼントをこしらえたボーダーNo,1の狙撃手。

「ちげーちげー。俺は直接だよ。ほらこれ」

受け取った紙には、4。これであと1枚か。

「ん、サンキュ。直接渡してきたのはお前だけだよ」
「その理由ももうちょいでわかるって。もうそれが何かはわかってんの?」
「んー、まあ、だいたいは?」
「ふーん、でも分からないフリして行ってやるんだ」
「ま、これだけ手を込めてくれたからな、台無しにはしたくないだろう」
「愛だねぇ。じゃ、俺はこれで」
「おー、ありがとな!」

当真はひらひら手を振りながら、良い1日を〜と言って去っていった。

「さて、と。あと1人は、もう決まってるかな」

のんびり待っててやるから、早く来いよ、澪。



最後の1枚は、直接でも、間接でもなかった。

ブブブ、ブブブ

「ん、そうきたか」

送信者は、朝霞 澪。
件名は、8枚揃った?これが最後!
本文は、写真だけだった。

1枚目の写真は、四つ折りの紙切れ。その面に書かれた数字は、1。
2枚目の写真は、四つ折りの跡がついた開かれた紙。中心には、「屋」の文字。

手元の紙を数字の順に並べて、順に開いてね。

最後の一文は言われなくてもわかっていた。
言われた通りに、数字の順に並べ、順に開く。

2「上」
3「に」
4「来」
5「て」
6「く」
7「だ」
8「さ」
9「い」

これに、澪からのメールの1「屋」を足せば、

「屋上か。実力派エリート、了解!」



ポーン!
軽快な音を立てて、エレベーターが最上階へ着いたことを知らせる。
この階には他に何もなく、エレベーターからまっすぐ前に廊下が伸びている。
その廊下の先、外に出る扉の前に、彼女はいた。
にっこりと、満面の笑みの称えて。

「悠一。お誕生日、おめでとう」

そこに澪がいることは予想の範囲内で、おめでとうの言葉を1番最初に言うのも、きっと彼女だろうと思っていた。
だから、ありがとう。そう返す予定だったし、今、彼女の顔を見るまでは、そう言おうと思っていた。

けれど、

「…………」
「……、悠一…?どうしたの…?」
「ん、なんか、ごめん……」
「え?」

扉に遮られてうっすらとしているが、時刻は夕暮れ時。きっと、あの扉の向こうでは最も美しい時間の景色が広がっていることだろう。かつて迅が、澪にそう教えた。
扉を開けば、お届け物の送り主たちが誕生日のお祝いをしながら迎えてくれる。そこまで、予測ができた。あとは、扉を開けるだけなのに。

いま、自分に向けられた笑顔が。
誕生日のお祝いのためのためにあれだけの手を込めた彼女の行動が。

たまらなく、嬉しくて。

そっと澪の腕を引く。澪は、迅の様子がおかしいと思っているのか、おとなしく従う。
それを良いことに、そのまま抱き寄せた。

「っ、わ…、どう、したの?」
「ん、なんかこうしたくなった」
「えっと……皆が、待ってるんだけど…」
「ん、知ってる。けど、もうちょっとだけ」
「………嬉しく、なかった…?」
「まさか。そんなことないよ」
「ほんとに…?」
「ん。ほんと」

あまり言葉を発したくないだけ。
泣きそうになってるのが、バレたくなかったから。

澪の肩に顔を埋めると、ほんのりとシャンプーと洗濯石鹸の香りがする。
人工的な香りを纏わない澪らしい、迅の好きな香りだった。

「ね、もう行こう?バレちゃうよ…」
「えー、もうちょっとだけ」
「ゆういち!面白がってるでしょ!」
「失礼なー。久しぶりに会った恋人の感触を楽しんでるんですー。お前、これを成功させるために俺のこと避けてたろ」
「うっ、そ、そうだけど!」
「なかなか会えないと思ったら、やっぱりそうか」
「だ、だって、悠一にはSEがあるから…生半可なサプライズじゃわかっちゃうと思って…」
「俺のSE相手にサプライズ仕掛けるなんて、やるじゃん」
「驚いてほしかったの!あと、それ以上に、喜んで欲しかった」
「ん、嬉しいよ。本当に」
「それなら、良かった…。じゃ、行こう?皆待ってる」
「そうだなー、澪との再会は後でたっぷり楽しめるみたいだし?」
「………た、楽しみにしておいてください」
「おっ、やったー未来確定。楽しみにしておくよ」

一気に赤くなった彼女の頭を撫でて、屋上の扉を開く。
パン、パパーン!
扉に手をかけた音でわかっていたのだろう。開け放った瞬間に、お祝いでお馴染みのクラッカーが鳴り響いた。

「「「「「迅(さん)、お誕生日おめでとう(ございます)〜!!」」」」」






広い屋上が狭く感じるほどの人数が集まっていたことには、驚かざるを得なかった。

(こんなにたくさんの人に祝ってもらえたのは、初めてだよ)



ありがとう、愛しい人。







迅さんお誕生日おめでとう!



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