Time to pass each other

用事を終えたばかりの本部長室へと踵を返すと、そこに忍田の姿はなかった。
代わりにそこを喫煙室代わりにしていたのは、恐らくそんなことができる唯一の人物であろう、迅の直属の上司。

「よう迅、お前も忍田に用事か」
「ボス、こんなところでタバコなんて吸ってて良いの?」
「あーいいんだいいんだ、忍田も昔は吸ってたからな」
「へー、後で怒られても知らないけど」
「ははは、怒られる未来が見えるか?」

軽い笑みを零しながら余裕で煙草を燻らす林藤を、見つめてみる。
視えるのは、小南に怒鳴られ、宇佐美にも助けてもらえない林藤の姿。
ボス、何をしたんだ…。
その他にも色々と視えたが、その中に忍田に怒られるという未来は視えない。

「…あれ?」
「見えないだろ?」
「うん。…なんでわかるの?」
「それはお前、俺と忍田の付き合いなんてもう後数年もすりゃ20年になるんだぞ?あいつの言動なんてわざわざ考えなくてもわかるさ。向こうもそうだろうよ」
「ふぅん…」

そういうものなんだろうか、と何となく思う。
迅にとって付き合いの長い人間というものは少ない。
比較的長い方なのは、林藤や忍田、城戸と言ったボーダー初期の人間か、太刀川、風間などのかつてのライバルだけである。
その中のどの人間とも、林藤と忍田のような関係には至っていない。

唯一、対等であったはずの存在さえ、今は2人とも傍にいない

「で、お前、1時間くらい前に忍田に会いに行くって出かけなかったか?何してたんだよ、今まで」
「あー、その用事ならさっき終わったよ。で、もうひとつ用が出来たから戻ってきたんだけど、忍田さんどこ行ったのかボス知ってる?」
「知ってたらここで待ってないっての」
「だよね」

ひらひら、煙草を持った手を振る林藤に軽く嘆息を一つ。急ぎじゃなければ良いのだけど、とりあえず一番近い澪の任務の予定を知りたい。
ちらっと林藤を見やると、忍田と会話している様子が視えた。
その傍に自分の姿も視える。
ここで待っていれば、忍田が帰ってくるのだろう。
ならば、世間話でもして待っていようか。

「俺もここで待ってていい?ボス」
「お、なんだ。忍田はすぐに帰ってきそうか?」
「うん、多分。ボスの未来にそう視えたし」

迅が応接の為のソファに腰掛けると、向かいに座っていた林藤が立ちあがって窓を開けた。そのまま窓辺に灰皿を置いて、その場で吸い始める。迅が未成年であるという事を気にしているのだろうか、もしくは後から来る忍田にとやかく言われるのを見越してだろうか(おそらく後者)。

「待たされないといいなー。小南と宇佐美に陽太郎を預けてきたんだが、陽が高いうちに戻るって言っちまったんだよなー」
「日曜日だしね。おでかけしたいんでしょ」
「どうだ、俺の未来に2人に怒られる未来は視えるか?」
「俺のSE乱用しないでくださーい。大丈夫だよ、怒るとしても小南だけだから。宇佐美が怒るような事態にはならないみたい」
「はは、喜んでいいのかわからない答えだな…」

ふー、と外に煙を吐きだした林藤は、短くなった煙草を灰皿に押し付けると、ソファに戻って迅と向き合った。
眼鏡の向こうの瞳に、じっと見据えられる。
さて、と口にして、

(……?)
「迅、お前の用って言うのは、もしかすると澪のことか?」
「…!」

思わず目を見開く。
別に知られたくない事実ではなかったが、わざわざ言う必要もないと思っていただけに意表を突かれた。
迅のその反応に、林藤は薄く苦笑を洩らす。

「やっぱりか。お前がこうして暗躍する内容のうちの8割は、澪に関することだな」

呆れ半分、というより8割方呆れている。
残りの2割は、同情といったところだろうか。

「8割は言い過ぎでしょ…せめて半分にしてよ」
「充分多いわ、バーカ。………もうあれから5年か。あいつはまだ何も?」
「うん」
「お前も何も視えないのか?」
「そうだね」
「長いなあ」
「俺は別にこのままでもいいんだけどね」
「良かあねぇだろ」

あぁ、やっぱり。そこに行きつくのか。

「良いんだよ。あの頃と比べたら、はるかにね」

言葉を強めて林藤の言葉を遮る。今まで何度も、何人もの人に、言われたことだ。
けれどこれだけは。

「迅…」
「誤解しないでボス、俺は義務感に駆られて仕方なくやってるわけじゃないんだ。約束したからってのも勿論あるけど、それだけじゃない。他でもない俺自身が、澪を、護っていたいんだ。どんなことからも。澪があの時のことを覚えていようがいまいが、それは関係ないんだよ」
「………誤解してるのはお前の方だよ。勝手に責めたように受け取りやがって」

不機嫌そうに林藤が迅を見据える。
その顔は、何を馬鹿なことを、とでも言いたげだ。

「え?」
「好きにしろよ。ていうか今までも好きにしてきたんだろうしな。それで俺は、そんなお前に何も言ってこなかっただろうが」
「まぁ、そうだけど…」
「俺が言いたかったのは、お前はまだ煙草も吸えないような歳なんだから、もうちょい年相応に感情に素直になってもいいんじゃないか、ってことだ」
「………………それって、」

どういう意味?と聞こうとした迅の声は、扉が開く音で遮られた。



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