Rain never ceased
「今日は何があった?」
澪と迅が2人きりになる事は、決して多いとは言えない。
そもそもが本部と玉狛に分かれているため、お互いがお互いの領域へ赴かなければ偶然遭遇するということもない。
そのせいか、迅は澪に会うといつもこの問いかけをする。
「んー、特別な事は何も。授業中に応援要請が入るのも、そのまま本部に直行するのも、慶兄がレポート溜めこむのも、それが原因で忍田さんが怒るのも、私にとっては日常だし」
軽い口調で言うと、迅もふっと笑みをこぼす。
「あーでも、冬島隊が防衛任務なのに応援呼ばれたのは珍しかったかも?」
「今回は門(ゲート)の数が多かったからね。俺も出たし」
「そうなんだ?」
「基地の北東をね。見えてただろ?」
「あ、うん。基地に隠れてほとんど見えなかったけど、土埃は見えてたよ。あれ、迅さんだったんだ」
「いつも通り事後報告になったけどね」
「迅さんなら事後報告でも問題ないんじゃない?」
「ところがそうでもないんだなぁ…城戸さんに一度連絡くらいいれろって怒られちゃってさ」
「あはは、司令は確かに厳しそうだ」
「笑いごとじゃないんだって。忍田さんもうちのボスもいなかったから、誰も庇ってくれなかったんだよ?」
「ふふ、それは災難でしたー」
話すのはもっぱら世間話だ。年頃の男女らしいドキドキと胸が高鳴るような内容ではない。けれど、たまに訪れるこの穏やかな時間が澪は嫌いではなかった。
しかし…
「今日もありがとう」
「うん」
「……………」
「……………」
穏やかでゆっくりとした時間にも、終わりは訪れる。他の人と帰る時にはない、迅と帰る時だけ現れる沈黙も、もはや毎回のことだった。
「………、この後またどこか行くの?」
「んー?そう、だね。まだちょっと時間あるけど」
「そっか…」
ちょっとしか時間がないのなら、夕飯には誘えない。送ってくれたお礼にお茶に誘うというのも、以前にやって失敗した。結局世間話が尽きれば、待っているのは静寂だからだ。
そして結局、
「じゃあな、澪」
ポン、と頭を撫でた手がひらひらと振られる。別れはいつも、迅からだった。
「あ、うん…。気をつけてね」
「うん、澪もね」
オートロックの扉の前で青い背中を見送る。迅はいつも振り返らない。それはわかっているけれど。
完全に姿が見えなくなるまで見送る。
それは澪が自分に決めていることだった。
帰宅して全ての部屋の電気をつける。最後にお風呂場を確認して電気を消すと、居間に戻って澪は一息ついた。
(久しぶりに会えた…)
目を閉じて、さきほど見送った背中を思い出す。一緒に歩いている時は隣を見上げることができなくて、いつも澪の脳裏に残っている彼の姿は後ろ姿だ。
「悠、一…」
声に出した呼び方を拾う者はいない。その呼び方をしていた頃の自分はもう思い出せない。
迅は何も変わっていない。変わらず、あの日のまま哀しい色を纏って、飄々と笑う。
あの笑顔の裏に隠した本音は、どんなものなのだろう。
わかりたいと、思うけれど。
「そんな資格、私にはないか…」
止まない雨
あの日の雨は、いったいいつまで降り続けるの。