Rain never ceased

エレベーターで上階に上がり、長い廊下を歩いていると、澪はまたもや見知った顔に出くわした。
正確に言えば、出くわしたというよりはここに来ることが分かっていた様子なので待ち伏せされたという方が正しいのだろうが、別に澪は彼を避けていたわけではないので、どう言えば良いのかわからなかった。

「よっ澪、久しぶり。忍田さんとこ行くんだろ?俺も一緒に行っていい?」

白いシャツに黒いズボン。青いジャケットと同色のサングラス。

いつ見ても同じ格好をしている彼が今トリオン体なのか生身なのか澪には判別できない。

「迅さん。久しぶり。珍しいね、忍田さんに用があるの?」
「いや、俺があるんじゃなくて、忍田さんが俺を必要とするだろうって俺の…」
「SEが言ってる?」
「そうそう。澪、今日急に呼び出されたでしょ?その報告?」
「ううん。報告は冬島さんがやってくれたよ。今日は太刀川隊が任務だし、陽介は家反対方向だからやっぱり送ってもらうのは悪いなと思って」
「忍田さんに会いに来たわけだ。じゃあ俺の役目も決まったな」
「?どういうこと?」
「行けばわかるよ。おっと…、本部長は偉くご立腹のようだ。とばっちり食らわないようにしないとな」

まだ顔を見てない人の機嫌が何故わかるのか。
答えは決まっていて、また何か未来が見えたのだろう。それにしてもご立腹とは。
十中八九その理由は先程別れた成人男児に違いない。
苦笑いでため息を吐くと、迅も同じタイミングでため息を吐いたようだ。きっと考えていることは同じに違いない。澪が顔を上げる前に、行こう、と歩き出した迅の背中に倣って、澪も歩き出した。



果たして迅が見た未来は…、現実のものとなった。
本部長室を訪れた事を知らせる為のノックをしようと上げた手は、中から聞こえてきた怒鳴り声でその動きを止めた。
一度手を下ろし、そっと眉を顰める。

(慶兄私の忠告聞かなかったな?まったく…)

軽く嘆息をこぼし、澪は再度手を上げて今度こそノックをする。

「忍田さん、澪です。迅さんも一緒にいます。入っても良いですか?」

太刀川隊の隊室を訪れた時とは違い、ノックをして返答がある前に名乗る。
この先にいるのが直属の上司であるからだ。
しばらくそのまま待っていると、ウィンと扉が開き、中から苦笑した沢村本部長補佐が現れた。

「澪ちゃん、迅くん、お疲れ様。忍田本部長は今…」
「良いか、任務が終わったら本部で待機していろ!勝手に帰ったら明日の朝日は拝めないと思え。わかったな、慶!」

「うわぁ、忍田さん物騒だなぁ。ま、視えてたけど。太刀川さん、今度は何やらかしたの?」
「あ、えっと1ヵ月レポート溜めこんでたんだって。それも進級に関わるやつ。朝から家電が鳴るから何事かと思ったけど…」
「なるほどね。それで大学側から忍田さんに連絡が行ったわけだ。太刀川さんが困る方法を知ってるなぁ、さすが」
「忍田さんが大学にわざわざ行って何かあったら連絡してくれるようお願いしたんだよ。高校時代で学んだって言ってた」
「やるなぁ。でもそこまでさせる太刀川さんってさ…」
「うん。見本にしちゃいけない大人の筆頭だよね」

澪と迅がしみじみと太刀川に呆れていると、電話越しの説教を終えた忍田が漸く訪問者に気付いた。

「澪、迅、来ていたのか。すまない、見苦しいところを見せたな…」
「俺は特に気にしてないですよ。太刀川さんの相変わらずさには苦笑いもんですけど」
「私もさっき会った時からなんとなくわかっていたので。一応忠告はしたんですけど、ランク戦してました?」
「実に楽しそうにな。まったく、妹弟子はこんなにしっかりしてるのに、あいつはどうしてこう…」

ぐったり項垂れる忍田に、沢村、澪、迅は揃って苦笑いを浮かべることしかできない。
しかし元来の性格で忍田は一息ついただけですぐに立ち直ると、改めて澪に向き直った。

「そういうわけで、すまない澪。慶の任務が終わるまで私は本部を離れられない。誰か送ってくれる人を……、
そういえば迅、お前何か用があったんじゃないのか?」
「俺が用があったんじゃなくて、忍田さんが俺を必要とするだろうって俺のSEが言ってたんで。用件は、澪を家まで送って行く、で間違いないですか?」
「お前は…、本当にタイミングが良いな。慶が任務ということは出水も任務だろうしな。すまんが、頼んだ」
「実力派エリートにお任せを。ってことで行くよ、澪」
「え、あ、うん!じゃあ響子さん、忍田さん、失礼します」

迅に手を取られ、澪は慌てて沢村に挨拶して、忍田に一礼してから本部長室を後にした。



廊下に出て、斜め一歩前を歩く迅の隣に並ぶ。

「迅さん、良いの?私送って行くなんて玉狛まで帰るのに遠回りでしょ?」
「だいじょーぶ。今日はまだ帰らないし。実力派エリートはやることたくさんあるけど、澪を送って行くくらいの余裕はあるよ」
「そっか…。ありがとう」
「いえいえ。澪を1人で帰すなんてことしたら、忍田さんと太刀川さんから旋空弧月が飛んでくるしね」
「………」
「俺も、他の誰かがそんな事したら風刃でぶった切るし」
「ふふ…、ありがとう」

言っている内容は先程の忍田に負けず劣らず物騒だが、迅は決して冗談は言っていない。

澪はとある事件を経験してから、日が沈んだあと1人で帰宅することはなくなった。
必ず誰か、ほとんどの場合が兄弟子である太刀川か、同居している忍田だが、こうしてたまに迅や、出水や米屋が送って帰ることが日常となっている。
周囲の人の暖かい配慮に感謝しながら、澪は毎日警戒区域にほど近い忍田名義のマンションへと帰宅するのだ。



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