Rain never ceased

真西の敵を掃討し、その後市街地にほど近い北西の敵も粗方片付けたところで今回の任務は収束を迎えた。
しつこくお疲れ様会に誘ってくる当真の誘いを断り、本部のA級の隊室が並ぶ区画に向かう。
時刻は17時少し前。授業はとっくに終わっているはずだ。

トリオンでできた廊下を進んでいると、前方に見慣れた後ろ姿が見えた。
ふわふわとあらゆる方向に跳ねた特徴のある頭。
本部にいるのに今日は珍しく私服のようだ。

「慶兄!」
「おー、みお」
「私服なの珍しいね。今日任務あるんでしょ?」
「夜勤までまだ少し時間あるからな。ランク戦でもしようかと相手を探してたところだ。お前、暇ならやるか?」
「慶兄とやると気づいたら2時間とか経ってるから嫌だよ…。それに、結果的にポイントごっそり持っていかれるだけだと思うし…」

良くて2勝。10本勝負なんぞで終わるはずのない太刀川を相手にするには、とてもじゃないがポイントがもったいない。

「ポイント稼ぐチャンスだと思わないところがお前らしいところだよなぁ」
「自分の実力くらいわかってるってば。それに夕飯作らなきゃいけないし。慶兄も任務終わったら来る?」
「あー…しばらく忍田さんと顔を合わせない方が良いって俺のサイドエフェクトが…」
「あはは、何それ、迅さんの真似?」
「迅に会ったらそう言われる気がする」
「何、またレポート?」
「うん」
「いつまでの?」
「………………」
「……え、そんなに酷いの?」
「期限は1ヵ月前…進級に関わるレポート…」
「うわぁ〜…あ、だから忍田さん今朝機嫌悪かったのかな」
「まじで?!うわぁ〜もうバレてんのかなぁ…」

頭を抱えて悩み始めた太刀川に呆れたように溜め息を吐く。
携帯電話の普及率が人口に匹敵している昨今、滅多に鳴ることのない家の電話が鳴り響いたのは今朝の話である。
ちょうど朝食の準備をしていた澪はその電話の内容を知らないが、電話に出た義父、忍田真史の顔がだんだんと強張って眉間に皺が寄って行ったのをよく覚えている。
ボーダー関連で何かあったのだと思い、詮索はしないでそのまま見送った澪だったが、恐らくあれは目の前の男がやらかした案件の電話だったに違いない。

「忍田さんに何かしらの報告が行ってることは確かだと思うから、任務までの時間をレポートに当てることをお勧めするけど…」
「任務までに終わらせられそうにねぇよ…」
「終わってなくても努力をしている姿を前にして怒鳴り散らしたりしないと思うよ、忍田さんは」
「お前ならな…。俺の場合はどうなるか…」

すっかり悄然としてしまい肩を落とした太刀川の背中をぽんぽんと労(いた)わるように撫でる。

「反省してるみたいだからあまり怒らないであげてくださいって言っておいてあげるから、頑張って、慶兄」
「まじで〜〜わかった…俺頑張るよ…」

とぼとぼと歩いていく太刀川の背を見送り、澪はその場を後にする。
たったこれだけの助言で頑張ってレポートをやるくらいなら、忍田や大学の教授は苦労してないに違いない。
後でC級個人ランク戦ブースにいるであろう米屋と出水に確認して、本当に来ていないようだったら忍田に先ほどの言葉を伝えてあげよう。

そう思いながら歩いていると、いつの間にか目的地に着いていた。
A級1位太刀川隊隊室。
機械的な文字と、二十六夜(ただの三日月ではないらしい)と三本の刀が交わる見慣れたエンブレムが表示されている扉の前に立つと、扉を軽くノックする。
中から問いかけがあると思って待っていたが、目の前の扉は唐突に開いた。

「澪ちゃーん、そろそろ来ると思ってたよー」
「柚宇ちゃん、不用心だよ…本部内とは言え、一応確かめた方が良いと思うけど…」
「澪ちゃんだと思ったからすぐに開けちゃった。気をつけるね〜」

いつも通りオペレーターの席に座ってゲームしている国近に言葉で言っているような反省はない。
これが太刀川や出水であったり、部屋の中に国近1人でなかったならば何も言わない。
また、女子であってもA級6位の加古のように戦闘員であるならば、澪が言うのはむしろおこがましい。
彼女達なら生身であっても不審者など逆に撃退してしまうだろう。しかし、国近はオペレーターなのである。
生身は勿論、トリオン体であっても戦う術を持たない。
ボーダー本部に侵入する無謀者など滅多にいないが、それでも顔の見えない扉の向こうの人の声も聞かずに入室を許可するなど不用心以外の何物でもない。
じっ、と国近を見つめると、彼女は困ったように眉を下げた。

「ごめんね。本当に気をつけます。…澪ちゃんに言われると説得力が違うんだもんなぁ…」

あはは、と苦笑をこぼす国近に澪の言いたいことは伝わったようだ。
一つ頷いて、澪は本来の目的を探して視線を巡らせた。

「あ、荷物なら奥のソファの上に置いておくって出水くんが言ってたよ〜」

澪の探し物が分かったのだろう国近が奥を指さして教えてくれる。
「はーい、ありがとう」

言葉通り隊室の奥にある3人がけのソファに向かう。
大柄な太刀川でも余裕で横になれる大判のソファは特注だ。
太刀川隊皆でお金を出し合って買ったらしい。
その端に同じデザインの鞄が2つと、細い布袋が1つ置いてあった。

2つの鞄のうち、重い方を左肩に背負い、右肩に細長い布袋をかける。

「柚宇ちゃん、ここから公平に通信って繋げられる?」
「ランク戦中じゃなければ出てくれると思うけど。繋げてみる〜?」
「お願いしていい?」
「はいはーい」

『もしもーし、柚宇さん?』
「あ、いずみん?澪ちゃんきたよ〜」
『あ、まじっすか。澪?きこえてる?』
「聞こえてる。鞄ありがと!あのさ、慶兄に捕まりたくないからブースには行かないね」
『まじか、久々にお前の相手もしてやろうと思ってたのによ』
「魅力的なお誘いだけど、夕飯作らなきゃいけないからさ」
『あーじゃあ仕方ねぇな』
「うん、また明日ね!陽介にも言っておいて〜」
『はいよ。気をつけて帰れよ』
「ん、ありがと〜。……柚宇ちゃんもありがとう!それじゃ私帰るね」
「は〜い。澪ちゃんまたね〜」
ひらひら手を振ってくる国近に手を振り返し、澪は退室した。

次に向かうは、今朝不機嫌に出勤していった義父のところである。



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