Days to follow calmly

「三輪、今日って任務?」
「あぁ、午後からだ」ま
「昼飯食ったら行くーお前らは?」

お昼になると隣のクラスの三輪を加えて4人で昼食を摂るのが日常だ。
初めは出水と米屋と澪の3人だったのだが、高校に入学してすぐの頃米屋が隣のクラスを覗いたら、1人で昼食を摂っている三輪を発見してそれ以来引っ張ってくるようになった。澪と三輪が顔を合わせたのもそれがきっかけだ。
初めは嫌々来ていたらしいのだが、それも回数を重ねると諦めたのか今では米屋が呼ばなくても自分から来るようになった。行かなければ米屋がうるさくなると知っているのだろう。

「俺は今日非番。澪は?」
「今日は部活〜」
「あー今日火曜日か」
「うん」
「帰りは?」
「慶兄が迎えに来てくれるって」
「ん、なら平気か」
「うん。多分そろそろ起きて大学に課題提出に行ってるんじゃないかな?」
「………俺太刀川さんくらい強くはなりてーけど太刀川さんみたいな大学生にはなりたくねーな」
「……のんきに言ってるけどお前このまま行くと太刀川さんコースまっしぐらだぞ」
「やめてよ言葉にしたら現実になりそう」
「おい、澪酷い」
「「酷いのは(あんたよ)お前だ」」
「だ、ダブルで言わなくたっていいだろ…しかも秀次やっとしゃべったと思ったらそれかよ」
「大学に入ってまでお前の面倒見るのは御免だ」
「っはは、言われてやんの、槍バカ」
「うっるせ、お前だって似たようなもんだろうが」

俺ばっかりいじめられるー!と机に伏せって嘘泣きをする米屋にフォローの言葉は浮かばない。
学業の成績で言うなら間違いなく彼が一番危ないからだ。
時間だ、と三輪に引きずられるように連れて行かれた米屋を出水と2人で見送り、朝一の宿題はしっかりやってきていたようだが、午後の英語のテストの存在を忘れていたという出水に付き合って復習をしているうちに、お昼休みは終わりを迎えた。



“面!”
道場に響く部員の掛け声。澪も壁に向かっての100回素振りを終えると、面取り稽古に入る。
週に3日。ボーダーの任務がない2日と、毎週火曜日。
本来は毎日ある剣道部の部活で澪が参加するのはこの3日だけだ。
澪の通う高校の剣道部は、公立にして都大会常連の強豪校である。
毎朝7:00集合の朝練は自主的なものではなく強制で、放課後19:00までの練習に加えて月に2回土日のどちらかに練習試合を行っている。
当然部の規則は厳しく、余程の理由がない限り欠席は許されない。
しかし澪はボーダーの任務があるということで許されていた。
例外という形になるが、何もこれは澪に限ったことではない。
現在この高校に通っている者では澪だけだが、過去に太刀川も同様の例外を受けて部活に参加していた。
学業では教師陣を悩ませていた太刀川も、剣道部にはいきいきと勤しんでいたらしい。
同時期に高校に通っていたわけではないので、あくまでも先輩から聞いた話に過ぎないが。

基礎稽古を終え、水分補給のために面を取ると籠っていた熱気から解放される。
乱れていた呼吸を整える為にも大きく深呼吸すると、道場に掛け声以外のざわめきが起こった。
何事かと見やれば、道場の入口に人集りが出来ていた。

(なんだろ?先生に怒られないのかな…)

厳しいことで有名な剣道部顧問の姿を思い浮かべ、その姿を探すも、見当たらない。
わっはっは!と大きな笑い声が人集りの中から上がるところを見ると、どうやら人集りの中にいるようだが、そうなるとますます人集りの中心が気になった。
するとそこにタイミング良く部長が通りかかる。

「あ、先輩!あの、誰か来たんですか?あれ…」
「あぁ、一昨年卒業した先輩が来たんだってさ。すごい強かったから先生も可愛がってたって話だよ。私はまだ入りたてだったからよく覚えてないけど」
「へぇ…」
「よく知らないけど噂だけはたくさんある人でさ、剣道はすごい強かったらしいんだけど、うちの顧問以外には嫌われてたとか、頭のレベルが小学生並みとか、授業は休んだのに部活には参加したとか、嘘なのか本当なのかよくわかんないのばっかだけどね」
「あー…っと、ちょっと覚えがあるので私も行ってきて良いですかね?」

話を聞く限り、浮かぶのは1人だけである。
先輩に許可を取り、人集りに近付く。その中心にいたのは予想通りの人物だった。

(やっぱり…。今日迎えに来るって言ってたしな…)

顧問の先生や先輩と楽しそうに話している太刀川を確認すると、澪はその場を離れた。久しぶりに会って話しているのを邪魔したくはない。それだけの理由ではなかったが。

「あれ、知らない人だったの?」

人集りに近付いても混ざらずに帰ってきた澪に、部長が問いかけてくる。
そういえば、覚えがあるって言ったっけ。

「いえ、私はすぐに会える人だったので話しかけなかっただけです。先輩こそ良いんですか?あの人、多分滅多に来ませんよ」
「良く知らないって言ったでしょ。それに私、ミーハーじゃないし」
「あ、じゃあ相手してもらってもいいですか?」
「良いよ。久々だし、やろうか」
「ありがとうございます!」

見れば集まっているのは3年の先輩(それも男子ばかり)がほとんどで、1年や2年もちらほらと輪から外れて行っている。
実際に後輩として一緒に過ごした3年生はともかく、顧問の先生が気に入っているということで気になっただけなのだろう。
人集りの方が気になりつつも稽古を再開させている同輩に混じって、澪は部長と向かい合わせで立ち会った。



一通り稽古を終えて道場に一礼して外に出る。これから先は自主練の時間だ。
7:00始まりの朝練前と、19:00までの放課後練の後は強制でない練習の時間とされている。澪のようにボーダーとのかけもちの他に、アルバイトのある生徒のための配慮というわけだ。
また、体を痛めつけたあとの休息を大切にするのは、この高校の剣道部の方針でもあった。
防具を外した軽い体で深呼吸すると、夜風が肺に入り込み、火照った体に涼しさを与えてくれる。
これが冬ともなると寒さに震えるところだが、最近ようやく暖かくなってきたので道着姿でも寒いと感じる事が少なくなった。

「みお」

道場のすぐ傍にある水道で汗を流していると、背中に声がかかった。タオルで顔を拭きながら振り返ると、おつかれ、とペットボトルを投げ渡される。
ありがと、と言いながら難なくそれを受け取ると、頭にかかったタオルを取られわしゃわしゃと頭を拭かれる。

「まだ結構さみいんだから風邪ひくぞ」
「ん、んん、あ、りがと」
でもちょっと力が強いよ、慶兄。

「随分来るの早かったね」

校舎の中にある剣道部の部室に向かうまでの道すがら、並んで歩く。

「一回帰るのも面倒だったからな。そのまま来た」

太刀川の通う大学と彼の自宅はそれほど近くはない。学力で選んだため、それほど近い場所は選べなかったのである。
澪と忍田の自宅が間に挟まっている形になるが、その距離さえも太刀川にとっては面倒な距離だったのだろう。それに加え、母校ともなれば知り合いはたくさんいる。

「そっか。あ、ここまでで良いよ、荷物ありがと。着替えてくるから校門のところで待ってて」
「おう」
「じゃ、またあとで」





「今日のご飯、慶兄の好物だよ」
「知ってる。忍田さんが、力うどんだから食っていけってな。餅も買ってあるぞ」
「帰りに買わなきゃって思ってたのに、さすが」
「だろ?食い終わったらあべかわ餅作ってやるよ。好きだろ」
「きなこ買ってくれたの?慶兄さすがわかってる〜!」
「だろ〜?」

さりげなく持ってくれた鞄が予想外に重かったのか文句を言いながらも持ち続けてくれたり。
歩く時はいつも車道側を歩いてくれたり。
妹弟子の好物を把握して買っておいてくれたり。
太刀川慶という男は、意外と紳士なのだ。
朝霞澪は、そんな兄弟子が大好きであった。



「え。遠征行くの?」

それは唐突な話だった。
澪が作った夕飯を忍田と太刀川と食べ終え、約束通り太刀川が作ってくれたあべかわ餅を食べている時、そういや、また遠征行くことになった、と太刀川が漏らしたのだ。

「あぁ。って言っても今回は下見のようなものだから、2週間くらいで帰ってくるぞ」
「あ、じゃあ初めての人がいるんだね。いつから行くの?」
「来月…の、いつだっけ?忍田さん」
「23日からだ。日程は正確に把握しておけ」
「はは、すいません」
「ってことは、実際に行くのは冬頃になるの?」
「そうだなー、11月の前半に出て、帰ってくるのがぎりぎり年内ってとこか?」
「そうなんだ…今回は短いんだね」
「メンバーの平均年齢が下がってきているからな。あまり長い遠征はやめた方がいいと上層部で決定した」
「そっか、高校生がほとんだもんね。……気をつけてね、慶兄。大丈夫だとは思ってるけど」
「おう。俺は何回も行ってるから大丈夫だ」
「何度も行ってるからと言って問題なく帰って来られるとは限らない。そういう時こそ油断で足元を掬われるなよ」
「わかってますって。そういうわけで、出水も学校来なくなると思うけど」
「あ、うん、わかった。何しておいたらいいか聞いておくね」
「……お前も諏訪あたりにノートを頼んでおいたらどうだ」
「えー…めんどくさ、っはい、そうですね、そうします…」

めんどくさいよ、と言いかけた太刀川の言葉は、忍田が一睨みしたことで別の言葉に変わる。
好物のあべかわ餅を口にしているのに冷や汗をかかなくてはならなくなった太刀川の背中を、澪はそっと慰めるように撫でた。




静かに続く日々
始まりは、すぐそこまで来ているということに、まだ気付かず。


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