第四話 彼の天使
「おお」
日曜日の昼食として定評のあるものが夕飯に出てきた。冷凍ものだろうがエビやレタスがごろごろ入っているものを一口食べた僕は思わず上記の感嘆の声を漏らした。
「美味しい」
「当たり前だっつーの!俺様の手料理だからな!!感謝しろよ」
「四ノ宮君の料理が僕を死の淵へ歓迎するのかと思ってたよ」
さりげなく暴言を混ぜてそう言ってみたのだが四ノ宮君には届かなかったのだろうか、彼は憤怒することなくわかりやすいぐらいに肩を落とした。
「僕も翔ちゃんのお手伝いをする予定だったんですけど……音也くんに捕まっちゃって」
「なるほど」
「借りは返したぜ」
「ナイス判断」
音也くんというのは多分大浴場事件の際来栖君と一緒にいた男の子のことだろう。僕は得意満面な来栖君と固い握手を交わした。別に何も言っていないのにわざわざ恩返しをしてくるなど良い家庭で育てられたお子さん達と見た。
お互いに握りあった手をぶんぶんと振っている間四ノ宮君はまたにこにこと笑っていらっしゃっる。
「明日は僕が腕をふるいますね!」
「やー覚悟決めとくわ」
さすがに明日は逃げ切れないような気がする。胃薬は一応、鞄のなかに常備しているからいざとなればあれに頼ることを生き甲斐にした。
夕飯を食べ終え、食器を洗ってから僕と四ノ宮君はベットに座りかぼちゃを眺めていた。来栖君は課題が終わっていないのか机にて頭を抱えながら紙と格闘している。
美味しいチャーハンのお礼にしてはしょうもないものだが暇をもて余した四ノ宮君が来栖君にちょっかいをかけないようにここは僕が引き受けてやろう。ちょっと幼稚園の先生になったような気分である。
我が生徒こと四ノ宮君は通常運転で、かぼちゃ達のなかでも一際大きなかぼちゃを指差す。
「これはかぼちゃさん」
「うん」
そのまんまじゃん、とは一切言わなかった。
次に、始めに紹介されたものより少し小さいかぼちゃが四ノ宮君の膝の上にのせられた。
「これは、かぼちゃくん」
「うん」
最後に四ノ宮君は一般家庭の冷蔵庫でよく見られるサイズのかぼちゃを僕の膝の上に置く。
「そしてこれはガブリエル閣下四世ちゃん」
「こいつだけ名前すごいね」
「この子は明日スープになるからとびっきり可愛い名前をつけたんです」
「ああ僕のせいでごめんねガなんたら……。」
よりにもよって四ノ宮君に調理されるなど野菜生命として最大の屈辱であろう。少し出荷されるのが遅かったら今頃有名なシェフの元にでも送られて美味しいスープになっていただろうに。僕は生まれて初めてかぼちゃに同情した。
憐れみからかぼちゃを犬の顎の下を撫でるように人差し指の腹で撫で回すと何故か四ノ宮君が喜んだ。
「わあ!良かったですねガブリエル閣下四世ちゃん!」
今の僕に彼はちっとも理解出来ない。
半笑いでかぼちゃを撫で回し続ける僕に課題を片手に来栖君が振り向いた。
「なぁ」
「ん?」
「お前、すげーな」
「何が」
「那月とうまく波長合わせられるやつが七海以外にいたとは……。」
「七海?」
「あいつのパートナー、七海春歌っつー女子」
七海春歌。女子。残念なことに僕は来栖君が感心してくれる程四ノ宮君に合わせきれていない。このとおり完全に彼のテンションに飲まれている。
たが七海春歌という女の子は多分彼と歩調を合わせきれているのかもしれない。そうでもないとここまでエキセントリックな男とパートナーなんて続けられていないだろう。
「へー」
天使様のパートナーを勤められる女の子とは一体どんな子なのだろうか。
大いに興味が沸く。僕は来栖君の目を真っ直ぐ見つめた。
「可愛い?」
「ま、まあ」
あからさまに来栖君は目を逸らした。ほっぺたも徐々に赤くなる。
「なーるーほーどー」
わかりやすいやつだ。天使様のパートナーはさすがお相手が天使様ということもあり来栖君が認める程度には可愛いのだろう。
「つまり来栖君が好きになるぐらい、めちゃめちゃ可愛いんだね?四ノ宮君はAクラスだから……うん、今度見に行こう」
「やめろや!これ以上ライバル増やしてたまるかよ!!」
「やー僕もさすがアイドル候補生とあってひかえめに言ってもゴッホの自画像並みにキャワイイから、一目惚れされちゃうかも」
「ふっざけんな!マジふざけんなお前!」
課題を放り出して、顔を真っ赤にした来栖君が飛びかかってきた。抵抗する気なんてこれっぽっちもないので簡単に押し倒される。お腹の上に座り頬を引っ張ってこようとする彼をかぼちゃでガードしつつ僕はかぼちゃといちゃついている天使様に助けを求めた。
「いたーい助けて四ノ宮君来栖君が新人苛める」
「翔ちゃん、めっ!」
「あだっ!!」
四ノ宮君が来栖君の額にデコピンをすると、来栖君は2メートル程上に飛んだ。
舞い上がって、落ちてきた来栖君がベットのスプリングで跳ねて床に転がり落ちる様子を黙って見送り、僕と四ノ宮君はひしと抱き合う。
ガブリエル閣下四世ちゃんが僕に撫でられてどう思ったのかはわからないがちょっと見上げてみた四ノ宮君は若干嬉しそうであった。