運命の男


夕日は完全に沈んだ。地平線からゆっくり濃紺に染まっていき、伸びてきた灰色の雲から雨粒が落ちる。遊園地内に冷たい水が降り注ぐ。
傘もささず私と四ノ宮君は手を繋いだままその下を歩いていた。


「四ノ宮くーん」


髪の毛から爪先まで私と同じく濡らしている彼は振り向かない。


「しーのーみーやーくーん」


何度苗字を呼んでも振り向かない。強情なやつである。
激しい雨のなか私は声を張り上げた。


「傘探すかどっかで雨宿りするかしよう、熱もっとあがるよ」

「黙れ、俺はこんなところ早く出たいんだよ」

「出口見つける前に君がくたばっちゃうよ」

「……お前達ここで何をしている」


四ノ宮君が立ち止まる。
その前に青い傘をさした男が立っていた。


「傘もささずに……風邪を引くぞ、俺のでよければ貸してやろう」

「それがもうすでにひいている人が」

「余計なこと言うなブス」

「貴様、自分の伴侶になんて口を!!」

「ぶっ」


何故か噴き出した四ノ宮君は直後折れた木のように倒れた。豪雨が意識をなくした彼の身体を打ち付ける。濡れた巨体を地面から拾い上げて肩に担ぐ。いつもの二倍重いが愛すべき人類を雑巾に変える趣味はないので耐える。それまでに私と四ノ宮君から体温を奪っていた雨は男が傘を貸してくれたお陰で防ぐことが出来た。
お礼を言いつつ、


「あの、この辺で雨宿り出来るところありませんか。あと濡れちゃいますよ」

「ああ、俺は大丈夫だ。もう一本あるのでな。雨宿りならば……。」


聞くと青い髪の男は雨粒を肌にゆっくり走らせながら私に微笑み、隠し持っていた赤い傘をぱっと開いた。


男に案内されてやってきた場所はアイススケート場であった。
閑散としたドーム内にある牛乳のように白い氷を灰色の座席や手すりが逃がすまいと言わんばかりに取り囲んでいる。無人のアイススケートリンクは傷ひとつなく。表面を光らせている。


それを手すりに腕をのせて眺めている私の隣に男が立った。


「下はプールになっている。本格的な冬になれば開放される。滑るか?靴ならいくらでも」

「うーん、割れない?」

「その氷は夏にならないと割れない」

「じゃあいいや」


季節は違えども、割れる可能性を耳にして私のなかで好奇心が潰えた。何より下がプールなんて一体どんな構造だ。恐ろしい。
そんな恐怖心を私が語れば笑っていた男の目が急に変わり、愛すべき人類を見るような目で氷を見つめている。


「雪が溶けて雨になり、表面を覆う氷が全部割れたら、彼女に会える」

「彼女?」

「馬鹿なやつでな。失恋で身を投げたまま出てこない」


いきなり何を語り出すと思いきや。どうも男はその彼女とやらのことが好きであるらしい。
しかし彼女は彼以外の人類を愛し、破れ、この氷の下にあるプールに飛び込んだそうだ。いつ飛び込んだのかは知らないが夏に会えると断言するあたり一応彼女は生きていると判断した方がいいのだろう。


「……約束などしたわけではないが」


冷たい雨が雪に変わる冬が終わり、春を吸い込んで膨張する夏の日差しに凍った世界が完全に溶けて沈んだ彼女が目を開けて浮上するその瞬間を。


「俺はずっとここで待っている」


男の横顔をしばらく見つめた後、私は後ろを振り返った。
顔にタオルをのせて寝込んでいる四ノ宮君が見える。


「……四ノ宮君そこに置いてみようか、熱で溶けるかも」

「それでは意味がない」

「なるほど」


冗談半分で口に出したら即却下された。なかなか手厳しい、恋に生きる男だ。
四ノ宮君の様子をペットボトルに入ったお茶を口に運びつつ眺めて、飲み込んでから私は男に聞いてみた。


「あのね観覧車に乗ったんだ。観覧車目的で、ここの遊園地にきて。目的は果たしたから出口を探しているんだけど、知らない?」

「終わりと始まりか」


終わりと始まり。父に再会する前の四ノ宮君の顔が瞼の奥から蘇る。


「終わりと始まりはあの先にある」


少し離れた場所にある非常口の下にあるドアを指差し、男は続けた。


「だが、容易に戻れるとは限らない。終わりと始まりに向かうだけの度量がお前にあるのか?」


戻るも戻れなくとも。
青い目を一度見てから手すりに全体重をかける。


「私もあなたと同じ。待ってる人がいるから」


私の待ち人は今どこにいるかはわからないけれど、


「ちゃんと待っててあげないと、帰ってこれなくなるでしょう」

「……そうだな」


分かってくれたらしき男は前を見据えたまま薄く微笑んでいる。
四ノ宮君以上に美しい男の顔を眺めるのに満足した後、全体重をかけていた手すりから離れて眠る四ノ宮君の元へ向かった。


「四ノ宮君起きそうにないなあ……よいしょ」


タオルを畳んで席に置き、隣に飲み干したペットボトルを置く。ここまできた時と同じ。四ノ宮君を担いで私は男に頭を下げた。


「傘とタオルとお茶本当にありがとう」

「達者でな」

「うん」


灰色の席を横切る前に私は男に言った。


「人魚姫帰ってくるよ。あなたがいるから」


アイススケートリンクを背景に男はそっと微笑んだ。




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