第二十三話 蛹解体ショー


柔らかそうな髪が床の上で乱れている。彼の白い首、頸動脈部分に僕はフォークの先をあてた。


「暴れたら突き刺すから」


トマトを食べようとした時みたいに軽く押し付けながら宣告しておく。脅しがきいているのか四ノ宮君がじっとしているのを良いことに早速眼鏡をかけようとしたところ、


「……あいつじゃない」


喋った。あの四ノ宮君が喋った。
おそるおそる下を見る。四ノ宮君は目と口をにたにたと歪めている。


「最初から狙いはお前だよクソアマ」


フォークがさらに四ノ宮君の脈に食い込んだ。四ノ宮君が僕の手を上から掴んで自分の首に押し付けている。僕が怯んだ隙にフォークが真っ二つに折れる。折れた部分が落ちて、鳴る。
ただの棒になったそれに気を取られている内に上着の襟が捕獲され、次。僕は円盤のように投げられた。背中とか後頭部を派手に打ち付けながらテーブルごと吹き飛ぶ。痺れる。残っていた朝食やグラスが僕のまわりに散乱している。警鐘を鳴らす頭に全く僕は追いつけない。上にはいつのまにやら四ノ宮君がいる。腹に乗られる。僕の頬を僕であると確認するように両手で撫でてから、殴る。骨と骨がぶつかって血が飛ぶ。四ノ宮君の手が赤くなる。フォークが落ちた時と違って鈍い音が響いている。テーブルから落とされた皿が振り落とされる。骨と地面のせいでまた割れる。破片で瞼を切る。真っ赤な血が細い切り口から溢れ出す。
腕を掴まれる。四ノ宮君がそのまま立つので宙ぶらりんになる。開けられない瞼から液体が垂れる。編み込みしている髪をまとめたゴムが切れていて、ほどけている。ぐったりしている間に下のズボンのベルトを引っこ抜かれる。ベルトは投げられ、ズボンが落ちる。上着を取られて固い床にまた組み敷かれた後、口内にナイフを突っ込まれる。


四ノ宮君がボタンをくわえる。わざとなのか、時間をかけてぶちぶちひとつひとつ器用にちぎられる。シャツとかも紙みたいに引きちぎられる。繊維や糸が無理矢理離されて無惨な姿になる。私が前のことを思い出して怯えると昨晩と同じ粗末なブラジャーがずれる。舌を切っ先でつついていたナイフが滑って頬の肉を少しかすり、切る。血の味が滲み始めた。
四ノ宮君の目は淡々としている。まるで工場の流れ作業だ。ベルトコンベアか何かで運ばれてくる牛を解体している。首を跳ねて、足を切って、皮を剥いで。
大きな手に顎を捕まれて喉の奥すれすれにナイフが到達する。私が嫌がると、右手を噛まれた。親指の付け根に鋭い歯が食い込む。薄い皮を貫いて中の肉を直接えぐる。四ノ宮君は私の顎を閉じないように掴んで口にナイフを突っ込んで親指を食いちぎろうとしていて、当の私は真っ赤な涙をあちらこちらから垂れ流しつつ四ノ宮君の顔を見ている。四ノ宮君の真っ赤な舌が親指の腹をなぞる。
食べられると思った。このまま骨になると思った。愛する人類に一番嫌なことをされながら。


ここに母はいない。お姫様がいない王子様は王子様にはなれない。お姫様は一人でもお姫様でいられるが王子様は相手がいないと出来ない。向日葵は太陽しか見ない。月の光は向日葵に必要ではない。太陽に置いていかれた向日葵は枯れるだけ。羽化出来なかった蛹も向日葵と同じ、ただの生ごみだ。中を開くと大抵真っ黒になって腐っている。蝶にも蛾にもなれずに灰に沈む。


「……那月!!」


声が聞こえた。四ノ宮君の手や歯から力が抜ける。
くわえていたナイフが口から落ちる。噛まれていた親指はなんとか無事に引っ付いたままであるらしい。


「あれ?」


下を見る。


「名前ちゃん!?」


四ノ宮君だ。ぼんやりとしていた私は怪我をしていない方の目をぱっちり開いた。四ノ宮君は眼鏡をかけている。彼は私を抱き抱えると、私の左手を四ノ宮君の手と絡めた。これはまごうことなく愛しの天使様四ノ宮君である。とても暖かいので私は安心し、彼の胸板に擦り寄った。


「何が」


本当に心配してくれている四ノ宮君がふと彼自身の手を見た。怪我はしていないけどまるで誰かを何十回も殴打したかのように赤く染まっていて、制服に血がついている。そしてぼろ雑巾みたいな私の右手に小さな穴があいているのを目で追い、瞼にたどり着いたところで緑色の瞳を揺らした。


「僕?」


何か言わないと。私が口を少し開くと血がこぼれだす。唇の端から流れるそれに四ノ宮君の顔がひきつった。大丈夫だって。全然痛くないと、頬を撫でようと右手を四ノ宮君に伸ばす。


「……ッ!」


届く前に四ノ宮君は私を手放して、部屋から飛び出して行った。


待って。行かないで。四ノ宮君。
追いかけたいけど足が動かない。糸が切れたのか。今更左足首が痛い。ドアが閉まる。


「名字……。」


誰かが私の名字を呟く。私の名前を呼んでくれる人は、いない。



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