第十八話 幸せな親子
鈍色の電車がゆっくり消えていく。人がいない駅を経て、さらに人がいない駅に着いた。ここでしばらく待っておきなさいと来栖君の双子の弟君に頂いた紙に書いてあるので僕たちは立ったまま周囲に設置されている広告や看板を眺めていた。冷たい風が地面を擦っていく。
「静かだね」
「静かすぎるだろ」
「駅名が……。」
風と時間に掻き消されてここがなんという駅名なのか読めない。
不安そうな顔をしている七海さんに僕は明るく笑った。
「見えないけど大丈夫、ここだから」
「なんつー駅だっけ?」
「あー」
来栖君の素朴な疑問に僕の余裕は消えた。
しかし僕の隣にいた四ノ宮君が即座に助け船を出してくれる。
「終わりと始まりですよぉ」
「へ?」
「だから、終わりと始まり」
終わりと始まり。
「だそうです」
この世にあるまじき駅名に一言問いただしたいがにこにことしたままの四ノ宮君を責められるわけもなく、僕はこれ以上話が発展しないようそこで釘を刺しておいた。呆れ果てた来栖君が溜息をついた頃、この駅に人影が君臨する。
「こんにちは!」
明るくてはきはきとした挨拶が緩い空間を断絶した。見たことのない制服を着た小さな女の子がこちらに近づいてくる。
「早乙女学園の生徒さん?」
「はいそうです」
「家まで案内しますよ」
どうやらこの女の子が案内人であるらしい。ここの駅で正解だったようだ。本当に終わりと始まり駅なのかどうかはともかく、良かった。
前を歩く女の子の、長くて黒い髪が秋風に踊る後ろを僕達もアヒルの家族のように続いていく。
「……ここです」
良く言えば濃厚な雰囲気のあるお家だが悪く言えば歩きにくい、生い茂った葉が太陽の光を遮り花ひとつ咲きそうにない冷酷な館に僕達は遭遇した。来栖君と七海さんに至ってはぽかんとしたまま巨大な要塞をずっと見上げている。
そんな館の前で女の子は溌剌とした笑顔のまま重厚なドアに軽い調子で呼びかけた。
「パパー?」
それでそのドアは開くものなのか。僕がドアの左側に備え付けられている金色の小さな鐘に目を向けるよりも早く、ドアはきちんと女の子に応え開いてみせた。無機質は魂を持つ者の前では絶対服従を強いられる。君主と奴隷を彷彿とさせるものだ。命令には迅速確実に。
生じた空間の中心に牧師らしき男が立っている。女の子は彼に飛び付いた。
「早乙女学園の生徒さん、連れてきたよ!」
「ありがとう」
ごつごつとした指が女の子の髪を宝物でもなぞるかのように撫でる。仲のよろしい父娘らしい。置いてきぼりの展開に僕達も押し黙るなか、他称パパは抱き着いたまま娘さんの背中に手を回したまま僕達の前に現れた。
そこらの中年とは違う、まだまだ希望に満ちた頭部には豊かな髪が生え揃い、ひとつにまとめられている。ゆったりとした足取りと、あの時と同じ忘れるはずもない不快感を底から引きずり出す笑顔は僕に衝撃を与えた。
「こんにちは、早乙女学園の皆さん」
忘れるはずのない男の声。前方にいる他称パパは、私の愛する母を踏みにじって枯らした元王子様であった。