第十二話 きらきら
今目の前で歌われている曲に似合わない表情で某アイドルがテレビのなかでぐるぐる回っている。四ノ宮君にはもうこの際驚かないとしていつのまにやら地上に戻ってきていた来栖君も僕の手首を掴んできた。二人に引っ張られ、いつか運動会でやったフォークダンスのように体をくるくる回しながら彼らが作り出すきらきらとした世界に、渦の中心にジェットコースターが突っ込んでいくかのように引きずり込まれる。愛らしいながらどちらに向かうか予測出来ない曲に即興なのかそれとも意図的なのか日常会話のような歌詞が信じられないことにうまいこと噛み合っている。
二人の魔法にかけられて、僕は最後まで大人しくされるがままになっていた。
「……びっくりした」
一時期遊園地に見えていた来栖君と四ノ宮君の部屋が元の景色を取り戻す。歌が終わって、色んなことに驚きつつもまずはとても素敵な歌を聴かせてくれた二人に拍手をする。
「来栖君って歌そんなに上手くないけど可愛さとかかっこよさとかで上手いことカバーていうか、良いものにしてるよね」
「それは褒め言葉か?」
「褒めてるように聞こえなかった?」
「なんつーか……可愛いは余計だっつーの」
「うーんじゃあ」
たまたま近くにいた来栖君の顔面を両手で挟む。わりと健康的な色をした彼の頬を餅のようにこねまわした。
「よーしよしよしよしよしよしよし来栖君は賢い!!来栖君は賢いぞ!!アメリカ人の次にな!」
「テメッ、この!むにゅ馬鹿にしてんのかこのアホ名字!!」
あまり人を褒めることがないので、僕の褒め言葉はどうも浮わついてなかなか他人に信じてもらえないことが多い。だから行動で来栖君への感謝を示したのだが彼は怒った。振り払われた手に目を向けている内に足を蹴飛ばされ、僕はその場にボールのように転がった。
さすが空手有段者、良いキックを持っている。将来来栖ジャパンでも結成するとよい。
この事も口に出して来栖君に報告すると想像していた通り踏まれた。
踏み絵になった僕をじっとしゃがんで眺めている四ノ宮君に僕は笑う。
「四ノ宮君は歌うと別人だね、やーかっこよかったよ」
今回の歌に対する僕の驚きの八割は四ノ宮君によるものだ。楽しそうに歌っていたが彼の歌唱力は凄まじいものであった。
先程まで相当かっこよかったはずの四ノ宮君は今現在ほっぺたを赤くして僕の頭を撫でている。どうやらかっこいいと言われてとても嬉しかったらしい。
彼とは逆に可愛いと評価されてしまった来栖君がさらに僕を攻撃してくるのを無視して頬杖をつく。
「ハルちゃんって子もすごいねぇ……どうやったらこんな曲作れるの?」
「ハルちゃんも曲がお星様から降ってくるって言ってた」
「七海とお前を一緒にすんな!」
「僕のパートナーが泣くな、これは」
今のところ僕と僕のパートナーの実力や努力を総動員しても四ノ宮君達に及ばない。彼らの表現力や作曲者の力は常識を卓越している。
歌は上手ければいいという単純なものではなく、聴く相手の心を揺さぶるものでなければならない。陰鬱な僕とお手本を大事にするパートナーでは、彼らには勝てない。明るい光はいつだって影を圧倒する。
「ハールちゃーんはーちっちゃくて可愛いからーだいすーきー」
目前で変な歌を歌いながら回る四ノ宮君と、僕の背中を椅子にしている来栖君に挟まれて僕はほんの少しの焦燥感を感じつつ、ライバルながら楽しませてもらったことに感謝する。
「うふふ良いもの聴かせてもらったなぁ」
良いものは、長く続く。中途半端なものは苛々するだけだが彼らは間違いなく本物だ。その確信に、卒業オーディションがちょっとだけ怖く思える。
上から僕の表情を見ながら来栖君は彼の足を二三回上げ下げした。
「あー……。まー、うん」
足が止まる。僕に彼の重力がかかる。
「とにかく、最後だしさ。風呂いかね?一緒に」
いきなり変わった話題に僕は顔面を床に押しつけた。視界が真っ暗になる。
あからさまな拒否の姿勢を見せる僕に来栖君は焦った。
「お、お前がどんな病気なのかは知らないけどてか別に離れ離れになるってわけでもないけどさ、こうやって同じ部屋で飯食ったり馬鹿やったり出来るのも最後だから、今日は。今日ぐらいは」
「翔ちゃん」
自分は関係ないとばかりに一人で変な歌を歌っていた四ノ宮君はとことことやってきて来栖君の隣に座った。
何をどう判断してそうなったのか原稿用紙四枚程度書いて提出してほしい。僕の腹の中身を来栖君と四ノ宮君が圧迫する。
「名前ちゃん困らせちゃあ駄目ですよぉ」
「あっ」
「僕の下半身についてはもういいから退いてよ、臓器爆発しちゃうよ」
そこまで言ったのにも関わらず来栖君は怪我をした小動物でも見るような目で僕を見下ろした。
そんな顔をされたら現在僕を襲う状況について一言言いたいこともはっきり告げられず、とにかく来栖君が気にしている件について僕は必死の説得を試みた。
「ごめんね来栖君、僕も二人とお風呂行きたいし一人でいるのも寂しいけど。こればっかりは譲れないんだ、ごめんね」
ここまで隠し通せたのだ。編み込んだ髪も、制服を脱ぐところも全部全部いつも以上に注意を払って隠蔽したのにたかが風呂に台無しにされてたまるか。
寂しげな表情を作り、声のトーンを落とす僕に来栖君は本当にちょっと寂しそうな目をした。
「……やっぱ医者に相談するか?俺様の賢い弟が姉妹校で」
「僕は僕の力で何とかするというか、そんな病気とかそういうものじゃないからほら早く行きなよ遅くなるよてか苦しいよいい加減離れてよ」
胸が痛い。押し潰されているせいではない。人に心配をされると苦しくなる。
嘘が来栖君と私を傷つける。
ようやく僕を踏み絵にするのをやめた来栖君の服を同じく僕を座布団にするのをやめた四ノ宮君が引っ張る。
「行こう翔ちゃん、僕新しいピヨちゃん買ったんです」
「お前またか!!前のはどーしたんだよ!」
にこにこと笑いながら四ノ宮君は僕の頭を指差した。
「え?」
「お風呂に浮かべたらぴかぴか光って楽しいよ、寂しがりやな名前ちゃんにあげますね大事にしてね」
いつのまにやら人の頭の上にいるぴよちゃんとやらを掴む。
透明なアヒルは僕が力をこめて握ると四ノ宮君の言う通り七色に光った。
「…………。」
寂しがりやではない。むしろ一人の方が良い。私は好きな人を二人っきりの世界に閉じ込めてしまう悪癖があるので好きになってしまいそうな人とは出来れば一緒にいたくない。二人っきりの世界になるのは私にとっては素敵なことだが必ずしも相手にとっても有益なものになるとは限らないのだ。
アヒルを握った手を、四ノ宮君と来栖君に向けて振った。
「いってらっしゃい僕の愛しの友人二名様」
赤とか、黄色桃色に転々と変化するアヒルを見つめて来栖君も手を一瞬だけ振ろうとしてやめたのが分かった。
彼の手は後ろに隠される。
「お、おう……。」
「翔ちゃん今名前ちゃんのこと可愛いって思った?」
「思ってたまるかバカ!気色悪ィ!あいつは男だろうが!!てか俺様にはあんな女々しい顔面の男じゃなくて七海が」
「来栖翔、ガチホモ説流行の兆し……。」
「やめろおおおやめてくれ頼む!!」
来栖君が僕のことを好きになったらそれはそれで面白い。きっとさぞ悶々とするのだろうと思いながら神宮寺君宛に来栖君ガチホモ説を説いたメールを送ろうとする僕に発狂する来栖君に四ノ宮君が抱きついた。
「焦る翔ちゃん可愛い!」
「はーなーせえええええ!!ぐえっ」
「四ノ宮君って来栖君の一日めちゃくちゃにするのが趣味だよね」