軽い軽いと言いながら私をお姫様だっこした来栖くんは数秒後に私を地面に落としました。
私はよく食べるので自分の体重が重い点については熟知しておりましたし、それにこんなゴジラのような人類を一人で抱えてくださる来栖くんに大変申し訳ないと思っていたので怒りもなく、
「わっ、」
「大丈夫、受け身とりましたから」
とんでもないことをしてしまったとでも言いたげな顔をしている来栖くんを安心させるべく微笑みました。母の教えがここで役に立ってよかったです。人間どこで背中から落下するかわかりませんものね。
来栖くんに休憩を促し、私は地面から立ち上がりました。そして目前に広がるトラップを改めて確認し、少し落胆します。張り巡らさせた赤外線とは。一体どうしろと。学園長先生のきまぐれで起きたこの実習授業、パートナーをお姫様だっこして屋上を目指せ!という阿呆極まりないものですがさすが早乙女学園です。道中に様々な罠をしかけていらっしゃるようで、実際ここにくる少し前目前を走っていた方々が一斉に落とし穴に落ちていきました。
明るいイベントに見せかけた体力をえぐるこの授業が一体将来にどう役立つのか私にはわかりません。ただひとつ言えることは来栖くんに壮大な負担がかかるというものです。
「・・・ある程度身長差がないと難しいのに」
私と来栖くんの身長差はあまりありません。非常に言いづらいのですが来栖くんは男性としては小柄な方でして、彼にお姫様だっこをして頂くと決まった時私は衝撃を受けました。
「おんぶとかならまだしも」
来栖くんの細腕で私の太い足を長時間支えるのは不可能な話です。
私の脂肪削減計画がもっと早期から開始されていたら今頃来栖くんもこんなに苦しい思いをしなくてよかったのにと思うだけで悲しいです。すみません、美味しかったのですロールケーキが。
後悔先に立たず。火事になってから火災保険に入ったって無くしたものは返ってきません。
黙って御世話になるのは好きでないので私は最善の方法を考えました。もっと効率よく来栖くんとこの試練を乗り越えるにはどうすれば良いのでしょう。
「あっ」
我が脳味噌にひらめきが降りてきました。
私はぽんと両手を合わせて休憩中の来栖くんと目を合わせます。
「私が来栖くんをお姫様だっこしましょうか?」
「ハァッ!?」
「私結構強いんです」
素晴らしき私のアイデアに驚愕しているのでしょう、顎が外れそうな程口を開いていらっしゃる来栖くんに笑顔で告白しました。
「私、初恋がゴルゴでして。大和撫子は殿方の三歩後から殿方を補助すべき、と母に教えられて以来ゴルゴの背後に立っても殺されない程度には努力を積み重ねておりますので」
そうです。大和撫子たるもの守られてばかりではなりませぬ。愛する人を守り、さりげなく手助けしつつ奥ゆかしさを演出してこそ真の女性です。
来栖くんに恋情など一切抱いてはいませんが今後のことを考えて私はこくこくと頷きました。
「来栖くんなら発泡スチロールより軽そうですし」
「さすがにそれはねーよ!!おかしいだろ俺!てかこれ男がリードしなきゃ失格だから」
「ああそういえばそうでした」
すっかり頭から抜け落ちていた情報に私のひらめきは殺されました。いつもならしないミスです。何と情けないことでしょう。呆れたように来栖くんは小さな声であーと言っております。休憩はもう必要ないのか、来栖くんは私に手招きをしいいから黙って俺に抱えられてろと男性らしいことを呟き、私を冒頭のように抱き上げました。
ここから見た来栖くんはやはりゴルゴのような威圧感などなく、愛らしいのは愛らしいのですがどこか頼りないといいますか。ただお姫様だっこをされている身としては何も言えず、ひたすら申し訳ない気持ちでいっぱいです。
「こんな時にお役に立てないのは大変心苦しいです」
「気にすんなって」
ニッと笑ってみせる来栖くんにさらに心臓が軋みました。良い笑顔は時に人の心を無言で責めます。
「私が男性でしたら来栖くんの10人や50人抱えて走りますのに」
「ボケてんのかそれ!?どうツッコミしたらいいのか全然わかんねーよオイ!」
「至って真面目です」
「あーもう喋んな!絶対変なこというな!!それだけでだいぶ違うから!!!」
「わかりました」
来栖くんが望むことなら何でもいたしましょう、私はぎゅっと口をつぐみました。赤い線が幾重にも私達の行く手を阻むその先を、来栖くんも真っ直ぐ見据えております。
その表情がとても精悍で男らしく、不覚にも私はときめきに胸を走らせました。よくよく考えてみたら男性をこんな至近距離にて見守るのは初めてのことです。来栖くんが小柄なぶん、妙に意識してしまい私の頬は多分少しだけ赤く染まったと思います。
時間がたてばすぐに戻るはず。私はそう自分の胸に言い聞かし、そっと彼の顔から目を離しました。
「・・・あの」
「何だよ」
「頑張ってください」
「おう、てか何だよいきなり」
「こうやって一番近い場所で殿方を応援するのもなかなかいいなとふと思いました」
素直にそう告げたところ、足の下の手が消え、彼の首にまわしていた腕がするんと外れました。
再度落下している私に来栖くんは真っ赤な顔で絶叫します。
「調子狂うわバカ!!」
「大丈夫です、受け身とってますから」
「お前本当に何者なんだよ!!!」
エセ大和撫子と王子様