そのさん


―緊縛☆アイスプレイ―そのさん
縄には縄を!









結局縛れず、暴力をふるってしまった。
よく考えたら暴力の方が酷いのだが、それでもカイトは嬉しそうにそれを受け入れた。

私に残るのは罪悪感のみ。

これでも真っ当な人間なのに、あいつのせいで何かが狂いそうだ。
なのに、昨晩に引き続き、自ら縄を手にして、縛れ縛れと訴えてくる。
おかげで、私は亀甲縛りをマスターしてしまった。
嬉しくない。非常に嬉しくない。
亀甲縛りマスターとはあんまりだ。
君と出会ってしたかったことは、こんなんじゃなかったのに。

「どうしたんですか?」

縄(わざわざSM調教用の縄をネット通販で注文して、本日届いたもの)を片手に持つカイトは、はぁはぁと息を荒げながら早くしてと懇願する。
始めは可愛いなどと思ったが、今、これほど憎い顔に見えるとは。

「…今日は、やめよう」
「え?」
「縛るなら自分でやって」

関わりたくない。
いや、関わってはいけない。

「マスター?」

今更どうしたの?という声だった。口の端をあげて、笑みのようにみせる。
ほら、早くして?
という言葉が聞こえて来そうだ。
それなのに、目が全然笑ってない。
…気持ち悪い。

「できない」
「何でですか、昨日は縛ろうとしてくれたのに」
「できないものはできない」
「今更照れてるんですか?俺の股間を蹴ってたのに」
「恥ずかしいとかじゃなくて、まじめに言ってる」
「……俺も真面目にお願いしてるんです!」
「……………………」
「縛ればいいだけですよ!簡単なことじゃないですかっ!」
「簡単じゃない」
「簡単ですよ!縛り方忘れちゃったならまた教えてあげますから!」
「…………馬鹿にしてる?」
「してません!俺は本気です!」
「してるわよ、こんなことさせてること自体、私を馬鹿にしてる」
「馬鹿にしてません!俺は、俺はっ!」

カイトが必死にこちらに手を伸ばして、私に触れようとした。

―――パチンッ!

思わず、手が出た。

「気持ち悪い!」

なんだろう、この感情。
自分でも何をしているのか理解できないまま、手が動いた。逃げるように家を飛び出す。
触られたくない、顔も見たくない、声も聞きたくない。
見るに耐えない汚物を目の前にして、吐き気をもよおしたような…そういうのが溢れ出す。
―――気持ち悪いっ!!!
視界がぼやけて、青い空が歪む。
風が顔に体当たりして、生ぬるい液体が滑っていった。



***



「………マスター…」

縄を手にしたまま、部屋の入り口をぼーっと見ていた。

「なんで出ていっちゃったの?もしかして……放置プレイってやつかな?」

どうすればいいのかと、カイトは縄を見つめる。
…自分で縛れと言っていたし、言われた通りにしていたらいいのかな?
“マスター”が気持ちよくなるのは、俺が“マスター”の言うとおりにしてたときだって言っていたし。
【マスター】は、俺が「痛い」「寂しい」「苦しい」と思ったときは泣いて喜べって言っていたし。
―――でも、何で叩いたのかな?
叩いたのに、気持ち悪いって言ってたよ?
俺、苦しかったから、ずっと喜んでいたのに。寂しかったから、すっごく喜ぼうって思って、縛ってって言ったんだよ。
もっと痛くなって、もっと喜べると思ったから。
ねぇ“マスターマスター”【マスターマスターマスター】『マスターマスターマ』《スターマスターマス》〈ターマ〉[スターマス]―――ター俺、どうすればいいの?
マスターが普段いじられて嬉しそうにしているように、俺がそうなるにはどうしたらいいの?
どうしたら、気持ちよくなれるの?
自分で縛れば気持ちよくなるの?叩けば気持ちよくなるの?
ねぇ、なんで出て行ったの?もっと叩けば良かったのに。
気持ち悪いって何?こうしろって教えたのは“マスター”でしょう?俺はその通りにしたのに【マスター】は何で嫌がったの?だから俺、悔しくて『マスター』を縛ったんだよ。《マスター》は何でわからないかな。〈マスター〉に無視されるのは辛いのに。[マスター]に構って欲しいからお願いしたのに。
ねぇマスター、なんでなんでなんで?
なんでこんなに苦しんだろう。放置プレイって、こんなに泣きたくなるものだっけ?ねぇ、なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで…



***



公園のトイレの鏡で自分の姿を見て、我に返った。
部屋着にしている中学のときのジャージに父親のサンダルを履いていた。
酷すぎる格好。
笑っていいのやら、泣いていいのやら。
…泣きたい、かも。
だって、カイトにとんでもないことをしてしまった。
叩いた上に、気持ち悪いって。
そりゃ、普通に考えて気持ち悪いよ?
会っての第一声で、亀甲縛りをしてくれ、なんて言うもんじゃないし。
だけどさ、それでもうちに来たカイトだもん。ずっとずっと望んでいた…というか、夢的な妄想をしてきたけどさ。
変わったカイトがひとりやふたりくらい、世の中にいたっておかしくないんだよ。
例えるなら、年末ジャンボ宝くじの三等くらいに当たった感じ。三等ってどのくらいの確率かわからないけど。(一等じゃカイトには贅沢だからあえての三等だよ!)
そう考えるとラッキーじゃん!宝くじに当たるんだもん!ねぇ、私!凄いよ!凄いと思いなさい!…………………………………はぁ…。
気が重い。
結局私は、亀甲縛りを好むカイトに対して、向かい合うのが耐えられなくて逃げてきたんだ。マスターとして受け入れるべきところを。
なでこんなに器が小さいんだ自分は!と腹立たしくもなってくる。
「縛ってくれ」というのも何か理由があるからと、思いはじめたのに。追求するのを放り出して逃げてしまった。
答えは簡単、縛れば良かっただけだ。そして話を聞いてあげれば良かった。
それだけ、それだけだよ。

「…………はぁー……………」

鏡越しでわかる、情けない顔を洗おうと蛇口を捻った。



- 3 -


[*前] | [次#]

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -