恋のはなしA | ナノ






夕方の繁華街。
仕事帰りのサラリーマンや友人達と遊んでいる学生。
様々な人で溢れているこの場所がざわめいているのは珍しいことでは無い。けれど、そのざわめきの種類が微かに変わったのを感じて静緒は短くなってきた煙草を携帯灰皿に捩じ込み凭れ掛かっていた電灯から背を離す。それと同時に目の前に現れた青年に微笑む。


「久し振り、幽」


無表情でこくりと頷く弟に相変わらずだな。と笑う。
今をトキメク人気俳優“羽島幽平”として活躍している幽だが「逆に堂々としてた方が他人の空似で済む…こともある」と特に変装することも無く静緒の前に現れる。

今日も相変わらずそのままで堂々としているので回りからは「あれって、羽島幽平?」なんて視線を向けられているのだが全く気にもせずに幽の視線は静緒だけに向けられている。
名前を呼ぶと何人かは他人の空似と諦めるのだがそれでもチラチラと視線は感じる。
いい加減鬱陶しくなってきたので二人は場所を移すことにした。


「晩飯まだだろ?何処か寄ろうぜ」


昨日給料日だったから奢る。と後を歩く幽を振り返りながら静緒が言うが幽はふるふると首を横に振る。遠慮しなくて良いんだぞ?と言っても首を振るばかりで腹減ってないのか?と静緒が尋ねると、


「姉貴が作って…?」
「へ?いや、でも、折角久し振りに会ったんだからさ。
美味いもん食べに―…」
「店に入ると、ゆっくり出来ない。
 折角久し振りに会ったんだから、二人でゆっくりしたい」


確かに幽の言うとおり店に入ってもチラチラと人の視線を感じる羽目になるだろう。でも、姉として偶には良い物奢ってやりたいとも思う訳で、じゃぁ、露西亜寿司で持ち帰りをして家で食べよう。と提案してみても幽は首を振ってもう一度静緒に作って欲しいと言う。

中々頷かないでいると「駄目…?」と傍目には表情が変わっていないように見えるかもしれないが、物心付いた頃から傍に居る静緒には解る少し悲しそうな顔で首を傾げられたら首を縦に振らざるを得なかった。


「でもよぉー…俺、大したもん作れねーんだけど…」
「そんなこと、無い…」
「どんなの出来ても知らないからな!」


渋々ながら作ることを決めた静緒に幽の表情が柔かくなる。それを見てしまったらいよいよ腹を括るしか無くなって立ち止まって居た二人が食材を買う為某ショップに行こうと歩き出したところに、池袋では聞える筈の無い声が聞えてくる。


「へぇー。シズちゃん、料理なんて出来るんだー」
「っ、臨也ぁ…手前、ブクロには来んなって言ってるだろ…」


静緒の天敵である折原臨也。新宿を拠点にしている筈なのにどうしてかちょくちょく池袋に現れては静緒と喧嘩をしている。この二人が出会うとやばい。それが池袋での常識だった。
臨也を殴る為側にあった道路標識を引っこ抜こうと手を掛ける。握力のみで道路標識が少し曲がった時幽がそっと静緒の手に手を重ね、ふるふると首を振る。
それを見て少し冷静になった静緒は臨也に苦虫を噛み潰したみたいな顔をして吐き捨てる。


「…今日は見逃す。手前に割く時間が勿体無い」


言い終わる前に顔は幽に向けてしまっていてその態度が気に入らなかった臨也は態々静緒に近付きその腕を掴む。自販機を軽々持ち上げてしまえる程の力を持つ割には下手したら一般より細い部類に入るかもしれない腕は易々と臨也の手に納まってしまう。


「触んじゃねぇ!」
「意外と女の子らしいことも出来るんだねぇ。まぁ、でも必要最低限って感じ?目玉焼きは料理って言わないからね??」
「触んなって…言ってるだろーがっ!!」
「わ、危ない危ない」

臨也に対しては元々低い沸点はすぐに爆発し、掴まれていた腕を振り解き反動を利用して殴りつける。口では危ないと言うもののひらりとかわして静緒の嫌いな笑い顔を向けると掴み掛かろうとした静緒の胸元をナイフで切りつけた。
布を切り裂く微かな音が夜の路地に響く。


「手前っ、幽のくれた服をっっ!!」
「姉貴、心配する処が違う…」
「!幽…」


猶も臨也に掴み掛かろうとした静緒だったが後から幽にジャケットで覆われる。羽織らされた幽のジャケットに何事かと尋ねる前に向い合う様に体を反転させられ、「怪我は無い?」と聞いてきたので自分の体を見下ろす。ベストから下着に至るまで切り裂かれていたが下着が厚手の生地だったからか露出してしまっている肌の部分は白いままだった。


「怪我は、無ぇ…」
「…」
「幽?」


怪我は無かったけれど僅かに顔を顰めた幽は肩に掛けているだけのジャケットにちゃんと袖を通させ手早く前を閉めるとそのまま静緒の体を抱き締めた。
幽は不思議そうな声を出す静緒をそのままに笑っては居るが明らかに不機嫌さを醸し出している臨也に「まだ居たのか」という目を向ける。
それに臨也も気付いたのかぴくりと片眉が跳ね上がる。


「何の真似かなぁ弟君?」
「貴方こそ、女性に何てことするんですか…?」
「裸にされようが、怪我しようが、気にしないでしょう?シズちゃんは」
「…最低ですね」
「はは。君っておとなしい癖に結構言うねぇ。まぁ、良い。俺は大嫌いなシズちゃんに嫌がらせがしたいだけだからさ。直接自分が怪我するよりも、それで大好きな弟君に心配掛けちゃうことのがシズちゃんにとってはダメージになるかなぁ?」


笑顔で言うような事では無い事をさも面白そうに言う臨也に言葉には出さずに「悪趣味な…」と呟き溜息を吐いた幽は何か言いたそうにしている静緒を自分の肩に押し付ける様に抱き締め直すと真っ直ぐに臨也のことを見る。


「折原臨也、さん。
 貴方には姉貴に近寄って欲しく無い。
 嫌いなら、無視すれば良いことでしょう?」
「…っ」


拒絶の表情で吐かれた至極尤もな言葉に、明らかに動揺を見せる臨也へ表情を変えず幽は言葉を続ける。


「姉貴に必要なのは、傷付ける手じゃない。
 優しく抱き締める手です」
「…君達姉弟は本当、気に入らないな…」
「臨也ぁっ!!幽に手ぇ出してみろ、承知しねぇからなっ!!」
「はっ、出すもんか!俺が一番嫌いなのはシズちゃんに変わりないからね!!」


幽に向けていた視線だけで相手を殺しそうな臨也の表情は不穏な台詞に反応し、幽の抱擁を振り切った静緒が振り向いた時には何時もの人を食う様な表情に戻っていて、叫ぶ静緒に「あっかんべー」と子供みたいなことをして走り去って行った。叫んだ為肩で息をしていた静緒の手を取ると何時もの表情に戻った幽も「帰ろう」と言った。






「幽、手…」
「久し振り、だから。スキンシップ…?」


歩きだしても手を離さない幽に戸惑いがちに静緒が尋ねると、これが全国の女性を虜にしているんだな。と納得出来る様な笑顔を見せられてしまい少し照れ臭くなりながらも軽く握り返して仲良く家路に着いた。












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