▼ ダゴンと少女
「水族館にいるみたい。」
少女は窓の外を見て言った。
それを聞いて隣に座る男は穏やかに微笑んでいる。
ここは海の底に沈むリゾート地。
海棲転光生が楽園と呼ぶ場所だ。
少女は友人に連れられここにやって来た。
「また、会えたのだな…。我が同族よ。」
友人に連れられ、紹介された男はそう言って
少女の頬を撫でた。
初めて出会ったはずなのに酷く懐かしさを感じて、
『また会えた』という気持ちがじわじわと込み上がり
何故か涙が出そうになった。
それを見た男が少女を抱き寄せ、優しく頭を撫でる。
甘くて優しい、どこか懐かしさを感じる匂いと
その腕の中の温もりに、
とうとう少女は我慢できずにポロポロ涙を零した。
「…あぁ、お前は覚えていないだろう。
…それでも、この父の為に泣いてくれるのだな。」
父。男はそう言った。
「父たるダゴンは、お前と共に。
おいで、少しばかり静かな場所の方が落ち着けるだろう。」
そして連れてこられたのは
まるで図書館や書庫のような場所だった。
とても静かで窓際に置かれた椅子に座れば
キラキラと光る海面を眺められる。
程なくして泣き止んだ少女は窓の外を見つめた。
窓の外は美しかった。
普段見ることの無い世界がそこにあり
物珍しそうに少女は眺め、
隣に座る男は魚の名前を教えてくれたり
ちらりと見える構造物に対し講義のような話をしてくれる。
「…ダゴンさんは普段何してるの?」
ふと少女は男に問いかける。
「私は海洋建築の専門家でね。
その傍ら豊舟海洋学園で講師をしているよ。」
「豊舟…あ、エーギルのとこの。」
「おや、彼を知っていたのか。」
「うん。たまに連絡が来る。」
そう言って少女が見せた画面には少々幼げな会話が並んでいる。
「もしかしたら彼もここにいるかもしれないね。」
「エーギルもここに来ることあるの?」
「ここは海棲の転光生達が多く集う場所だからね。」
「へー」
少女は男に話をせがむ様に色んなことを尋ねた。
その様はまるで親子のようだが
男が少女を見る目は穏やかではあるがそうではなかった。
父が子を見る目にしては甘く、友として見るには熱い瞳に、
少女はひっそりとドキドキしていた。
「…ダゴンさんは、私の事なんでも知ってるみたい。」
「ほう?」
「なんでだろうね、はじめましてじゃない気しかしないの。」
少女のその言葉に男は
キョトンと目を丸くしたあと、小さく笑った。
「…そうだ、と言ったらどうする?コノハよ。」
男はするりと少女の頬を撫でる。
その手はまるで恋人かのようだ。
「…ずるい、かなーって。」
「ずるい?」
「だって私何も知らないもん。」
「…では、知っていくかね?」
「え、え、あの、えっと…」
少女が顔を真っ赤にしてどうしようかと思案している時、
少し遠くから大きな声が聞こえた。
「おーーーいコノハ!ダゴン!」
「…エーギルだ」
「…では、先程の返答はまた後日としよう。」
男は笑い、少女の手を握りそっと立ち上がった。
少女は、まだ赤い頬をどうやって冷まそうかと思案しながら
男に手を引かれて歩いていった。
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