▼ アルシアワセナオヤコノハナシ(ダゴンと主人公)
満身創痍の少女は、重い身体を引きずり歩いていた。
『父』はひとりが嫌いだから。
歩いて、歩いて、漸く、辿り着いた。
壁を背にして座り込む父は息も絶え絶えだった。
腹は裂かれポカリと大きな傷ができ、
内臓がぬいぐるみのボタンのように
だらりとこぼれ落ち、あたりは赤い赤い海が出来ていた。
此様を柘榴のようだ
と形容した人は随分と詩人だったのだろう。
その詩人にとってはこの惨劇の舞台は楽園だろうが
生憎少女は詩人ではなかった。
「…おとうさん」
ポロポロと涙がこぼれ落ちる。
父は少女に気づくと震える腕を広げ、微笑んだ。
「おいで…私のコノハ…」
父の声は酷く穏やかで、優しい。
腹の傷をさらに裂き、ずるりと触手が這い出してくる。
その触手はゆらゆらと、
おいで と言わんばかりに蠢いていた。
少女はよろよろとその方へ歩いていく。
手を伸ばし、父のその腕に抱かれ、
触手によって父の身体へとその身体が沈んでいく。
「さあ…この父の胎に還るが良い…」
ゆっくり、ゆっくり、沈んでいく。
まるで微睡むような感覚がする。
さっきまで痛くて辛かったのに、今は少しも辛くない。
父が何かを言っているけれど…
少女にその言葉はもう聞こえなくて。
その言葉は瓦礫が押し潰して壊してしまった。
或る死合わせな父子の話
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