▼ ケーキ食べないと出れない部屋とザバーニーヤ
いつの間にか、男は知らない部屋に立っていた。
目の前には、密かに心寄せる少女。
壁を背にして眠るように目を閉じている。
…が、その腹にはナイフとフォークが刺さっている。
そして傍にはこんな張り紙があった。
『ケーキを食べなければ出られない部屋。』
部屋には彼女…?以外は何も無い。
黒い壁と、白い床。窓もなければ扉もない。
そして、甘い匂いがずっとしていた。
それは察するに、彼女…ケーキからだ。
「…コノハ、様。」
声をかけるが反応はない。
近寄れば、甘い匂いはより一層強くなる。
頬に触れると柔らかく、そして…体温で溶ける。
思わず焦って手をひくとチョコレートの匂いがした。
ふと見ると少女のそばに小さなメモ紙が落ちていた。
『恋する乙女は甘いらしい』
『心臓はとくに』
少女の腹にナイフとフォークが刺さっていた。
刺さっていたナイフを引き抜くと
赤い…血と見間違うような、
甘い匂いのソースがこぽりと零れて垂れた。
赤いナイフでその胸を切り開く。
ゆっくり、何度も心の中で
『これはケーキである』、と言い聞かせながら。
切り開くと、そこには空洞があった。
黒い、空洞。その中にコロリと、小さな心臓の形の何かがあった。
そっと取り出す。
それは手のひらに収まるサイズの柔らかいなにかだ。
とても甘い匂いがする。…きっと、…甘いのだろう。
男は、不安だった。
…自分の恋心に気づくのも、少女の恋心を知るのも。
愛されていることなど気づかなければ、
貴女の道具でいられるはずだと。
けれど、その胸にはいつも、
『貴女に触れたい』と小さな火が揺れていた。
「…コノハ様。」
男は、意を決して、それを口に押し込む。
喉に焼け付くように甘い。
「ぐ、」
口を手で押え、なんとかそれを飲み下す。
なんとか飲み込んで、メモに目を落とす。
…それが、ほんとうなら、
男は『どうかそれが本当であるように』と願った。
目を閉じ、また開くと
男は自室の真ん中に立っていた。
夢だったのか?そう思っても、
喉は未だに甘さが焼け付き、
その指は甘い何かで汚れている。
指をそっと舐めている。
やはりそれも甘かったが…心臓ほどではなかった。
back
top