知らんがな

「”かっちゃん”っていうの?」

「ん」

「ふーん。でも”かっちゃん”だと可愛い感じがするから”勝くん”ね」

「ん。お前は」

「シオンっていうの!」


俺がまだデクを本名で呼んでいたころだったと思う。近くで薄い笑みを浮かべるアイツを個体として識別したのは。

自己紹介もこれといって変わったものではなかった。普通だったら、またモブか…その程度にしか思わなかったはず。

でもその時の俺は、その薄い笑みが華みたいに輝く姿を想像して興味を持った。

たぶん、モブの中では悪くない顔立ちをしていると幼心に気づいたんだろう。

あと単純に、俺よりもデクを見ているのが気に入らなかった。俺の方がスゲー奴なのに。


「ヒーロー志望が虐めとか世も末だね。私、勝くん嫌い」


嫌いだと言われることなんて何でもないはずだったんだ。その時の俺は妙に気が立っていて、

何時にも増して頭に血が上っていくのがわかった。

小学校は校区違いのため一緒ではなかったがデクと一緒にいたのが原因だ。デクが悪い。

今考えれば女に手を出すなんてクソだなとかいう感覚はあるのに、つい殴り掛かってしまった。

で、返り討ちにされた。シオンがあの個性で強い女であるということも今は感謝している。

アイツにビンタされたとき一気に冷めていく感覚。俺が殴ろうとしたはずなのに。何で?

は、女に負けた…?

またデクの手を引いている。アイツは何でも視れるくせに俺は見えないのか?

ふざけんな。デクよりも俺の方が優秀なんだ。個性だって勉強だって身体能力だって。


アイツが俺のことを見るようになったのは、ほとんどが中学のテストの時だけ。

いっつも1位。普段はしない勉学に関する努力だってアイツに淘汰される。うっぜぇ。

改めて嫌いだと宣言されたが、こちとら別に好かれようなんざ思ってねェよとか頭に浮かぶ。

いつの間にか”勝くん”から”爆豪くん”呼びになったのも嫌悪具合からなんだろう。

中2の秋の文化祭。他に適役がいないからと抜擢された学年劇の主人公。めんどくさくて仕方がなかったのにもう一人の主役でシオンが抜擢されたと知ると意外だなと思った。

自分ではない誰かを演じるなんて反吐が出る。それはアイツも同じようで…いや普通に能面で酷い演技力だったけど。

セリフは秒で覚えるのに表情や動きはリンクしていなくて気持ち悪かったのは一生忘れないだろう。

本番前日もそんな調子だったから、こりゃ大失敗に終わるな。でも本番は違ったんだ。流す涙からは願いを、伝う体温からは愛を感じる。

嗚呼、やっぱり華が輝くような笑みだ、悪くねェ。


あの時は演技だったけど、リアルではどうなんだ?


どちらかと言えば俺は今までシオンに負の感情しか抱かせていない。その自覚は大いにある。


クソ野郎。

シオンにしては珍しい汚い言葉。デクにワンチャンダイブっつたのが琴線に触れたんか。

そうやって怒っているくせして敵に襲われても自衛ではなく俺を庇うなんて馬鹿だ。強いけどそうじゃねぇだろ。

お前がテスト以外で俺を見るのはデク関連。イラつく。どう転んだって今の俺じゃお前が注目してしまうほどの何かを持っていない。

だから入試でアイツが落ちたって噂が流れた時はチャンスだと思った。ほら、お前よりも俺の方が優秀だった。俺の方が上だ。俺をみろ。

今度は俺がお前を淘汰してやる。支配してやるんだ。そんな幼稚な考えでシオンを押さえつけた。

拒絶されることは想定済みだったが不意打ちを貰い視界が揺れる。

あの白眼視だ。互いに嫌い合っていたがあれは精神的にきつかったわ。俺のニトロで焦げ落ちた祝いの花なんか二度と見たくねぇ。


そこからはクソな思いしかしなかった。

落ちたと思っていたシオンは雄英のヒーロー科で実技も筆記もトップだし、クソナードにも負けるし。

落ちるという感覚を知った。

で、USJの事件。俺自身に被害はなかったが…人工呼吸の血の味が酷く肝が冷えたな。

体育祭も職場体験も……期末試験も最悪の一言。

俺を欺けると思うなよ。お前が俺を見てなくとも、俺はずっとお前を見ていたんだ。

視えるお前とは違って。


馴れ合いなんかしたくなかった。群れるモブ共は弱い事を主張しているようで好きではなかったから。

お前にもこんな感情なんて抱くはずなかった。

強いからこそ弱いお前を、お前が言う”支える”ということで傍にいたいと思った。

そんで……お前の前だったら弱くなってもいいんじゃないかと思ったんだよ、シオン。

隣で穏やかな表情でまどろむ。悲しんでもいいがそれを癒す役目は、もう俺以外に渡さない。


「私、長い間勝くんのこと見てきたんだよね」

「は?」


唐突に話し出すのは珍しくない。お前は俺なんか見てなかったろ。いつもデクだったじゃねぇか。


「嫌いだから粗探しでみてた……」

「ンだよそれ」


俺だってお前を見てた。そりゃ林間合宿の時は無視していたが、常にお前を意識してた。

ずっと俺のとこなんか眼中にねェみたいな言動だったくせに。しかも見てた理由が俺の粗探し?


「視てたからこそ、勝くんの凄いところか格好良いところ一番に知れたんだと思うんだよね」

「……だから何だよ」

「で、いつあなたを好きになったか思い出してた」


頭が良すぎる奴の考えは相変わらずわかんねェ。表情もそんなに変わらん。それで、いつ俺を好きになったのか考えてた?

ニヤニヤし始めた顔はきっと教えてくれない。いつなんだよ。そんなシオンをいつ好きになったか。


初めて俺の事を勝くんと呼んだとき。
[名前を呼んでもらえた、嬉しい]


シオンにビンタされたとき。
[デクばっか構ってんじゃねェ]


笑顔を見たとき。
[もっとその顔してればいいのに]


シオンを怒らせたとき。
[デクばっかり擁護して面白くねェ]


花を灰にしたとき。
[選択を間違えた、こんなはずじゃなかった]


USJで冷たい唇を知ったとき。
[こんな悲しい温度は欲しくない]


真実を隠されてた時。
[下に見られた…隣にすら立てない]


俺以外の誰かを頼ったとき。
[俺じゃ……ない]


シオンの涙を知ったとき。
[本当はお前の名前を呼びたかった]


休み処を与えられたとき。
[ハグは恥ずかしかったが、離し難かった]


きっかけはいつだって。


「ふふ、勝くんはいつなのかな〜?」


知るか。


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依生様リクエスト、長編爆豪くんが恋心を自覚したお話。長編に沿って書いたので、リンクするところあるかなぁと。折中文化祭については没案なんですけどね。

恋の自覚は、はてさていつでしょう?

リクエストありがとうございました。
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