入寮日、夜。
スマホの画面を見ては決めあぐねる。何分経っただろうか。1分かもしれないし5分かもしれない。
体感的には1時間でもいいくらいにかなり思案している。ネガティブになると余計に考えが纏まらない。
…よしっ。
コンコンコン
「爆豪くん」
返事はない。もう寝ちゃったのかな。切島くんが部屋王が始まる前に寝るという発言を聞いていたらしいから、起きてないか。
これ以上やってもムダだろう。入寮して嫌でも顔を合わせる時間は多くなる。これから共同生活をする上で、膿は出しきって良い関係を築いていけたら…そう思っていたけど今日はそのタイミングじゃない。
ドアの前で顔を伏せ息を短く吐く。早く部屋に戻って寝よう。明日はきっと訓練だし、梅雨ちゃんの話を聞き終えた皆が帰ってくる。
エレベーターで男子の面々と鉢合わせするのは、今は嫌だから階段で降りようかな。
「明日は…言えるかな、」
独り言は虚しく夜に消える。
「ンだよ」
離れようとしたら静かに開いた扉。中からは少し眠たげな爆豪くんが覗き、不快を露にしている。
急な展開に頭が追い付かない。てっきり寝てると思ったのに。さっきした覚悟という鎧も既に捨ててしまったため、丸腰で敵陣に突っ込むようなもの。
女は……女も度胸だッ。
「…お話、させて下さい」
「……ッチ」
舌打ちはされたが開け放たれた扉は入室を許可された証拠。恐る恐る室内に入るとベッドに座った彼は一応は話を聞いてくれるみたい。
間接照明しかついていない部屋は暗いがその顔はしっかりと見える。
部屋の入り口で立ちすくみ言葉を探す。
「目のこと黙ってて、ごめん」
相も変わらず考えは纏まっていない。いずの時みたいに私の考えを汲んでくれる事は望めないな。
「USJの時から見えてなくて、個性使って生活してた。爆豪くんが私に対して煮え切らない感情を持ってたのも視てた」
いつだって私には不満があった。それはだいぶ昔からだけど、そんな可愛らしい不満ではなく色んな感情が詰まった不満。
嫌悪による敵視、闘争心、煙たがり。
あと、一匙に満たないくらいの心配。
意図して視ることはなかったけど、どうしても感情の輪郭は伝わってきていた。
「言わなかったのは皆に心配かけたくなかったのと…ハンデって贔屓の対象だから…負けた気がして嫌だった…」
「……半分野郎は…ンで知っとんだ」
「病院でたまたま会って…バレた」
「っは、中途半端同士お似合いなこった」
轟くんが彼に何かしらを話して、それが気に食わない。たぶん…轟くんの方が先に、私の口から告げられた事実があったことも許せない要因だ。
目の敵にしているから尚更だろう。
「USJでお前を救けたのは俺なんだよ」
「うん」
「お前の目が崩れたのも知っとったわ」
「うん」
一番近くで見ていたんだってね。蘇生してくれたのもあなただっていずから聞いたよ。
「ICUに入ってお前の容態も聞いとンだ」
それは初耳だ。何故彼が親族しか入ることを許されていない集中治療室に入れたのか…父さん、かな。
容態を聞いていたんだったら、完全に最初からわかっていたんじゃん。やっぱりとんだ茶番だ。
私は彼に生かされた。命の恩人に対して、知らなかったとはいえ…嘘で塗り固めた言葉や態度をとっていたなんて。
そりゃプライドの塊みたいな彼じゃなくても、度重なる侮辱行為に怒りを覚えるはずだ。
つまんない意地で、バカにするなって。
「御託並べても何の意味もねぇよ」
「御託って…私なりの誠意を込めた謝罪よ」
「クソスクエアのクソな謝罪なんざ要らねぇわ」
名前を呼ぶことのない蔑称は継続中。彼と対等な関係でいられることは、少しの自信に繋がっていたのにそれすら消えてしまうのか。
体育祭で麗日さんに感じた嫉妬も、今となっては自分を買い被りすぎていた愚かな感情だ。
「元々毛嫌いしてんだ。今さら仲良しこよしなんてする必要ねぇし、話すこともねぇ。出てけ」
そんなの……馴れ合いじゃなくて、あなたとの安穏な関係がほしいのよ。こんな冷戦状態を続けていたって良いことなんて1つもない。
関係を修復しようにもできなくて、挙げ句の果てには敵に拐われて…和解の機会すら失われてしまうのかと恐怖に感じていたのに。
あの日と同じ目だ。冷めきった感情。その目は私の存在を認めず、否定している。
追い出すためか静かに近づく彼の威圧感は身長差だけのものではない……怖い。
ねぇ、お願い。
私の想いを知って。
【対面】
顔を向き合わせて会うこと。互いに向き合うこと。
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