お風呂上がり、共有スペース。
「綺麗なのにもったいないなー」
「私は短くても素敵だと思うわ」
「ありがとう、長かったから違和感しかない…」
帰宅するとみんなに一通り労われお風呂へ。汗や埃を洗い流して、無くなってしまった髪の毛にガッカリする。
「いつから長いままなの?」
「覚えてないなー」
「私逆に長いのは手入れが大変でムリやぁ、二人ともよく……あ、爆豪くんだ」
キッチンには彼がいて…寝る前のプロテイン作ってるのね。マメだなぁ。
「プロテイン不味くない?」
「別に……ンだよその頭」
「敵の攻撃が当たってこうなった。病院では切ってくれなかったんだよね」
背中の半ばまであった自慢の黒髪ストレートは現在、右サイドは肩よりも上になっている部分がある。
お風呂の中で蛙吹さんと麗日さんにも言われたけどだいぶ酷い状況だ。
「どーすんだよ」
「え?あー、明日外出許可貰ってカットしてもらおうと」
「ザンバラで行くのかよ…ッチ、ハサミよこせ」
「切ってくれるの?」
「え?できるん?美容師さんに任せた方が安全なんじゃないかな」
「できるわ!そんくらい!!ッケ、見るに耐えねぇお前を哀れんでやったるんだバーカ」
口は悪いがここは才能マンの彼に任せるとしよう。全員でエレベーターに乗って押されたボタンは私の部屋がある階。
あ、やっぱり今から私の部屋で切るんですね。新聞紙とビニールとコームと……あと何がいるんだっけな。
「爆豪ちゃん、環心ちゃんを苛めちゃだめよ」
そんな心配いらないよ、梅雨ちゃん…?
*
*
部屋に入るのは初めてじゃねぇが、この部屋の香りは好きではないと改めて思う。
香水なんかつけやがって、別に要らんだろ。
「ハサミって普通の文房具のと眉毛整える小さいのしかないんだけど大丈夫?」
「イケんだろ。てかお前眉いじってんのか?」
「そんなに触ってないよ」
顔をじっくり見てみてもわからない。元々が良い形の眉してるんだから必要はないだろう。
ハサミにコーム、あと霧吹き。
床に新聞紙を敷かせてビニールを準備。長い分かなり切らなきゃなんねぇな。後片付けのことまで考えてる辺り、気が回るというか頭が回るというか。ただの効率厨か。
「よし、お願いします」
「いや、脱げよ」
「へ?」
ビニールを被って準備万端に椅子に座っているが首もとにはお決まりのタートルネックで毛で汚れるのは目に見えている。
「ああ、そういうことね」
ビニールもろとも服を脱ぎ始める。コイツに恥じらいなんてないから、こちらが恥ずかしがるのも変な話だ。
下には黒のタンクトップ。ブラ紐見えてんぞ。
早く切ってくれと言わんばかりに位置に着かれて小さくため息をこぼしつつも髪の毛に指を通す。
さっき風呂に入ってたみたいだから指通りが良い。さらさらすぎて纏まらん。霧吹きで濡らしつつ、左サイドの髪を纏め、ハサミを通す。
「相当短くなんぞ」
「ベリーショートはイヤだな…」
「アホか。顎下ら辺だわ」
「任せた」
かなり他人任せな発言だが、良いように捉えよう。信頼されてる。そうでもしないとイラってする。
切り進めるうちに白いうなじがチラチラ見えて気を削ぐ。タンクトップから覗く腕だって、夏休みがついこの間終わったというのに白い。
白い肌には所々傷はあるようだが重傷のものはない。そもそもそんな怪我はしていないのか、ババアにリカバリーされたかのどっちか。
「戦闘中髪結んどけばこうはなんねぇよ」
「結ぶの好きじゃないの。邪魔だって感じたことなかったから結んでなかったのよ……それに敵も強かった」
少し沈んだ声は一体何を考えているのか。でっかい事件で死者もでたということはニュースでやっていた。被害も大きい。
今度は何を視た。
「……おら、終わりだ」
鏡を渡して出来具合を確認させる。掻き上げられた前髪も以前よりは少し短い。
「……パーマかけたみたい」
「あ?それが嫌で伸ばしとったんじゃねーのか」
短くなると現れる癖毛。長いときはその片鱗すら見えなかったがうねっている。
「そうだっけ」
「クソデクみてぇなチン毛頭になるって信じ込んで、それが嫌で伸ばしただろ」
「それは嘘。酷すぎじゃない?」
伸ばしている理由すら忘れるくらい前から長い髪。それもおさらばして幼少期…初めて出会った頃くらいの長さになった。
首や顔についた分を払い、完成だ。
仕上がりには満足しているようで、片付けに入っている。大量の髪の毛と新聞紙を袋に詰め満足そうだ。床に散らばる事故も起きなかった。
「ありがとう、勝くんやっぱり才能マンね」
「感謝しやがれ」
「そこまで言われると逆にしたくないわ」
短くなった髪の毛に触れて少し嬉しそうな顔をする。表情がだいぶ出るようになった。
髪は切り去ったが、先ほど影を落とした心痛はそこにあるまま。
「ん」
「ん?」
ベッドに腰掛けて腕を広げる。コレはてめぇが言ったことじゃねーかッ。
キョトンとしたのも僅か3秒でだんだんと眉間にシワが寄ってくる。涙が俺の頬に落ちてくる。
「なんか、優しすぎて気持ち悪い」
「あ"?ハグがストレス解消に良いッつったのシオンじゃねーか!!こっ恥ずかしいの我慢しとンだよこっちは!」
「ふふ、うん。ありがとう」
正面から抱きつかれ上から涙が降ってくるものの、口元にくる首は悪い気はしない。髪がなくなったせいかよく見えるし触りやすい。
コイツは今まで甘えることをしなかった。強制的にこうでもしなけりゃ抱え込んでパンクして前すら視えなくなる。
「悲しい」
「そうだな」
「あの人の姿、もう…見られない」
「…ああ、悔しいな」
何かを失すのはとても悲しいことだ。コイツが誰かの死で後悔しているように、俺もオールマイトという平和の象徴を無くして自責の念に囚われた。
生きているだけ心持ちは違うのかもしれないが、心に空いた大きな穴を埋めるのは難しい。
言葉が嗚咽に変わる。背中を擦ってやれば俺とは違う筋肉。薄っすらとしかない。
目についた震えるシオンの首筋に唇を落とす。泣くのに夢中で気づいちゃいねぇ。言葉を紡ぐ間に出る嗚咽の度に、繰り返し慈しみを落とす。
その唇を奪って、漏れる悲しみを失くせたらどれだけ救われることか………付き合ってもいない男女がするようなことではないし、コイツとはまだ…この関係のままでいい。
「今日はこんまま一緒に寝てやるよ」
「ん"……あり、がど」
ベッドに転がりタオルケットをかける。ぶっさいくな面は明日にはもっと酷くなるだろうな。
ハグするだけでストレスを軽減させ安心を与えることができるのなら、一晩中そうしてやる。身を切られる思いなんか逆に切り捨てちまえ。
全部、全部吐き出して、それを糧に明日から生きていこう。
「いい夢みろよ、シオン」
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