17時。
「ミッドナイト美術倉庫借りますね」
「あら〜?イケナイことでもするのかしら……、ああ、どうぞ使って、鍵はこれとこれね」
「ありがとうございます」
温度18〜20℃、湿度50〜60%、直射日光が入らず承認された者しか入れない空間。数々の美術品が保管されているここは品質を保つにはもってこいだし、セキュリティが重厚のため貴重な品も置いてある。
つまりは、入ってしまえば安全な場所。
ミッドナイトにここを借りたのは特別な理由があったから。彼女も私の事情を少し知っているから、察してこの空間を提供してくれた。
「…ハーツです」
『君から電話なんて珍しい。どうしたんだい』
「こっちには来ないでください。それを伝えたくて…。あなただったら違う方法で情報収集できますよね」
『…えー行くに決まってるじゃん』
電話の向こうの声は明るい声色をしているが重みがある。風と人の声が複数聞こえて外にいることがわかった。どこかに向かっているんだろうか…お願いだから家に帰って大人しくしてて。
「あなたが安全に過ごせるとは思えません」
『女の子が危険な所にいるのに駆け付けないなんて選択肢俺にはないって』
「自己犠牲なんて今時流行りませんよ」
『…そんなの今さらだ』
綱渡りを始めたはいいが私たちが立っているのはテグスの上みたいなものだ。耐久性はあれど命を預けるには頼りのない細さで踏み外したりバランスを崩したら落ちる。そして細さ故に自身の足に食い込み痛みを与える。
彼はずっとそんな中で生きてきた。
『それに”シオンちゃん”もでしょ…』
「…あなたよりは安全ですよ」
『最前線にいてよく言うよ。精神的には安全じゃないでしょ。大丈夫?慰めてあげようか?』
「……ッ!、っま、間に合ってます!」
『え、彼氏いたの…?まじかー残念だな〜…6歳差だったら許容範囲内でしょー俺有料物件だよ』
重みのある声色からふざけたものへ。私を困らせる発言をしてマウントを取ってしまいたいのかもしれない。けれど聞こえた吐息は震えていて彼が背負っているものの重さを窺い知ることができる。
風の音が止まった。
「…間に合ってますって」
『あっはは、気が変わったら言ってよ。あと…合流したら俺のこと視てて。気軽に話せないだろうし』
「本当に来るんですね…無茶だけはしないでください」
『うん、ありがと。直ぐに行くから』
彼に会うのは明日か明後日か。どちらにしろ今週中には合流できると思う。頼れる人だからこそこちらに来てほしくはなかった。
しかし、彼の性格を考えればそれは叶わない。使命感を持ち己が役割を、淡々と冷酷に、そして熱くこなす。
「能ある鷹は爪を隠して穴蔵に…、ホークス……」
今はあなたに会いたくないよ。
*
*
数日後。
「あ、ケラちゃんが起きました」
「…おはようございます。私部屋で寝てましたよね」
「ミスターに運んでもらいました」
「勝手に部屋に入らないでくださいよ。頬が痛い」
「そらあのハゲ社長に殴られて腫れてたからね。寿司食う?荼毘は嫌いだからその分食べようよ。何が好き?」
「…ハマチ」
浮上したと同時に状況把握を行うのが癖になりつつある。怪我だらけの身体に綺麗な服を身に纏う”敵連合”は豪華なお寿司たちを囲んでいた。
いつもは寝起きに食べる気はしないけど疲弊した身体は栄養を求めていた。Mr.コンプレスから醤油皿を受け取り隣に腰かける。
団欒しているのが不思議なくらいだ。だってここは敵の敵だった組織のアジトで…殺し合いをする間柄だったのに。そのせいでできた咥内の傷に醤油が染みる。
「にしても随分なシナリオに世間は納得してるってスゲーよな」
「それだけここの奴等は世間からの信頼と権力と技術があったんだろうな。俺たちとは大違いだ」
「卑屈すぎるでしょーよ。俺たちには力があった、だからこうして寿司食えてんだ」
「お前逃げてただけだろ」
切れた口角があの時を思い出させる。
世間には泥花市で起こった戦いはヒーローに恨みを持った敵グループによる犯行だと報道された。計画的な犯行によりヒーローは街の外に追い出され、戦ったのは泥花市の住民。
個性の使用許可を持たずに戦ったことで被害を拡大させたと非難もあった。しかし、多くの犠牲者を出しながらも勝利した市民に、世間は英雄視する声もあった。
「美談って作れるんですね。無知は恐ろしいです」
「美しいことは良いことじゃねぇーか!名前のごとく泥臭ぇー!でもお花もあるから素敵だな」
「やっぱ、アイツ悪化してるな。ケラ、口の端切れてんぞ」
「知ってます。痛いです、触らないでください」
「時間だ来い」
「まだ寿司食ってるでしょーが!!」
”解放軍”のメンバーが食事をしていた部屋にズケズケと入ってきて自分達の都合を押し付ける。ネチネチしたスケプティックはこの状況に不満があるらしい。IT会社の代表らしいがこんな嫌みを言ってくる上司は嫌だろう。
同じく迎えに来た心求党のトランペットは幾分か理性的に振る舞ってはいるものの、現状を受け入れられていない感じがする。
「食事も治療も映像編集もウチの金でしたものだ!感謝しろ!」
「ハゲ社長が生きてアジトに残れてるのは俺とケラちゃんのお陰だって忘れんなよ!」
「……最高指ど…ン”ン”、リ・デストロが認めた方々です。計良栞の判断で輸血ができ、トゥワイスの個性で病院にダミーを置けたのですから」
「良かったなぁ!決起集会できて!」
隠し扉から"解放軍"のアジトへと進んでいく。地下にはザワザワとした息づかいが無数に押し詰められていた。
数日前に重症を負ったとは思えない程大きな声で演説しているリ・デストロは車イスに座っていて、その隣には死柄木弔が王者のように鎮座する。
敵対していた組織が2つ。
「あ、そろそろデス。いこいこ」
「ケラちゃんも幹部でいいのになー」
「”私”は…正規メンバーではないので」
死柄木弔から宣言されるのは、新たな組織。
「"超常解放戦線"…まァ名前なんてコレと同じ飾りだ。好きにやろう」
掲げられた不気味な白い手に上がる歓声は、悪魔の産声そのもだった。
【逸事】世間に知られていない隠れた事柄。
2020/04/24
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