要人というもの

12月中旬、泥花市。


敵として生きているこっちの"私"は現在ピンチ。


街を見下ろす高いタワー。


冷たい空気。


腫れた頬。


乱れた髪。


拘束された手足。


滴る血。


怒れるハゲ。



「はぁ……手塩にかけて育ててやったのに何故裏切った…?計良栞」

「育ててもらった記憶はありません。あなたの思考に育くまれた両親に育てられただけです」


ぼんやりとした意識の中で交わす言葉は、現実で起こっているとは思えない気分だ。

人間が育つ環境って大事なんだと思う。私はとても恵まれている。一般的な家庭だけど、教養を深めるだけの両親の収入や愛情。周辺環境も良かった。一緒に育って、目標も生まれたから。

でも”私”は鳥籠の中。

大きくため息をついたリ・デストロは汚れた手を白いハンカチで拭って、大袈裟に肩を落として見せた。


「…君のモノの大きさを測るという異能は我々には欠かせないものだというのに」

「へぇ…全自動計測人間って、使い方によっては便利だって気づいたんですか…はは、なるほど」

「どこで間違ったんだか」


そんなの”私”が知りたい。

雄英高校でヒーローを目指している”私も”。

自由を求める彼女になった”私”も。

正義って…自由って、何?


「キュリオスが殺られた。あんな前線出なくても良かったのに…貴重な人材が」

「キュリオスだけではない……人は斯くも尊い」


この男の発言の意味がわからない。一人一人が尊く貴重な人材だって?ここは"異能"のスペックで順序づけされた世界じゃないか。

一面窓ガラスの会議室なのか何なのか知らないが、この部屋はとても居心地が悪い。そもそも椅子に縛り付けられて、殴られて、倒されて暴力を受けているのだから居心地がいいはずもない。


「ケラちゃん……悪ぃな、俺の顧客データのせいで…」

「いいえ…?、義爛さん歯抜けが進みましたか?」

「はは…歯より重要なものが切り落とされてんだけどな。軽口叩けるんだったらまだ大丈夫そうだな」


2.3メートル離れたところにいる彼は顔面が血で染まっていて、手に注目すれば…歪な形になっている。止血はされているが巻かれている包帯に血が滲んでいた。

大窓のそばでハゲ…もといリ・デストロは敵連合と異能解放軍の戦いを見下ろす。どちらが勝ったとしてもヒーロー社会に一石が投じられることに代わりない。

ああ、義爛には平気そうな態度を装ったけど頭がボーッとする。血が足りないのかな…尋問というか拷問されたから精神的にも限界か。

先が…"視えない"なぁ、 


「随分と敵連合に気に入られているらしいな」

「…?」

「君たちを救いだそうと…こちらに真っ直ぐ向かってきた。実に愚かだ」

「…ッ、アイツら正気か…っ!?」


現代社会に仇成していこうという奴らなんだから正気であるはずはないか…新潟にいたはずなのに…あそこで調教していたのに何でここにいるのさ。

個性を展開してみればタワーに意識を向けている敵連合。”私”の身体ではないから距離があると個性が使い辛く視え辛い。


「…連合って本当に自由な人たちの集まりですね」

「ただのバカの集まりだろ」


バカな奴らはバカだからこそひたすらに夢を追える。それに彼らには犠牲にするものはほとんど無いんだから捨て身の特攻なんて当たり前。

怖いのはバカに知恵と力がつくこと。

馬鹿と天才は紙一重って言うじゃない?


音が消えた気がした。



「おい!ケラチャン!!目を覚ませ!!可愛いお顔拝ませてもらってるぜ!」

「トゥワイス…が、いっぱいなのは夢の中だからですかね…自分は増やせないって…」

「夢じゃないぜ…マジで…」


視界が開けた先には、同じ顔が3つ…4つ、5つ。

少しの間意識が薄れていたらしい。薄れている中でも、死柄木弔が触れずに人間を崩壊させるのを視たり、トガヒミコは見た目だけの変身が個性までその人に成ったり、荼毘が己の炎に焦がれたり…トゥワイスがトラウマ克服して自分自身を見つけたり…


「夢じゃ、ないんですね」

「夢なら良かったのにな!現実みろよ!」


脅威が力をつけた。この事実を変える個性があったらいいのに…現実はそう甘くない。目の前には連合メンバーを複製したトゥワイスが物騒がしく"お前コピーだ"と言い聞かせている。

リ・デストロは連合の意なんか知らないと言うように怒りを溜め込み……打ち出す。そしてトゥワイスの複製は呆気なく消えた…瞬きもしていないのに一瞬のうちに消えたのだ。

私たちに手を伸ばしていたトゥワイスはコピーだったようで泥と化す。


「分倍河原、それ以上増やせば義爛と計良を殺す」

「なッ」

「大丈夫だトゥワイス。お前が作ったこの状況…1対、たくさんだ」

「二人を取り返しゃァいいんだな」

「待て!!!」


"個性"で畳み掛けようとした敵連合(コピー)の攻撃は、リ・デストロが振り下ろした腕から繰り広げられる"異能"で吹き飛ばされた。


「わっぶ……痛いんですけど…」

「流暢かましてる暇ねぇぜ…」


風圧で吹き飛ばされてしまえば、椅子に拘束されたままの私は受け身なんてできない。顔面を床に擦り付け、尚且つ拘束されている手足にも痛みが走った。

……今、視てなきゃ…左の攻撃、視えなかった。

個性でようやく視えるくらい速い一撃。複製された敵連合のメンバーは消された。


「はは……道理で、抑圧するのが好きなわけだ」


"私"がこの世から消えてしまうのも時間の問題かもしれない。どうか最後まで視ていて、"私"。



【要人】
社会に重大な影響が及ぶ立場や要職に就いている人物。
- 129 -
[*前] | [次#]

小説分岐

TOP
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -