午後4時、晴天。
今日も今日とて日差しが強かった。もう間もなく日が落ち過ごしやすくなりヒーロー活動も行いやすくなる時間だが、私は水分補給のため即席事務所に戻っていた。
「おつかれー環心さん。この後はどこで視るん?」
「お疲れ様。時間があれば漁港で魚群探知してって言われたから行ってくるわ」
「じゃあ夜ご飯はお魚かもしれんね!お腹すいてきた〜」
「麗日くん!!厚かましいぞ!」
「ふふっ、期待せずに待ってて。着替えたら行ってくるわね」
汗をかいたインナーを着替えたあと女子部屋からベランダに出てみる。外からいずと活真くんの声がしたから気になって様子を見ようとしたのよね。
そしたら先客がいて声の先を見つめていた。
「盗み聞きなんて趣味悪いんじゃない?」
「お前にゃ言われたかねぇよ」
「おっと同罪か」
宿直明けで気だるそうな勝くんがアイスを食べながらベランダに寄りかかっていた。昨晩は活真くんと真幌ちゃんに振り回されて怒っていたけれど、今はヒーローに憧れる気持ちを知って穏やかに見守っている。
いずと勝くんも小さいときからヒーローに憧れているから、彼の気持ちが解るんだろう。
「あ、でもなるべく家族には心配かけない感じで」
「うん!じゃあね!」
いずの良いところは弱い者の気持ちがわかり寄り添えること。同じ目線で、同じ世界を見て、異なった考えを与えることができる。それは勝くんにはない才能だ。
たぶん勝くんもそれをありありと感じているんだろう。まぁ、勝くんも小さい子どもに好かれるけどね。何故か。
その横顔は優しい。
「あ」
「あ、もったいない」
アイスが溶け落ちてしまうくらいの時間話に聞き入っていたようだ。アイスが仄かな香りを放つ。
「勝くんは今から準備?宿直連続だっけ?」
「今日は夜までだわ」
「ほぅほぅ。無理はしないでね」
「…そのために充電させろ、シオン」
久々に感じる唇への温もり。島でヒーロー活動し始めてからこういった触れ合いは自粛していた。
何日ぶりだろう。でもこの感覚は忘れるはずなくて直ぐに馴染む唇の形が気持ち良い。
「ねぇ…私、今仕事中なんだけど」
「俺を癒すのも仕事だったろ」
「…職務怠慢って言われそう」
私の役割を都合良く解釈しないで、と悪態はつきながら求められることは嫌いではない。もしこれで欲情されてたら拒否していただろうけれど、勝くんからはセンチメンタルが視えちゃったからついつい甘くなってしまう。
差し込まれた舌が最初は冷たかったが、私の体温が分け与えられたことによって徐々に熱を取り戻し、遂には火照り始める。
分厚い舌が腰を砕けさせる。腰を支えられて座り込まないようにされるけど、これ以上したら欲情に変わっちゃうし…というか、ベランダでこんなことをすること自体がよろしくない。
ああ、やっぱり自重するべきだったかな。
「……ん、勝くん…」
「んぁ?ンだよ」
「いずたちにガン見されてる」
「は?」
「…シオンちゃん、かっちゃん……マジか」
視線をそちらに戻してみれば、いずと畑帰りの鈴村さんがこちらをみて頬を染めていた。
「んふっ、も、やめてってば……」
「……ッチ」
舌打ちしったってこの羞恥は消えないし、見られてしまった二人の記憶からも消えない。罰が悪く少し俯きながら足早に任務地へと向かった。
港に向かうときにすれ違った鈴村さんに”ヒーローの熱愛現場見ちゃったわねぇ”と言われて、更に気不味くなったのは言うまでもない。
*
「ハーツさんやい、今日は沖の収穫は少ないんだけど、こっち側は大量なんだ」
「じゃあ魚群探知係りはしなくていいみたいですね」
「ああ。嬉しい誤算だが…大方、沖の方にイルカが出たんだろうな」
周囲を個性で視てみれば色とりどりの熱帯魚だけではなく、普段は沖にいるような大きめの魚たちも泳いでいた。
なるほど、これだったら視るまでもなく漁師さんたちの培われた勘で捕まえられるだろう。
「大量だからここにおいてるやつは、ヒーローたちで食べくおくれ」
「魚捌けたかのぉ?おっちゃんが卸しとくわ!」
「ふふ、ありがとうございます。お魚は捌けるんですけど、人数が多いと大変だろうから助かります」
目の前で髭の生えた魚を捌くおじ様は手際が良く、漁師歴が表されているようだった。ちなみに捌いているのはオジサンという高級魚。
「あれ……港にフェリーが入るのってこの時間でしたっけ?」
「んにゃ?あと3時間くらいのハズだが…客がいなかったから前の島を経由せずに来たのかもな」
「あとどれくらいで着きそうかい?」
「20分もないかもです」
「おっけー、フェリーが早めに着くから気を付けるように連絡するわ」
数十km先に視えたフェリーはこちらへ真っ直ぐ向かってきている。港に早く着くのであれば予め知らされているハズだ。それに3時間も早いなんて運行ダイヤが役に立っていない。
漁師さんたちの作業を邪魔にならない程度に手伝い、水揚げされた魚たちの選別作業も視ながら進める。
量と種類が多いからいつもより選別が大変なんだって。最初ここに来たときは魚の種類は知らなかったけど、何度か手伝ううちに直ぐに見分けられるようになった。
「どうした?」
「生臭くて気持ち悪くなっちまったか?」
「…いえ……、海が」
海が違う。
いつも視ている訳ではないが、違う。
何が違うのかと問われれば正確に回答することはできない…けど、この魚たちが漁港近くに来たのと関係あるのかもしれない。
あと、
「…フェリーの……ルートが違う…スピードを緩めてない……乗っている人の様子も、」
乗員乗客が明らかに少ない。それにこの感じは悪意…?あと、残り5kmを切っているのにルート変更や減速する様子は見られない…邪心が3つ…いや4つ?何かに邪魔されて視れない。
キャプチャしただけでは視られない感情たち。
「リーダーさん…皆を急いでここから遠ざけて下さい」
「なんだってそんなことを…?」
「悪意を感じる…杞憂ならいいんですけど」
「おいおいおいおい…何でフェリーが漁港に来るんだよ…」
悪意が明らかになった…敵だ。
防波堤など気にしないというように突進してくるフェリーに現場は一瞬でパニックになった。
声を張って避難指示をするけれどフェリーが暴走する音に掻き消される。取り急ぎ漁師さんに、事務所にいるヒーローに敵が来たと伝えてくれと頼んだけど…厄介な敵が来てしまった。
「スライス…」
「わかっているわ」
「早速邪魔させて貰うわよ」
「っ!?ヒーロー…?」
テグスで転覆しかけているフェリーに飛び移り…敵の注意はこちらに引き付けることに成功したが4人か、…少数精鋭でボスのマスク男からは嫌な感じが放たれている。
「邪魔はされたくなかったんだが…キメラ、マミー陽動を頼む。私はコイツに用がある」
「ナイン、やり方は?」
「好きにしろ」
「承知」
その言葉と同時に襲いかかる視えない壁。それに押されて船から弾き飛ばされる。海に落ちることは回避できたが、その隙に敵は分散する。
どこに行った…?狼みたいな男は海沿いを移動し包帯男は市街地へと向かっているようだ。一刻も早く敵を鎮圧させなければ…ッ。
「考えこととは余裕だな…”全知”」
「ッ…視え辛いのはそういうことね……」
「ほぅ。それも解るのか。”サーチ”の上位互換…お前の個性も奪うことにしよう」
「……冗談、言わないでよ」
個性や思考がアヘッドモードでも視辛いのはナインの身体が弄られているから。そして私のことを"全知"と呼ぶのはアイツらしかいない。
胸元を握り5回の合図。
「…私が頂点に立つ上でお前の個性がいる」
「っは……"しんり"は私のものよ」
「ならば力ずくで奪うのみ」
ナインの中遠距離攻撃が容赦なく襲う。さっきの見えない壁…爪を飛ばした攻撃…サーチ、きっとラグドールの個性のようなものに…不自然な風。
アヘッドモードでも奴の攻撃を避けることは難しい。
「ァグゥ……くッそ…脳無は脳無でやり辛いけど……オール・フォー・ワン擬きは思考まで弄ってるのね」
「連合は利用したにすぎない」
「……私としてはアンタが連合と関わってた事実だけで十分なのよ」
通常のヒーロー育成プログラムは私たち生徒だけでヒーロー活動を行う。だが敵連合が関わっているのであれば話は変わってくる。こんな高性能脳無もとい、オール・フォー・ワン擬きも造り出してしまっているだなんて。
安全に対処できる範囲は越えた。
宙に浮いた身体は高台まで押し上げられ奴の侵入を許してしまう。浮かされ、飛ばされ、爪弾が掠める。
投げ飛ばされた場所がサトウキビ畑で良かった。クッションとなり落下の衝撃がかなり減った。それでも怪我は免れていないけどね。
「ゲホッ……ハァ、ッは」
「平地ではその糸も役に立たんだろう」
「そうね…移動においては、ねッ!」
平地で建物もない場所ではテグスを使っての移動はできない。しかし、目標物は目の前にあるのだからそこにポイントを絞れば良いし、モノは使い用だ。
またも見えない壁に押されて吹っ飛ばされる…そう何度も同じ手が私に通用するわけないでしょ。仰向けに倒れ込むようにして避け、右腕のテグスをナインに飛ばす。
ナインの個性は強力だが、身体能力だけで言えばいずや勝くんの方が勝っている。だからナインが反応するコンマ数秒の間に私が攻撃すればいい。
予めナイフにテグスを結びつけていたものを放置していた。足元に注意を払っていないナインには、いきなりナイフが現れたように感じただろう。
ただ、それだけじゃ足りない。奴にダメージを与えるためには隙に刺し込むしかない。
「……全知は手強いという風に聞いていたが…仕込みナイフか…攻撃の個性ではないのに私に傷を負わせるとは」
「…ッ、全身プロテクターでも穴はある。それって、生身は”貧弱”って晒してるようなものよ…背中のダウナーはそういうことでしょ…?」
「貧弱、だと…?私は新世界の王だぞ!」
「ぁガ…ッ!」
今度は横からすり抜けられないように上から押さえつけ、壁と地面にサンドイッチにされる。おまけに至近距離で青い龍の個性が発動され、腹部に食い込んだ。
複数の個性…解ってはいたけど視え辛くていつものようには戦えない。口の中に広がる鉄にもどかしさを覚える。
頭は踏みつけられ、腹部を咥えたままの青い龍はさらに食い込み肋骨を軋ませる。どう足掻いたって動けない。
でも…私にできることはするんだ。
「今の個性は…7個。”サーチ”、”爪弾”、”空気の壁”、”使い魔の龍”、”回復”、”天候操作”…で合っているかしら。個性を奪うのは"個性"ではないようね」
「思考フィルターをかけられた状態の私でも視えるのか」
「長時間個性を使っても身体に負荷がかからないようにするために足掻いてる…難儀な身体ね」
「黙れ!」
「あ"ぁ"ッ」
踏まれた右肩から嫌な音がした。
「 、 …を いい、」
「何をブツブツ言っている」
「 で、 ば… かち」
「命乞いでもしているのか」
「……いえ…?、視てた…だけよ」
「はっ…それももう終わりだ」
頭を鷲掴みにされて血が引いていくような、針に刺されているような激痛が全身を駆け巡る。
掴まれているのは頭なのに首を絞められて気道を塞がれているようで、呻き声すら出ず痺れる身体は制御不能。
個性が奪われる。
ああ、私の"しんり"。
私が弱いせいで…敵に渡したらダメなのに。
「う"ぐぐ……頭が、、何だこれは」
「…アンタが扱うには…崇高すぎる個性よ」
「……」
「不完全な…存在には、似つかわしくない」
「この死に損ないがッ!」
背中に感じたコンクリートと全身を爪弾が割く痛み。外傷に強いコスチュームですら豆腐に包丁を入れるかの如く、簡単に傷がついてしまう。
瓦礫の布団と仲良しになったとき子どもの声が聞こえた。聞き覚えのある声はきっと活真くんと真幌ちゃんだ。そっか…お家ここら辺だったんだ。
「にげ、て…」
早く逃げて…その声すら届かない。
「く、来るなたらぁ!」
「幻なのは"解って"いる」
視えない。私には"解らない"。
「デク!」
「デク兄ちゃん!」
嗚呼。
視えなくてもこれでひと安心。
「後は…頼んだ……、ヒーロー…」
巨悪の再臨…なんて、嫌な響きなんだ。
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