novel

top >> ちっぽけな王女





昔々、今よりずっと前の時代、とある場所に悪逆非道と謳われた王国がありました。
このお話は、その王国の頂点に君臨していたひとりのちっぽけな少女のおはなし。


注:アクノぱろ
・・・・




――――ついにそのときはやってきて
     終わりを告げる鐘が鳴る
    民衆などには目もくれず
     君は私の口で言う…―――――

『           』




「いやああああ!!!!」


広い部屋の窓際の、大きな、その割には装飾の少ないベッドの上で。
少女が叫び声をあげて、ガバリと勢いよく起き上がった。
全身がどうしようもないほど震えていて、心臓は嫌なリズムを刻んでいる。


「はぁ、はぁっ。ゆ、ゆめ…か」


いまだ震えの収まらない手をぎゅっと握りしめ、荒い息を整える。
さっきまでみていた夢がいまにも流れてきそうで、慌てて頭をふり追い出そうと試みた。


あまりにもリアルな夢だった。
夢の中の場所も、登場人物も。自分のよく知る人物で。
そして自分にとって最も恐れる状況の、夢。

自分と良く似た顔の少年が、自分の身代わりに…なんて。
あぁなんて恐ろしい悪夢なのか。
またその夢に囚われてしまいそうで、目を瞑るその行為さえ怖くなる。
…自分にとって、少年がどれほど大切なのか思い知らされる。


夢の中の少年の最後の笑顔が頭に浮かび、それだけは留めるようにぎゅっと目を瞑った。


彼が笑うのはあんな場所ではない。
彼の居場所は、こんな悪意にまみれた場所ではない。
悪意の中心にいる私にとって、彼の笑顔はまぶしすぎる。
私はそれを忘れてはいけない。
彼のいるべき場所は、笑顔を向ける相手は、もっともっとひかりの当たるところなの。


少女はゆっくりと目を開く。
さきほどの恐怖も怯えもすべて押し殺して。
今の彼女の瞳には、ただひとつの決意を宿すのみ。




此処で散るのは私で充分。
彼を巻き込むのは、私が絶対に許さない。
絶対絶対、赦さない。



・・・・・










昔々、ずっと昔。
もしかしたらこの世界じゃないかもしれない、とある場所。
そこには、大きな国がありました。


強い大国として評判を響かせたのはとうに前。
度重なる天災に、いつのまにか広まる病。
周りの国々との争いや自身の国内での内乱。
やせ細り、日々の暮らしですら覚束ない農民町民たち。
そんなことは我知らずと、私利私欲だけに目を光らせる醜い貴族。


そしてその頂点に君臨するは、いまだ成人も終えていない年若き王女。
国民たちの嘆きなど顧みない、残虐非道な悪の娘。


「お城には、そんな酷い酷い王女がいるんだ」
「そうなのー?」


薄汚れた街角で、ちいさなこども達とひとりの少年。
やさしい瞳でこどもたちを見つめつつ、乞われるままに街に広まる噂を紡ぐ。
お城の話をせがまれると、瞳にのぞく昏い色。


「そう。城の連中…えらい人たちにロクな奴はいない。ここのみんなと違って、愚かな奴ばかり」
「おしろの人はわるいひと?」
「そう悪い人。王女は特にね。此処では皆が精一杯生きてるのに、あいつらは知ろうともしないんだ」


少年は血の気が失せるほど手を固く握りしめ、ふっと昏い瞳で城の方向をみつめる。
その瞳に浮かぶのは、重く降り積もった憎悪の感情。
しかし子どもたちにやさしく手を添えられ、慌てて視線を戻すと。


「そっか。…でも、いいひともいるでしょ?」

こどもたちの瞳に浮かぶのは、ただただ純粋な親愛の情。


「え?」
「だってリンはいい人だよ。ぼくはリンにーちゃんが大好きだよ!」
「わたしもだいすきー!」
「あたしのが大好きなんだから!」
「おれもおれも!」


ぎゃーわーと突然にぎやかになるこどもたち。
そんな光景をぱちくりと見つめてから、少年はぎゅっと口を引き結んだ。
薄汚れて、活気のないこの町で生きている。それなのに。
そんなのも意に反さずにこにことこちらを見つめるこどもたち。
あぁなんて綺麗に輝いているのだろうか!


「…ありがと!ぼくも皆がだいすきー!!」

そう言って子供たちの輪をそのまままとめてだきしめる。
するとまたも騒がしくなる子ども達。
抱きしめる腕に力を込めて、皆のぬくもりを噛みしめるように目を閉じた。


ありがとう、有難う。
こんな私を好きだと言ってくれて、笑顔をくれて。
本当に本当に有難う。
この光り輝く貴方達の笑顔、私は絶対忘れないわ。



「…リン」
「メイコ姉さま」
「私も、貴族にだっていい人はいると知っているわよ」
「…」


ぎゅっとやさしく抱きしめてくれる、少年にとっての憧れの女性。
つよくて凛々しくてそして優しくて。
願えるならば、こんな女性になりたいと何度も思った。


今、彼女は赤い鎧を着ている。
それを、彼女は自分の意思だとわらうのだろう。
ぜんぶぜんぶ私のせいなのに。
この国を腐ったものにしてしまった私達のせいなのに。


鎧越しのはずなのに、抱きしめてくれる腕の中はとてもとてもあたたかくて、やさしくて。
あぁ涙が出てしまいそう。
でも泣くことは有り得ない。
涙を流すことは、この身になんぞ許されてはいない。
けれども、想いを届けるくらいは。


「…姉さま、だいすきです」
「私もよ」


私にも許されるのだろうか。
…否、許されないだろう
これほどに尊いあなた達の笑顔は、この身にはとてもまぶしすぎる。
忘れてはいけない、忘れちゃ駄目なの。

少年の格好をしようと、町へ繰り出そうと。
私はこの国の愚かなる王族に変わりはないということを。
忘れては、いけないの。

ああなんて罪深い王女なのか。


ごめんなさい、もうすぐだから。
あとすこしだけ、此処に居させて下さい。


「…リン、あなたばかり背負わなくていいのよ」
「ふふ。御冗談を」
「リン…」


「どうか、よろしくお願いします」



深く深く頭を下げると、何故だか姉さまは泣きそうな顔でほほ笑んだ。





・・・・・・・・・・・・・・



見た目ばかりが立派な城。
大臣たちによってこれ見よがしに飾り立てられた彼らの執務室。
売れば何人もの食事が何日でも賄えるであろう豪奢なドレス。
あぁ吐き気がするわ。


すると後ろから慌ただしく響く足の音。
振り返らなくてもわかるその音の持ち主。


「王女様!どこへ行ってらしたのですか!」
「あらレン…内緒?」
「なっ」


にっこりとほほ笑めば絶句する少年。
それから自覚だとかなんだとか色々喚き始めるが、そこは適当に聞き流す。
自分とよく似た造りの顔だが、自分とは決定的に何かが違う。
それはきっと彼の心根と自分とが違いすぎるからなのだろう。


「王女!聞いていますか?!」
「ええと?」
「まーったく王女は!!」
「はいはい落ち着いてレン。疲れてしまうわよ?」
「疲れさせているのは何方ですか!!!」
「私ね、ごめんなさい。じゃあお茶でも飲みましょう?ね?」
「あーうーあー!…はい」


さんざん騒ぐくせに、この少年は最後はこちらに折れてくれるのだ。
しぶしぶと頷く少年に笑みを零してから、ゆっくりと自分の部屋へと歩みを始めた。
さぁ早くこの場から離れなくては。



刻一刻と近づく終わり、どうかまだ君は気づかないで。




・・・・


お城の奥の奥深くの部屋。
ここが私たちのいつものティータイムの部屋。


「ん〜おいしい!やっぱりレンの紅茶は絶品ね!」
「おほめ頂き光栄です王女さ」
「ほら貴方も座りなさい」
「は?え!?いやいやいや…」
「レン?」
「…喜んで」


諦め顔で座るレンへ紅茶を注いでから、頬杖をついてとっくりと見つめる。
この場所でのティータイムは、私にとって宝物だった。
大嫌いなこの城の中で、唯一安らぎを得られる時間。
それは、ひとえにこの少年の御陰であったのだろう。


大切なたいせつな、私だけの召使いさん。


「さて、もうすぐかしら」
「?」
「レン、いままでありがとう」
「?どうしたのです?」


精一杯の笑顔を送れば、いぶかしげな表情で返される。
全く、最後だというのにいつもどおり。
クスクスと浮かんでしまう笑みをそのままに、ゆっくりと口を開く。
ねぇ、私はちゃんと笑えているのかしら。


「もうすぐ反乱軍がこの城に来るわ。そうして、この国は終わりを迎えるでしょう」
「はっ?!!?」
「だから、この紅茶を飲み終えたらあなたはすぐにお逃げなさい」
「!!!!」


カチャリ、カップをそっと持ち上げもう一度口に紅茶とそれから頂いたお菓子を口に含む。
あぁやっぱり、レンの紅茶は何と飲んでもとてもおいしいのね。

チラリとレンへ視線をうつせば、茫然とこちらを見つめるばかり。


「王女は…」
「私は此処に残ります。だって私は王女だもの」
「どう、して…!!!」
「この国はとうに腐りきってるわ。今必要な民自身による新しい改革よ。わかるでしょう?」
「そうじゃなくて…」
「?他に何かあるかしら」
「そうじゃ、なくてっ!!なんで、リンがっ!!!!!!!」


絶叫のような言葉に、きょとんと眼を瞬かせる。
そんなの、愚問だと思うのだけれど。
この子はやっぱり優しすぎるわね。


「もう一度言うわね、レン。それは私がこの国の王女だからよ」
「っ」


椅子から立ち上がり、窓辺へ向かう。
ここはお城の裏面に面した部屋、それでも耳を澄ませば群衆の声がきこえてくる。
それは彼らのこの国への怒りの声。
それは彼らの私への怒りの声。


それは、私が背負うべきもの。


「…それなら、僕がっ」
「?!レン、貴方は何を言うの?」
「だって!僕らは双子じゃないか。服を変えればわからない。だから、僕が」
「駄目よ」
「なっ」
「駄目よ、レン」


くるりと振り返り、レンへ視線を合わせる。
いつのまに立っていたのか、思わぬほど近くにあるレンの顔。
泣きそうな、そのくせ激怒しているような、そんな顔。

あぁ優しい子。そんな顔をさせたいんじゃないのに。
私はただ、あなたには笑っていてほしいのよ。


「レン、確かに私とあなたは双子だわ。でもね、貴方は私じゃないの」
「!」


自分から近づき、ゆっくりとレンの頬を手で包む。
あたたかい、生きている証拠。
ねぇ、それはとても尊いものなの。
そして私の守りたいもの。


「罪も役目も、私のものは私のものよ。誰も変わりなんてできない…してほしくなんかないわ」


にっこり、私の中で一番の笑顔をつくる。

私と一番近いひと、そして全くの異なるひと。
大切な大切な、私の弟。
いとしいいとしい私だけの召使さん。


これからはどうか自由に生きてね。


「今まで付き合わせて御免なさい。ありがとう、レン」
「リ…ン?」
「さようなら」
「リっ…リン!リン!リン!!!!」


あら、薬が早く効き過ぎたみたい。
どうしましょう、意識がもう持ちそうにないわ。
あなたが逃げるのを見届けたかったのだけれど、どうにも無理そうね。


「リン!リン!!嘘だ…嘘だよ…ねぇ、リン!!!」


あぁ泣かないで、泣かないで、レン。
私、あなたの笑顔がだいすきなのよ。


わらって、レン。



「リッ!そんな…そんな…ああ、あああああああああああああああああ!!!!!!!!!!」







神様がもしいるというのならば、

この国の民とそれからレンに、どうかしあわせを運んで下さい。









「駄目だなぁ…リン。君は解かっていないよ」


涙でぼろぼろの顔はそのままに、もう動かない少女をただひたすらに抱きしめる。
その少女はもう動かない。
もう息をしない、もう話さない。


もう、彼女は此処にはいない。


それだけで、どうしてこんなにも視界がかすんで見えるのだろう。
こんなにも世界は味気なく映ってしまうのだろうか。


「君のいない世界でしあわせになれるなんて、どうしてそんなこと考えられるんだい?」


そんなこと、有る筈ないじゃないか。
君がいないならば、生きる意味なんてどこに存在するんだ?


しあわせになれと君は常に一言っていたね。
ならば、僕も。君と共に。


「また会おう、リン」


どこまででもお供いたしましょう。
my princess




・・・・・


ずっと書いてみたかった!
ちなみに、反転悪のもかいてみたい。

痛々しい話ですね、ごめんなさい。
悔いはない(キリッ


2012/08/07


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