熱を出して寝込んでいる、とは、確かに聞いていたのだが。

 一応、見舞いには行ってやろうと思っていた。しかしどうせ奴のことだと軽く考えていたおれは、目の前に広がるその光景に戸惑いを隠せない。

「…………」

 今は珍しいことにトレードマークでもある奴の象徴的なボーダー柄のバンダナはなく、金糸を散らしそいつはベッドの上に横たわっていた。
 大袈裟に上下を繰り返す胸。熱を孕んだ熱い息。額に浮かんだ玉の汗はきらり、ピアスだらけのその耳を掠め、枕へと染み込まれていく。
 どうやら、意識もないようだ。


「――…バンダナ、」


 おれとそいつ、二人だけの空間。おれは物音を憚りつつも、そろり、その枕元に近づく。
 苦しそうに歪められたその柳眉を、その様を見た。ぜいぜいとした不規則な呼吸は、聞いているだけで思わずこちらも眉を潜めてしまう。
 おれは静かにその額に張り付いた前髪を指先で払ってやった。

「……、」


 そしてふと、思い付いたこと。

 しかしそれはおそらく、多大なる羞恥の想いを付属させるのは必須。
 おれは悩む。しかしここでおれを見つめる視線が一つもない今、―――し、たい。

 おれは軽く目を瞑って息を整えた後、きっと眼前のその――頬を上気させている所為か、妙に色っぽく見える――顔と真正面から向き合う。


 別に、そういう意味はない。
 これはそう、どこかの娼婦が言っていたまじないの一種。

 自分がこれからするであろう行為に尤もらしい理由付けをするべく散々理屈を捏ねくり回した後、おれは遂に目の前の震える睫毛に視線を落とした。

 自身の長い前髪をそっと持ち上げ、バンダナのその顔に負けないくらいに熱い己の顔を…――近づける。



 …ちゅ、



 触れた額の感触は滑らかで、幼い頃と何ら変わらない。

 そんなことを暢気に考えた後ではっと我に返ったおれは、瞬間的に踵を返す。気恥ずかしさで一気に居たたまれなくなったのだ。
 おれは発熱したかぶりを何度か勢いよく振ると、今から粥でも用意してやるんだ、とまた理由をひねくり出し、足早にその部屋を後にした。







「――…何あれ」


 可愛すぎでしょ…、と。

 熱い吐息と共にどこか参った様子で囁かれたその言葉は、ついぞおれの耳に届くことはない。



120209 ひっそりこっそりお見舞いSS…。
 
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