どうして俺は日頃あんなにもいけ好かないと思っているノミ蟲なんぞに今、ただただ殴られ続けているのか。

 鈍い音がまた一つ、また一つ。俺の鼓膜を揺らして弾ける。ちかりと瞳の奥で真白な星が瞬いた。

 甚だ疑問だ。自分で自分が馬鹿馬鹿しい。だけど人一倍頑丈な俺の体を――体の一部である顔面目掛けてその手が鬱血しようと赤が滲み出そうと骨が不吉な音を立てようと殴り続ける臨也は、俺を遥かに凌駕する大馬鹿野郎に違いない。

 ふと、何故俺を殴り続けるのか、と。俺はその意味を目の前の男に問いかけた。

 気がついたら口が動いていた、という感じだ。返事が返ってくることは特に、期待していなかった。
 しかし予想に反してぴたりとつかの間止んだ暴力の雨の隙間から、小さく掠れた言葉が俺の頭に降ってくる。

「どうして…だろう、ね」

 臨也はふっとその口端をいびつに歪め、笑った。くしゃり、その緋色の眼がなにかひどく辛そうな様子で、その形を崩す。

「俺はシズちゃんを傷つけたいだけだよ。ただ、それだけ。傷つけて傷つけてぼろぼろになった君を見てるとさ、堪らなくゾクゾクするんだ」

 それならばどうしてお前は、お得意のナイフを使わないのか。疑問には思ったが、俺はそれ以上口を開こうとは思わなかった。
 何故ならそこで俺はああと、妙に納得してしまったからだ。


 臨也は俺を、殴る。殴る。殴る。

 いくら俺の体とはいえ、その容赦のないダメージを絶えず受け続けていれば、蓄積されたそれらはやがて明確な形を持って現れてくる。
 おそらく今の俺の顔は腫れ上がり血が滲み蒼く変色し、見るに堪えないものとなっているのだろう。そのくらいは自分でも、簡単に想像がついた。

 臨也はその手を休めることなく俺に損傷を与え続けながら、くいと嬉しそうにその唇を三日月に作り上げた。
 臨也はやはりきっとその言葉通り、ただただ俺を傷つけたいだけなのだろう。それによって、満足を覚える。


 丁度、今の俺と同じように。


 一心不乱に俺を殴り続ける臨也は、ひどく辛そうな表情をしていた。俺の頬が固く握り込まれた臨也の拳を甘受する度に、臨也の顔は歪む。
 それはそれはひどく傷ついた様子で。

 臨也の苦しげな表情を見留めた後俺は緩やかに両の瞼を下ろすと、満たされた思いでそっと唇の端を持ち上げ――…笑った。



もっともっと俺を愛して
もっと傷ついて見せて




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