トラファルガー・ローと鏡音リン
/君がために鳴る福音


はじめ、さえずる程度だった歌声は戦闘の激化につれて次第に大きく、高く、うなばらの悲鳴すべてを呑みこむように広がっていった。船のいただき、マストからたかだかと響くその歌声を、敵味方問わず死神のいざないのようだとたとえる。ひとならざる異形のおたけびだ、と。「なんて気味のわるい」そうおののくひとびとをトラファルガー・ローは肉片すら残さず始末したが、事実、"彼女"は人間ではないため、彼らの言い分はまったく違うとも言えない。ただ、トラファルガーのげきりんに触れたばかりの悲劇だ。


「リン、降りてこい」

そらを割るほどにかん高い声は、海の底をゆくほどに低い声によって、ぴたりと停止する。「マスター」幼い少女のそれに酷似するリンの声は、しかし、圧倒的にぎりぎりとした機械的な不協和音の割合が高く、彼女が人間ではないことを知らしめる。
マストから下を見下ろすリンは、トラファルガーが両手を広げたことを確認するとぴょんとそこから飛び降りた。リンを受け止めるトラファルガーは少し顔をしかめる。「おまえ、太ったんじゃないのか?」シャチに甘やかされてるからなあ、とむき出しの肩や腹のあたりをぺたぺたとさわるあるじの不躾な言動と行為に、リンはからだを震わせる。

「まっ、マスターのばか!リンはでぶじゃないもん!」
「おーおー、じゃああとで体重はからねえとな」
「そ、それは、…だめだもん…」

仲の良いきょうだいのように和気あいあいと談笑を交わすトラファルガーとリンのすがたは、場が場であれば周囲をなごませる存在になっただろうが、しんと静まり返るハートの海賊船船上、そこにあるものはトラファルガーによってあっけなく生命をもがれたむなしい死体ばかりだ。
ハートの船員らはけがの手当てをするひまもなく、戦闘が終わるやいなや敵船に乗りこみ、戦利品として宝ものやジョリーロジャーの強奪にせわしなく動きまわっている。
トラファルガー自身にけがはなかったが、いかんせん返り血がひどい。しかしリンは少しも気に留めるそぶりがなくぐるぐると甘えてのどを鳴らし、血にぬれたパーカーに頬をすり寄せる。それはあまりにも異常な光景であったが、そもそも海賊として生きる身にまともなことなどひとつもないとトラファルガーはわらう。どこかしか、おかしくなければ、みずからひとを殺すことで明日を掴む人生など送れやしない、と。
その異常にすっかりなじんだリンの、頭上で揺れる大きな白のリボンのかたちをととのえてやりながら「ありがとな」と優しく声をかける。

「おまえのうたは勝利を呼ぶ」

"死神のいざない"だなんて、あいつらはなにも分かってねえよ。言えば味方とはいえ殺されると分かっているために口にこそしないものの、船員らもリンをおそれていると察知しているトラファルガーは騒がしい敵船のほうをちらりとリボン越しに見やり、くっくっと悪どい笑みにのどを震わせる。
しょうり、とくり返すリンには微々たる知識しかなかったため、ことばの意味が分からなかった。しかし、大好きなマスターがこんなにも笑顔でいる。それは、つまり、

「…マスターのためになれてる、ってこと?」

おそるおそるたずね、首をかしげるリンに、オウとトラファルガーはうなずく。

「すごく、な」

その答えにぱああっと顔を明るくさせたリンは気に入りのリボンが汚れることもいとわず、トラファルガーにますます頬を寄せてからだじゅうを満たしていく歓喜にこころを躍らせた。「リン、マスターのためにもっとたくさん歌ってあげる!」


◆ ◆ ◆


トラファルガーの絶賛に気を良くしてうたい続けたせいでどっと疲れたのか、その夜、リンはいつもよりも早くねむってしまった。トラファルガーの肩に頭を乗せて抱かれながらすやすやと寝息を立てるすがたは幼子−−というよりも、ねこのようだ。
トラファルガーはロッキングチェアをぎいぎいと揺らしながら、ふたりきりの船長室にちょうど良く渡る小さな声で、うたを歌う。マストで日々リンが歌うためにすっかり覚えたそれは、トラファルガーの知らない国のことばだったが、かっちりと唇に合って、歌いやすい。リンに較べるとじょうずとは言えない音程と狭い音域だが、それでも子守唄のように、ねむるリンの耳を甘やかに撫でてそのうたは染みこんでいく。

「リン」

やはり少し太っていくらか肉のついた背中に、苦笑をまじえて呼吸にあわせてぽんぽんとたたきながら、トラファルガーはそうっと名前を呼んだ。
ぴくりと跳ねた肩に一瞬息をひそめるも、まだ起きるほどではなかったようでまた心地のよくくり返される寝息への安堵にひと息をついて、静かに、しずかに語りかける。

「いつか、このうたを、最後の島で歌おうな」 




××××××


こんなにも感想を書きにくいと思うのは初めてです……。
それは何も、悪い意味ではありません。素晴らし過ぎて、私などがこの場を汚してしまうのではないかと恐れ多いです。

読み終わって、素敵……と。唇からほろりと落ちた言葉がそれです。思わず、と言いますか、考えるよりも先に感じた想いがそのまま溢れた感覚でした。
柔らかいひらがなの使い方によってもたらされる独特の雰囲気に惚れ惚れといたしました。
ONE PIECE×ボカロ、中々ない種類のお話ですが、私は大好きです。

この度は素敵な相互記念作品をありがとうございました!
改めましてこれからもよろしくお願いいたします…!
 
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