ぱきぱきぱき、ぱりっ。 感じた空気の流れ。それは、ひどく新鮮なもの。おれは眩むような光に目を細め、それでも怖じ気付かず、完全に殻を割る。背中で押し開ける。 少しの間丸まっていただけだったけれど、ここはとても暖かかった。暖かくて、優しくて、絶対的に安全。何故ならそれは、母がくれた要塞だったのだから。 ぽぽ、ぽ、ぽぽ。薄い膜を隔てて聞こえていた母さんの低い声が、耳の奥でまだ木霊している気がする。 だけどきっともう、あの温もりはない。 だから――… 生まれたてのおれは、丸裸。当たり前だ。初めて突き刺さる日光に、まだまだ赤いままの肌は微かに震える。 目は、見えない。そもそもまだ開かない。 だけど分かった。自分が抜け出してきたそれよりも一回り小さな卵たちが、おれの周りを囲んでいる。少しもひび割れていないそれらに、孵化の兆しはまだ見えない。 それは、運命。血の繋がらないそいつらの眠る小さなシェルターは、あと一日程はその形を保ち続ける。おれの方が先に生まれてくる、それが必然になるよう、全ては計られていたことなのだ。 ゆるり、おれはまだ扱い方の分からない身体を何とか持ち上げ、鈍く動き出す。 それが何を意味するかなんて、理解していない。だって、これは本能だから。 ずりずりずり、引き摺った身体は軈て何かに突き当たり、それが微温を保った何か玉のようなものだと認識する。それだけのことに甚く達成感を覚えたおれは、にんまりと口端を上げて、それからぐいと再び動いてみた。 背中に当たったそれを、巣から――落とす。 …くしゃっ、 どこか遠くで聞こえたそれは、海岸で薄い貝殻を踏み付け砕き壊したときの音に似ていた。 それは、小さな命がその産声を上げる前に散っていった儚い音。 外界の危険を全て遮ってくれる母からの愛の証も、存外脆いものだ。 のろのろと覚束ない足取りで、同じ動作をを繰り返すこと七回。おれは、巣の中にあった全ての卵を押し出し落とし去った。 為すことを終えたおれは、ふと、徐に考えてみる。 …おれは、母さんに見放されたのだろうか? そのときばさばさっ、聞こえてきたのは羽の音。 "かあさん"が帰ってきたのだ。 たくさんのエサを持ってきてくれた"かあさん"は、小さい。 巣の中の変化に少しも気がつかないらしい彼女は、ひどく愚かで優しかった。 おれの本当の母さんはもっと大やかな身体をしていて、小狡いが聡明。そのはず。 そしておれは、ああと気がつく。 そうか、なんだ。そういうことだったのか。 ちいちびびー。甘やかな高音に誘われて、おれは、その身に擦り寄る。腹が減っていたからがっついて、おれはつぶらな瞳をした彼女から七羽分のエサを一人占めにする。 そのことに気づかず熱心にエサをくれる"かあさん"に、おれは母さんからの深い愛情を感じた。 そう、おれの母さんは、おれを育児を放棄したのではない。 おれがより多く愛されるようにと、おれの幸せを願ってこうしてくれたのだ。 思い込めばほら、もう辛くなんてない。 七つ分の愛情を一身に受けつつ、おれは空虚に微笑む。 おれの母さんは今、どこにいるのかって? そんなの、どうでも良いよ。 もう、誰でも、良いんだよ。 はくり、開いた唇はか細く、内に火傷しそうな程の熱を秘めた言葉を紡ぐ。 ―――ねえ、おれだけを愛して。 懇願の囁きを囀ずったその音は、どこかで聞いた低い鳴き声と似ていた。 120515
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