「あ」

 自室から外へ、少し歩いたところで通路の向こうに見えてきたもの。それは、薄色の帽子から溢れる濃い色のうねり髪だった。

――珍しい、出てきてたのか。

 瞠目したおれは更に、その痩躯の前にするり長身なバンダナの姿を見つける。
 二人は何やら会話を交わしていたようだったが、そのときふっとワカメに相対するたれ目が、空を見つめる。
 何かを思い付いたようだった。

 くっとその口元の笑みを深めたバンダナは軽く腰を折って身を屈め、夜色の髪に隠れる耳朶を探り当てると、直接そこに何かを囁き込む。
 途端、その場に崩れ落ちたワカメ。

――うわぁ…。

 飾り毛付きの帽子で隔たれていても尚、その癖毛の頭からは立ち上る湯気が目に見えるようで。

――あいつ、どんだけバンダナが好きなんだよ。

 ワカメは何とやっかいな奴相手に心を奪われてしまったのだろうか。衷心から同情する。
 その光景に呆れたおれは特に気配を消すこともないまま、じっと静観の姿勢を保ち続けていた。

 やがて、ワカメは色々と堪えきれなくなったのだろう。砕けた腰でじりり、バンダナから遠ざかる。
 ちらり僅かにおれの視界に映り込んできたその顔は、薄桃を通り過ぎて最早真っ赤。己のキャパシティを越えるような言葉を吹き込まれたらしいワカメは、いっぱいいっぱいの様子でよろり、それでも何とか立ち上がる。すると俄然、勢いよくぴゅうとどこかへ逃げ出してしまった。その姿は正に、脱兎と言うのが相応しい。

 残されたバンダナはくすくす、小さく肩を揺らしている。それからふっとその息を整え終えたのか、ゆるり、十分な長さのコンパスが徐に踏み出される。
 こちら側に背を向けていたワカメは、おれの存在に気づいていなかったようだ。しかし、歩み寄ってきたバンダナはおれの顔を見ても、その表情を変えることはなかった。
 きっとこいつは初めから、おれの存在に気がついていた。

「ほんと、あいつはからかうのに最適なんだよな〜」

 あいつというのは言わずともがな。海藻の名を持つ、社会不適応者。

「…悪趣味」

 向かい合った上で声を掛けられてしまえば、流石に返事をしない訳にもいかない。おれは小さく唇を開き、吐き捨てるようにして素直な感想を告げた。

「そお?」

 逸楽に耽るのを好む節があるそいつの顔には、笑み。先程から緩く半円を形作ったままの唇におれはすうと眉を潜め、怪しむような心持ちで低く問いを紡いだ。

「お前…実際のところ、ワカメのことはどう思ってんだよ?」

「えー?」

 はぐらかすような一音。しかし、おれは食い下がりそこに包含される何かを読み取らんと、真面からその目を覗き込んでみる。

「案外、満更でもねェんじゃねェのか? 何だかんだで、しょっちゅう構ってやってんじゃん」

 好き好きと暁然に態度で示すワカメの想いに、見識高いこの男が気づいていない訳がない。その上で中々部屋から姿を現さないワカメの隙を狙っては態々絡みに行く、その理由は。

「面白いからね」

 しかし、バンダナの表情は変わらず泰然としていて、そこからは少しの動揺も窺えなかった。
 予想していたとはいえ、実につまらない。

「だってさ、もしおれがあいつの期待に応えたとしてもどうするの? 益々本気にでもなられたら、実際面倒なんだよね」

 狂愛並になりそう、なんて、冗談には聞こえない所見を軽く溢した口際は笑う。"面倒"などといった言葉は凄く酷薄なようだが、しかしバンダナの様子は至って愉しげ。
 ワカメとてまたおれたちと同じ、歴としたこの船のクルー。そんな奴の悪口を言われれば流石におれだって良い気はしないものの、こいつは本気でそう思っている訳でないのが分かる為にまだ許せる。

「満更じゃないのは寧ろ、向こうの方だよ」

「…………」

 にやり、笑みを湛えた唇から、溢れるは緩く乾いた声。おれは噤口した。

「おれも楽しいしワカメも嬉しい。ほら、なんにも問題ないだろ?」

 遊び慣れた奴独特の雰囲気を纏うその表情は莞然とした笑みを湛えているのにも関わらず、酷く冷めたものだった。
 確りとこちらを向いているその瞳はしかし、おれの目のもっと奥、眼窩の影をじっとみているような遠さを感じさせた。





 船の上でできることと言えば、やはりどうしても限られてしまう。することもなく、よって生じた退屈。
 それを凌ぐ為にと取り敢えず甲板を目指す、そう考えていたおれと同じように、真っ直ぐ、目の前を進んでいくのは広い背中。揺れる短髪の金。
 同一の方向に向かって共に歩いていくのはかなり不本意だったが、行き先が同じならば仕方がない。今思えば、先の光景もまたバンダナの暇潰しだったのだろう。
 会話のないままに少し進めば、直に辿り着いた巨大な扉。重厚なそれを押し開けたバンダナに続き、おれもそこを潜り抜け――…


「げ」

「ッぶ」

 …おれは、鼻の頭で強かに衝突した。
 扉にではない。それは、目の前で立ち止まった背中。にやつくジョリーロジャー。

 何急に止まってんだよ馬鹿。そう口を開きかけたおれはしかし、再びそこを閉ざす。見えた景色の中で見留めたそれに、そう言えばと昨夜船長が予告していた言葉を思い出したのだ。


『明日、ユースタス屋が来る。攻撃すんじゃねェぞ』


「――なんだ、もう来てたのか…」

 隣接するようにして並んだその帆船を、おれは前に佇むバンダナと同じようにしてぼんやり見上げる。
 船長の気紛れによって行われる、ユースタスとの逢瀬。今回はこちらの船に相手が来るパターンらしい。
 仮にも相手は敵船。更にはあちらもこちらも大層な額の賞金を懸けられている海賊だ。海軍への注意も怠れない。船長の指先一つでこき使われる一クルーとしての本音を溢すならば、この忍び逢いは毎度かなりの迷惑だった。

 そのときちらり、こちらと同じようにしてかなりの数のクルーたちが犇めいているあちら側の甲板の上に、また新たに船内から現れた一つの影。
 ゆっくりとした足取りで向こうの欄干へと近づいてくるそいつは、空と雲との色の縦縞マスク。そして、そこから目映く溢れる金の頭髪が特徴的だった。
 船の端にひょいと足を掛けたそいつは、風発して蹴り跳ぶ。


 ひらり、

 軽い身の熟しでこちらの足場にすたり降り立った男――殺戮武人は、どうやらバンダナの方に用事があるらしかった。迷いなくこちらに向かってくるその首は、おれの顔よりも高いところを見てる。
 邪魔になるかと考えたおれは、前方の白ツナギから僅かに己の身を遠ざけつつ、眼前のそれとはまた違う、風に棚引く殺戮武人のその長い金の両鬢に何となく視線を奪われていた。

 殺戮武人がこちらの船に乗り込んで来るのは、最早珍しいことではなかった。いずれ向こうの船上に姿を現すであろう赤を期待して待つクルーたちは、特にこちらへなど注意を払っていない。


「久し振りだな」

 凛と響いた声はバンダナの目前で発せられ、それは流石に無視できない近さ。

「…よお」

 苦虫を噛み潰したといった感じでそう返したバンダナは、しかし途端にくるり、その身の向きを変え、早足なテンポですたすたと歩き去ろうとする。
 それはバンダナにしてはひどく珍しく、抒情的な行動で。

「何故逃げる」

 がしり、刹那バンダナの首を回ってその動きを止めたのものは、殺戮武人の左腕。それによってぐいと唐突に背後から引き寄せられたバンダナは、けれどもやはり湛然としていた。
 じゃれるような雰囲気で相手の肩越しにその頬を寄せ、軽く動きを封じたバンダナに迫る顔の見えないそいつはしかしじわり、目に見えない圧を発しているように思えて。

「おれ、今そーゆー気分じゃないんだよね」

「…つれないな」

「離せよ、クルーの前だ」

 それは、冷淡な声質。バンダナには取り付く島もない。しかし。


――って、クルーがいなけりゃ良いのかよ。

 裏を返せばつまり、そういうことなのだろうか。おれは思わず、心の中でツッコむ。

 鬱陶しそうな素振りで顔をしかめたバンダナは所謂渋面で、しかしこれが莞爾とした笑顔で応じるときもあるのだから、果てしなく自己中だ。
 そんな性質をも心得た様子で殺戮武人は小刻みにくつくつと肩を揺らし、それによって二種類の金糸は共鳴し震える。

 そこでおれははたと、我に返った。自分は一体何故いちゃつく男たちを眺めていなくてはならないのだろうか。
 結局本来の目的であった暇潰しは達成できなかったものの、ここは大人しく部屋に戻るのが無難。おれはそう考えた。


 そのとき、


「――…、へ?」

 ふわり、過ったものは、向かう風に靡く柔らかそうな白。

 それは確たる足取りですたすた、おれの目の前を通り過ぎていった飾り毛だった。その意味が分からず、おれは一拍反応が遅れた。
 その人物、その想いのベクトル、そしてそいつが向かう先を結び付けて次の展開を漸くと予測できたときには既に、その薄弱な身躯が立ち止まった後で。

 ばちり、拮抗した二つの視線が真っ向からぶつかり、火花を散らした。そんな風に見えたのは果たして、おれの気のせいなのだろうか。
 バンダナを挟んで殺戮武人とワカメが二人、真っ正直から睨み合う。

 いつもの気弱なあいつは何処へやら。殺戮武人とバンダナとが向かい合う、ワカメのその瞳は強硬。
 バンダナの背後にも恐らくは、それと同じ眼がある。しかし、後ろから殺戮武人に抱き寄せられている奴には振り返りでもしない限り、それを確認できるはずもなく。いや、もっと言うなら瞳どころか相手のその頭部は全て覆われている為、首を回して背後を窺い見たところで全くの無意味なのだが。
 黄色の瞳が放つ鋭利なその光。それは、二人の間に立ち文字通り退っ引きならぬ状態のバンダナが、僅かにたじろいだ程だった。

「あんた…何、してんの?」

 低く、態とに細かく区切られたその言葉が、ワカメの底無しの怒気を窺わせる。

――これは、マジでキレてんな…。

 珍しくどもっていない声が、たらりとおれの背筋に冷や汗を流させる。
 今から戦闘なんてことはごめんだ。そんなことをしてしまえば、娯楽を邪魔された船長がまさか黙っているとも思えない。
 態々薄氷を踏みにいく理由はどこにもないのだ。

 しかし、そんなおれの思考は取り越し苦労。睨み合いは直ぐに止んだ。
 どうやら、殺戮武人の方は眼付けられたが為の咄嗟の反応だったらしい。ふっとその身から殺気を消えたかと思えば、くい、酷く痛んだ金髪が徐に傾ぐ。

「……誰だ。こんなクルー、前からいたか?」

 その声からは揶揄するような響きは少しも見受けられず、純粋に疑問を口にしただけの模様。

「あー…普段は引き籠ってる」

「ほう」

 バンダナの返答に短く相槌を打って一つ点頭した殺戮武人は、それから少し首を捻り、下方にあるワカメの顔を繁々と見た。
 当然その腕はバンダナの体を掴まえたままなのだから、闇色の波打つ髪の隙間ではぴくり、憤りを体現した蟀谷は小さく揺れる。

「――名は?」

「ワカメ」

 ぎょろり、ワカメの睨め付ける眼光は鋭く、その様はどこか蛇を連想させた。

「ワカメ…」

 殺戮武人はするり腕を解き、己の身を漸くとバンダナの体から離した。それから勿体振るような鈍さでワカメに近づいたそのマスクは、流れるような動きで向かい合う顔を覗き込む。
 対するワカメは1億6200万ベリーの賞金首を相手に臆することなく、真っ向から睨み返した。

「お前は、こいつのことが好きなのか」

「だったら?」

 話の渦中にある筈のバンダナは唇を閉ざし、興味を含めた瞳で成り行きを随に見守るのみ。
 それを知ってか知らずか、殺戮武人はどこ吹く風で飄々乎。上から下まで対面する相手を眺め、一言、ふうと通る声で紡ぐ。

「細いな」

「!」

 それは、ワカメの体を見ての感想、なのだろう。その視線は見えないものの、穴の向く方向で分かる。
 対する骨張った肩はぴくんと跳ね、ワカメ自身もそれを凄く気にしていることが窺えた。
 純然たる妬心の中にじわり、劣等コンプレックスを滲ませ、その目角は自然つり上がる。

「――こいつはネコだぞ」

「…へ?」

 しかし続いて殺戮武人の唇から発せられた言葉は、あまりに突拍子のないものだった。
 ぱちくり、どす黒い厭悪の色を霧散させ、戸惑いを示して瞬いたワカメの瞳、それにも頷ける。
 端から聞いていたおれでさえ思わずあんぐりと唇を開き、その意味を咄嗟には理解できなかった。

「、なっ…」

 遅れてバンダナが一つ、自身の声を引きつらせる。しかしその見開いた瞳をキッと窄め、殺戮武人を睨み付けたときにはもう遅い。詮ないことだった。

「それも、ただの大人しい子猫じゃあない。歯を剥き出すは爪を立てるは、かなりのじゃじゃだ」

 滔々と弁じ重ねられた言葉。それを聞いてればやがて、浮き彫りにされてゆくその意味。
 呼吸の仕方さえ忘れてしまったのか、ぱくぱく、絶句した唇をそれでも開閉させ続けているワカメのその顔は、今日の太陽よりもずっとずっと赤かった。

「お前に、こいつを満足させることができるのか?」

「っま…満足?」


「――…あんたさ、」


 そのときがしり、好き勝手に話を展開させる殺戮武人が気に食わなくなったのだろう、その肩を粗野に掴まえたのは当然、バンダナ。
 目顔が変わった。びりり、そこから放たれる危うい雰囲気が、鋭く肌を刺す。

「適当なこと言わないでくんない?」

 その唇に薄く浮かぶ笑みは、肉食獣のような獰猛さ。口調は軽いものの、その声は低く唸るようなものだった。
 だが、殺戮武人はそれを意に返さない。バンダナの手のひらなどないような素振りでくっと身を屈ませ、正対する帽子、その深い色の鍔に隠れた瞳を、肉薄するようにして覗き込んだ。

「顔、真っ赤だな」

「うっ…」

 ありのままを指摘されたワカメは、くっとその顎を押され気味に引く。

「やはり、お前には無理か…」

 侮るような調子でそう結んだ殺戮武人を前に、ワカメの反応は頗る素直であどけないものだった。

「っ、できるもん!」

 言葉を締め括ってくつり、音を立てて笑ったマスクに触発されたのか、その面を見上げ噛み付くようにしてそう叫んだワカメ。
 売り言葉に買い言葉。これはもう収拾が付かない。
 普段は聡明なワカメもそれがバンダナ絡みのこととなれば、途端に容易い奴だった。

「ワカメ!!」

 安い挑発などに乗るなといった調子で、その名を諫めるようにして張り上げたバンダナ。
 それにぴくり、ワカメが体を震わせ、しゅんと落ち込んだように肩を落としたのはしかし一瞬。

「ククッ、」

 おそらく殺戮武人は見えない縞の中で、しかし確かに笑ったのだろう。それが分かるような声を隔ての向こう側から漏らし、それから徐に己の手のひらを持ち上げて見せる。
 その昂然とした指先が上気するワカメのを頬を摘むまで、それから数秒とかからなかった。

 そして、普段は引き籠りに相応しいだけ血色悪く、ほの白いはずのワカメの頬。
 それが、唐突に伸びる。――引っ張られる。


「!? ――にゃ、にゃにすんだよ…!」

 キッと殺戮武人を見上げたワカメは、どうやら本気で威嚇しているつもりらしい。だがしかし、先の名残である染まりきった両の頬は、全く以て誤魔化しきれていない。

「いや、どうしたらそんなにも色づくものかと思ってな」

 締まらない抗議の声は軽くいなし、からかいを紡ぐ相手は優勢。
 獰猛な生物を連想させていたワカメのその瞳は見る影をなくし、今ではただの上目遣いだ。抓られる痛みの所為か、若干潤んでまでいる。

「はにゃせっ!」

 振り払うようにしてワカメの手の甲が自身の頬の横切ったときにはもう、殺戮武人の手のひらはそこになかった。離れたそれはひらひらと宙を揺らぎ、対面する朱顔を挑発的にわらう。

「全く、負ける気がしないな」

 何に、とは言わない、そんな殺戮武人の緩やかで余裕に満ちた言葉。それにむっとあからさまな顰めっ面を示したワカメは、応えて強く言い放つ。

「その台詞、そっくりそのまま返してやるよ」

 全く、いつもはおどおどわたわたとしている癖に、その自信は一体どこから来ているのだろうか。
 そこにあるのは敵対する勢力の一員同士が睨み合いを繰り広げ、バチバチと空気を爆ぜさせる光景。端から見れば、そう見えなくもないのだろう。
 だが、よく観察をしてみれば話は別。殺戮武人の方はからかい半分で楽しんでいるのが一目瞭然だった。


 そのとき、おれはふっと視線を巡らせる。

 そして、直ぐに気がついた。視界の端で捉えたもの。それは黙然としてくしゃり、目見の辺りを大きく歪めたバンダナの姿で。
 その上口唇は小さく尖らされている。きっと、気に入らないのだろう。
 ワカメと殺戮武人、じっと二人の様子を見つめるその横顔はどこか、オモチャを取られた子どものようにも見えた。

 おれがそんなことを静かに観想していた、そのとき。

 ふっとバンダナの体が――動き出す。


「!」

「えっ」

 その身が割り込んだ隙間の両側、そこに立つ二人の反応は同種だった。
 しかし、驚きを表し見開かれたワカメの瞳の下ではじわり、その触れ合う面積の広さを認識したのか、落ち着きかけていた赤がその濃度を取り戻していって。

「悪いけどあんた、今日は帰って」

 ワカメの肩にぐるり腕を回したバンダナは、その身を支えに軽く己の頭部の高さを下げ、じろり、目の前のマスクを睨め上げる。
 一瞬にして掻き抱いた痩躯を包むバンダナの体はまるで、ワカメを庇蔭するかのように見えて。


「――行くよ」

「わっ……ちょ、え? え?!」

 掴んだ肩をバンダナは無理矢理に引き寄せ、踵を返して歩き出した。

 眩むような陽射しも相俟ってか、燦然と輝く金二つ。つい数分前までは零距離だったそれらは、あまりに呆気なく乖離する。

 その片割れの金――殺戮武人は、意図を読みとれない不思議な雰囲気を纏い、ただただそこに突っ立っているだけだった。
 それを流し目で確認したおれは、緩やかな速度でバンダナたちの後を追う。

 ややあってボリュームのある金の髪が可笑しくて仕方がないといった様子で肩を揺らしていたことなど、おれが知るはずもなかった。





 …ばたん、

 背後で扉が閉まった。クルーたちが屯する――今はキッド海賊団の船に面した甲板からは、完全に遮断された船の内。
 そこでぴたり、バンダナは、不意にその足を止めた。


「…? バンダ」

「―――あ〜あ」

 困惑を織り混ぜその名を呼びかけたワカメの言葉、それを遮り、態とらしく大きく発せられた平坦な声。
 途端、バンダナはぱっとワカメの体を拘束していた手を離し、もう用はないといった態度ですたすたとその場から遠ざかっていった。

「あ…」

 ワカメの唇から溢れたものは、寂しげに掠れた小さな一文字。

「…おい、バンダナ」

 思わずおれも口を開きかけたところでふと、腰から上の部分でだけでこちらを振り返ったその顔。

「――無駄な時間を使っちゃったよ」

 薄ら笑いを浮かべるバンダナのその表情はしかし、少しも楽しそうではなかった。






「――さっきから何着いてきてんの? ストーカー?」

 あの後、哀痛な表情で佇むワカメを置き去りに、バンダナは船内を抜けて船尾の方まで歩いていってしまった。
 それに倣い再び青空の下まで共に続いたおれをちらり、眇めた横目でバンダナは見やる。いつもよりも若干口が悪いその様子からは、大分苛立っていることが窺えた。
 "失せろ"という意味を暗に含んだその問い掛けには応えず、黙ってそちらに近づいたおれを認識した途端、バンダナの顔は分かりやすく歪んだ。

「…何か、用?」

「別にー?」

 態とにあっけらかんと声を上げたおれに、鼻から抜けるような嘆息を溢したバンダナ。
 するとそいつは唐突にずるりずる、欄干に背を預け、その場で床板に尻を着けない形でしゃがみ込んでしまった。更にはしゅる、その流れで引き下ろされたストライプの布地に、その表情は完全に見えなくなる。


「ったく……何なんだよ。シャチもワカメも、あいつも…」

 それはまさしく正しく、面白くない。そういった口調で。

 予想通りの声色が聞けたおれはにやり、高く口端をつり上げる。それから得意を存分に滲ませ、今は小さく見えるその体にふっと言葉を注いでやった。

「バンダナ、知らねェのかよ」

「何が」

 ゆらり、揺らいだ金の隙間から見えた微妙な色の瞳。睥睨してくるそれをおれは視線で真っ直ぐに抜き返し、淀みなく告げた。


「そーゆーのも全部、独占欲ってんだぜ?」


 ぱちり、静かに瞬いた瞳。それは、存外冷静だった。

 しかし、それはどこか内で押し殺しているようにも見えて。…――面妖な表情。


「……るさい」

 もぞり、抑揚に欠けた無感動な声は、立てられた二つの膝の間に埋ってしまった。


 ふうと、頭上を仰ぐ。

 視界いっぱいに広がったそれに、おれはふむと充足を覚える。
 高く太陽の昇った空は、清々しい程に晴天だった。

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