ぺりっと細い指先で裂かれた包み。ぱくっと大きな動きでそれを放り込んだ後に、もごもごと轟く口元は直ぐにふにゃり緩められて。その表情は確かにそれだけで、美味いということを如実に表している。何とも愛らしい光景だ。

「きらきらのは入ってなかったけど……美味しい!」

「そうか」

 案の定その顔の通りの発言をしたサイケは、暫く黙ってせっせとその唇を小さく動かす。そしてややあってくるり、俺にその体全体で向き直ってきて。

「ねえねえ津軽っ、」

 ぺろり、俺に向かってその真っ赤な舌を突き出してきたサイケは、無邪気な声で訊ねる。

「これ、何色?」

 どうやらその飴は口に含んでいる内に色が変わるらしく、その変化によって今日の運勢を占うことができるらしい。

「紫だ」

「ええーっ、まだ?」

 むう、と軽くその唇をへの字に引き結んだサイケはしかし、再び健気に口を動かし始める。
 俺はするりと首を傾け、そんなサイケにゆるり声をかけた。

「…そんなもの、ただの気休めだろう? 諦めて噛み砕いたらどうだ」

「何言ってるの津軽! そんなの、このキャンディを買った意味がないでしょう」

「…そうか?」

「そう!」

 むんとその両手で拳を握り力説するサイケに、やはり俺は首を捻る。

「それにねえ、これ、美味しいんだから!」

 そんなことはお前の顔を見ていれば分かる、とは言わずに、俺は曖昧に頷く。サイケにとって確かに、それはかなりの美味なのかもしれない。しかし俺にはどうも、安っぽい味がする印象しか感じ取れなかった。

「津軽…信じてないでしょ」

「…………」

 こう見えて存外、鋭いサイケ。図星を指された俺は、黙って口をつぐむ。サイケは心外といった様子で眉を潜めていたものの、唐突にその表情を輝かせる。まるで、良いことでも思い付いたというように。

「そうだ津軽、一回でいいから味見してみて!」

「いや、俺はいい」

 嬉々としてサイケが口にしたそれを、しかし俺はばっさりと一も二もなく切り捨てる。ぷくうっ、と。サイケの頬がまるで、風船のように膨らんだ。

「もうっ…。津軽はいっつもふがしとか、そーゆーおじいちゃんみたいなものばっかり食べてるんだから、たまにはこーゆーものも食べないと直ぐにハゲちゃうよ?」

「は、禿げ……?!」

 お爺ちゃん、という言葉にも少なからずショックを受けた俺の体は、よろりよろめく。

「仕方ないなあ…」

 そんな俺の様子にサイケは呆れたようにそう呟いて、ずいと俺との距離を詰めた。

「じゃあほら。――…ん!」

「!」

 そう言って顎を突き出すサイケのその唇は、柔らかな弧を描いていて。

「まずは俺が途中まで食べたこれで良いからさ。…食べてみて?」

 無邪気な仕草で、こてり傾げられた首。
 先刻から舌を突き出してみたりあどけない風に愛らしいく振る舞ってみたり。挑発されているのか、と。俺は思わず歯噛みをして、ごくりと小さく喉を鳴らす。
 躊躇いは、一瞬。俺は堪らずまるで吸い寄せられるようにして、小さく可憐な花びらのようなそこに口づけた。

「んむっ…」

 するりと素早くその中に舌を突き入れたのは、俺の方。
 舌を絡め合い、小さな砂糖の欠片を互いに溶かし合い、俺たちは甘ったるい唾液の交換に夢中になる。

「ん…ッ」

 しかしサイケの柔らかなそれを吸っていたはずの俺の舌は、いつの間にか反対にサイケの奔放なそれに蹂躙されていて。俺はきゅうと弱々しく、その白のファーコートの肩口辺りにしがみつく。

 どのくらいの間俺たちは、互いを貪り合っていたのだろうか。

 ぷは、とやけに幼い仕草でサイケがその唇を離したときには、俺の息ははあはあとまるで全力疾走した後のように乱れていて。そこからつうと伸びた細い糸は、ひどくに淫靡で扇情的だ。しかしやがてその銀糸を伝いどちらのとも判断のつかない唾液が流れ、ぷつとそれは途切れる。
 俺とは対照的に息一つ乱していないサイケがふと、その唇を開いた。

「――…ね、津軽」

 俺の持ち上げた視線の先でにやと妖しく、ビビッドなピンクが悪戯な様子で笑う。その笑顔はつい先ほどまで何度も見せてきた純真無垢な表情とは、180度違うもので。

「俺、よくじょーしちゃった」

 にっこりと笑う天使の笑顔に、俺は噛みつくようにして再度唇を奪われた。



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