その身体を突き挿す役目は、間違いなく俺。しかし所有の意味を示す紅い花が咲くのはいつも、俺の首筋だった。

「――…った…」

 そっとその痕をなぞれば、ぴりと走った鋭い痛み。俺は僅かに顔をしかめる。しかし、ふと感じた体温。己の直ぐ隣に横たわり今はすうすうと穏やかな寝息を溢しているその愛しい姿を見下ろすと、俺はゆっくりとその金の髪を撫でる。さっきまで喉を枯らしても喘いでいたとは思えないくらい、シズちゃんの表情はその名の通り平和だ。
 行為の最中に付けられるそれは、ただでさえ力の加減が利かない――池袋最強と謳われる程の力を持つ――シズちゃんが快楽に理性を失った状態で付けた、容赦のない吸引の跡。その色は濃く深く、丁度シズちゃんの唇の形。酷いという形容詞が相応しいほど真っ赤に色づいたそこは、暫くの間は消えそうにない。
 この赤の印は、実際嬉しい。シズちゃんの愛の証だと思えば、俺は口の端が笑みに持ち上がることを抑えることなどできなかった。ただ、俺の性格上やられっぱなしは性に合わない。

 だから。

 俺は最早日課となっているそれを実行に移すため、ぎしりとキングサイズのベッドを軋ませシズちゃんの上へと徐に跨がる。

「う…」

 眠る恋人への配慮などなしに俺が鋼のようなその腹筋の上に腰を下ろすが、シズちゃんは微かに呻いただけ。目は覚まさない。いつもそうだ。情事の為意識を跳ばしたシズちゃんの眠りは、ひどく深い。しかし遠慮することなく掛けられる俺の体重には流石に息苦しさを感じるのか、きゅうと眉間には僅かに皺が寄せられている。そんな表情もしかし、俺には愛おしい。
 惜しげもなく晒されたその滑らかな肌を俺は右の手のひらで軽く一撫でした後、ゆったりと静かに己の上体を傾ける。ぺろりとその鎖骨辺りにそっと舌を這わせた俺は、はくりと大きく口を開くと――…


 ガリッ…、


 容赦なくその肌に、自分の歯牙を突き立てた。

 がりっ、がりっ、がりっ…

 何度も何度も何度も、顎がだるくなるくらいまで繰り返すその単純な行為。常人ならばまず、悲鳴を上げる。しかし、そこは池袋最強。シズちゃんは殆ど痛がる素振りも見せず、未だに深く夢の世界を泳ぐ。
 情事の最中では流石に骨が折れるであろう程に目一杯、骨まで噛み砕くつもりで思いきり歯を突き立てる。それくらいで漸くとシズちゃんのその肌には、うっすらと赤い痕が残る。一体どんな体をしているのかと、流石の俺でも少し呆れてしまう程のシズちゃんには、これくらいが丁度良いのだ。

 がり…っ、がりっ、がり……

 全く同じところにその動作を根気よく繰り返せば、じわりと内で滲み出す赤。シズちゃんの体内を流れる血液の色。それを目にした俺の背中をぞくりと走るこれは――…快感。いつもは想像の斜め上を行くシズちゃんもしかしこのときだけは、俺の下で思い通りになる。そのことがひどく俺を興奮させるのだ。


 その妙な儀式染みた行為を初めて、十分以上は経過しただろうか。
 単調なその行為に没頭していた俺は名残惜しいながらも、ゆっくりときつく突き立てた自分の歯を浮かせそっと顔を持ち上げる。歪な楕円を形作ったそこは、俺の唾液でてらてらと僅かに光を反射していて。

「……ふうっ」

 俺は小さく一息をつくと改めて自分の真下に横たわるその体を見下ろし、そして笑う。
 自分が作り上げた作品にふわと、満足の笑みを溢すようにして。


 首筋だけとは言わず肩口胸腹臍の下に至るまでに刻まれた、俺の"想い"。
 繰り返し重ね深め連ねたその赤い痕は、まるでその身をきつく絡め捕らえる鎖のようだった。



鎖 111125

 
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