鐘の音が響く






何故かなんて知らねぇ。

ただ気になっちまったもんはどうしようもねぇだろう。







変な奴だと思っていた。

自分勝手な勝負の為に他人を巻き込むし、かと思えば俺を助ける様な行動を取る。

その理由はお互い殴る相手がいなくなるからだと言いやがった。

まぁ、結局それは果たされず仕舞いだが。

しかも翌日、その時負った怪我の理由を担任に聞かれ、階段から落ちた、と説明していた。

頭良いんだか悪いんだか分かりゃしねぇ。

そんな彼奴を知ったのは勝負を仕掛けられたつい最近で、あっちに声を掛けられてからだった。

元から人の名前を覚えるのは苦手だし、今だってクラスの三分の一は名前と顔が一致しないままだ。

折角何となく繋がりが出来たのだし、いつも一人で過ごしている彼奴を昼飯に誘ったら、始めは文句まで言っていた。

しかし、最近は馴染み出したらしく、チャドや水色と話す姿を見せる様になった。





そんな石田が突然倒れた。

その日最後の授業‐次の日は休日なので週で一番最後の授業となる‐は体育。

陸上の授業用にハードル等が置かれている校庭の外側をぐだぐだと適当にアップで回っている時の事だ。

全く何の前触れも無く、綺麗に地面に倒れ込んだらしい。

実際に見たのは俺では無くケイゴだった。

余りにも大きな声で叫んだので、教師が走って来る。

俺は体育教師が辿り着くよりも先に石田を抱えて保健室へ向かっていた。

石田は結局教室に帰って来る事無く、放課後を迎えた。





放課後保健室に様子を見に行った時、親御さんに連絡が取れない、と困った様に言った保健教諭を見て、水色が俺に耳打ちした。

「一護の家に一旦連れて行けば?」

と。

冗談じゃねぇよ、と言い掛けて寝ている石田に気付いて止める。

「病院行かせたいんだけど、目を覚まさないし…」

保健教諭の言葉に水色は更に目配せをしてくる。

「先生、黒崎ん家医院なんで連れて行きますよ」

おいおいおい。

この言葉は水色のものでも、勿論俺のものでも無い。

「何勝手な事言ってんだよ」

唐突すぎるケイゴの言葉に、半ば反射的に声を出す。

「良いじゃねぇか、減るもんじゃ無し。それとも何だ、石田の事見捨てるのか?」

見捨てるとかそういう問題じゃねぇだろ。

「え、本当に?頼んで良いかしら」

…センセイ、今までの話聞いてましたか…?

俺の心の声は全く無視して、会議があるから、と保健教諭は出て行ってしまった。

良いのか、それで。

結局、俺は石田を担いで、チャドに荷物を頼んで家路を辿る事になった。





「家族に連絡が取れないって事は一人暮らしなのかな?」

心配だから等と言ってついてきた水色は、俺が担いでいる石田を見ながら呟く。

石田は外見に違わず、妙な位に軽かった。

「すげぇなぁ。女のコ連れ込み放題だぜ」

「馬鹿か…」

ケイゴが余りにも分かりやすい羨ましげな表情で言うので、思わず呟きが口をついて出る。

こいつがそんな事するわけねぇだろ。

冗談だとは分かっていたけれど、何かが気に食わない。

と、その時少し先の角にルキアを発見した。

…呼ばれているらしい。

ちらちらとケイゴ達には気付かれないようにこちらを見ている。

「チャド、悪い。石田任せる」

「ム」

チャドもルキアに気付いたらしくこっちを見て頷いたので、石田は任せる事にした。

「バカってなぁ…え、おい、ちょっと待てよ、一護」

「悪ぃ、忘れもん取って来るわ。先行っててくれ」

反論をしかけたケイゴの言葉に適当に返して今来た道を帰る。

「…行っちゃった…」

耳の端で小さくケイゴの声を聞いた。

ルキアと落ち合い、コンを俺の体に入れて虚と闘う。

チャドに任せたから大丈夫だとは思うが、石田が気掛かりだった。



 「お帰り、一兄」

「ただいま。石田の様子どうだ?」

家に着いて、出迎えが夏梨で良かったと小さく溜め息を吐く。

 夏梨でというよりは、親父じゃなくて良かった。

こういう時の親父の相手は面倒だ。

「今は薬飲んで寝てる」

 少しの間の後に紡がれた淡白な夏梨の言葉に再びだが先刻とは違う安堵の溜め息を吐くと、夏梨は出掛けるのか帽子を被って玄関の方へ向かった。

「親父も出掛けてるから」

留守番よろしくという事らしい。

視線で病室の方を示す。

とりあえず様子でも見に行くか、と家を出る夏梨を見送って自分の部屋に荷物を置くと、階下へ向かった。



起こさない様になるべく静かにベッドに近付くと、心配する必要は無かったらしい、熟睡している様だった。

…綺麗な顔してんだな。

肌は白いし、線も細い。

しっかり食ってんのか聞きたくなる位軽いし。

女みてぇ。

って、何考えてんだ俺。

いや、寧ろ何慌ててんだ俺。

別にただ何となく思い付いただけだし、慌てる必要なんてねぇだろ。

深い意味は無いし…って、なんか言い訳じみてるのはなんでだ。

「おい、一護」

物思いに耽ってしまう寸前に掛けられた声に思わず振り向く。

「何やってんだよ、見つかったら…あぁ、俺以外いねぇのか」

ぬいぐるみがいた。

他の奴等に見られたら困るのと、石田が寝ているの、更に今まで自分に語っていた事で小さめになってしまった言葉は、そのぬいぐるみ‐改造魂魄が入っているからコンという‐には届かなかったらしい。

「何ぶつぶつ言ってんだ?」

「何でもねぇよ」

怪訝な表情で見られて少し口調を荒くして返すと、暢気に腹減ったから何か出せとか言いやがった。

ぬいぐるみのくせに生意気な口を叩く。

っていうかぬいぐるみが腹減るのか?

「…お前なぁ。って何してんだよ、起こしたらどうすんだ」

いつの間にか、コンは石田が寝ているベッドの上にいて、石田の寝顔を見ていた。

「うるせぇよ」

悪ぃ、と言い掛けて止める。

何でこいつに謝るんだよ。

俺はコンの鬣らしき所を持ってリビングへと移動した。

「調子乗りすぎだよな、お前」

一度椅子の上に置きかけて、家族の誰かが帰って来たら困ると気付いた。

そのまま俺の部屋へ連れて行く。

「いや、待て待て。あ、あれ、先刻の、あれだろ。この前のク、ク、クイ…」

手を離すとコンは床の上に顔から落ちて、痛そうに顔を擦りながら早口で話し始めた。

俺が拳を鳴らしながら近付いたからか、どもりまくっていたが。

「滅却師」

「そうそれだ。石田雨竜。…あいつ、女みたいな顔してんのな」

最後のはどもっていた訳では無く本当に分からなかったらしい、俺が口を挟むと疑問が解けてすっきりしたらしくはっきりと言葉を続ける。

…やっぱりそう思うよな。

勿論言葉に出せるはずも無く、心の中だけで同意する。

あんな感情を持ったのは俺だけでは無いのだと少し安心した。

「一護?」

「何だよ」

まさかそんな事を考えているとは悟られない様に、雑に答える。

「食い物は?」

「有る訳ねぇだろ」

本気で殴った。

殴ったのはぬいぐるみなのに良い音がした気がする。

コンは呻き声を上げて床に倒れた。

…やり過ぎた。
 




結局、昨日の夕食の前後に様子を見に行ったが石田は熟睡していて全く起きる気配を見せなかった。

…良く寝るな…。

現在、正午少し前。

遊子がそろそろ起きるだろう、と石田に粥を作っている。

朝の内に見舞いだと言って、ケイゴ達が来た。

ケイゴ達は石田がまだ寝ている事を伝えると、一頻り石田の寝顔を見て帰っていった。

「お兄ちゃん」

遊子に呼ばれて病室から台所へ行くと、盆に水と1人用の土鍋が置いてある。

「これ、持ってくぞ」

まだ俺達の昼飯を作る為にせわしなく動いている遊子に一言断って、石田のいる病室へ向かった。

まだ寝てるかもしれないが、このままある程度は冷めずに置いておけるだろう。

引き戸を開けると、そこには上半身だけ起き上がった石田がいた。

「よぉ、調子はどうだ?」

「…黒崎?」

「まずは食え」

眼鏡を掛けていない所為ではっきりと見えないのか、疑問符をつけて俺の名前を呼ぶ石田の声は、ずっと寝ていたせいか少しだけ掠れている。

何となく昨日寝ている石田を見て思った事を思い出して焦ったが、それを悟られない様に持っていた盆を差し出した。

なかなか食おうとしないのは俺の料理は食えない、と言うことだろうか。

「遊子が作ったやつだから不味くはねぇと思うけど…」

そんな事を思ってこの言葉を言っている間に、ぱたぱたと台所からこっちに向かって来る音がする。

ひょっこりと顔を出したのは蓮華を持った遊子だった。

俺に注意をして石田の方へ歩いて行く。

…忘れてたのか、俺。

それじゃ食えねぇよなぁ、と思いつつ顔を上げると、石田は両手を合わせていた。

遊子は石田が粥に口をつけるのを見ると、俺にご飯置いてあるからと言ってリビングの方へ戻った。

何か聞きたそうに俺に声を掛けた石田の言葉を遮って、先に食事を取らせる。

いつの間にかゆっくりと動く腕や口を注視していた俺は、それを気付かれない様に視線を逸らしながらも、ずっと食べる様子を見ていた。



粥を食べ終わった石田は少しだけ気まずそうに何かを考えていたが、俺が土鍋を台所に置いて体温計を取ってくると何故自分がここにい るのか、と聞いてきた。

昨日は薬を飲んだと聞いていたし、しっかりと意識があったのだと思っていたが、そうではなかったらしい。

一通り説明をして薬を渡すと、帰ると言い出した。

何故か引き留めたくて、反射的に部屋を出ようとする石田の腕を掴む。

あ、やべ。

俺が掴んだのはついこの間まで包帯が巻かれていた方の腕。

細いな…ってそうじゃなくて、俺が謝ると、石田はなんか捲し立てて少し驚いた。

とにかく、大丈夫だと言いたいらしい。

怪我の理由が俺の所為でもあるだけに安心した。

それを伝えると何となく表情を変えて、また帰ろうとした石田を引き留める為に発した言葉は何だか妙だった。

「俺は、こんなお前を一人にするなんて気が気じゃねぇんだよ」

やべぇ、変な沈黙。

何口走ってんだ、俺。

ってか、何で顔熱くなってんだよ。

俺自身もどういう意図があって言ったのか分からず困って石田を見たが、勿論石田に状況が把握出来る訳も無く、呆気に取られた顔をし ていた。





「おい、一護っ」

沈黙を遮ったルキアの緊迫した声に助けられた。

あのままじゃ、沈黙に耐えかねて何言ってたか分かんねぇ。

いや、寧ろこの場合虚に助けられたのか?

とにかく、コンに後を任せて俺はその場を離れる事にした。

少し頭を冷やそう。





…。

気になる。

コンの奴ちゃんと石田の事見てるか。

…変な事してねぇよな。

石田は男だぞ。

…でも、女みたいだって言ってたし…。

いやでも、コンの奴は間違っても男には手出さねぇ…よな…。

「一護っ」

ルキアの叫び声で我に返った俺は、背後に気配を感じてそこから飛んだ。

あー、もう早く倒すしかねぇか。





…結局、ルキアに注意不足を怒られた。

そういや、昼飯食ってねぇや。

家に戻ってコンを問い正したが、改造魂魄について説明しただけらしい。

コンをぬいぐるみに戻すと、残されていた昼飯を食う。

先刻の闘いで相手の攻撃が腕をかすっていたらしく怪我をしていた。

救急箱探すより、病室で手当てした方が早いよな。

もっともらしい理由で病室に入ると、手当ての後石田を眺める。

消毒液を戻そうと棚を触っていると、石田が目を覚ましたらしく、声を掛けられた。

俺が起こしたかと思ったが、そうでは無いらしい。

先刻の事を弁明しようと思ったら、帰ると切り出されてしまった。

気に入らない事だったのか…。

とにかく、一人で帰すのは心配だった俺は送る約束をして、石田が着替えるのを待っていた。

…やっぱ細せぇ。

って、俺変態じゃねぇか。

何故か石田の方に行く視線を何とか窓の外に移す。

「待たせたね」

「いや」

俺が言い出した事だし。

病室を出ると、親父の馬鹿らしい声を聞いて、挨拶をしたいと言った。

本当は会わせたくないが、そんな事を言っても困らせるだけだ。

特に問題発言をした訳でも無いので、何も言わずに様子を見ていた。

でも、石田と親父って何か変な組み合わせだ。





帰り道はお互いに静かだった。

だが、悪い沈黙では無い。

…一人になってまた体調崩したら困るよな。

何となく心配になって、同じ様な事を何度も言ってしまった。





怪訝な顔をしながらも毎回返事をする石田に、流石にバツが悪くなってくる。

しかし、アパートの目の前で別れを告げた石田はいつもと変わらない様子だった。

「またな」

「あぁ」

ありきたりな再会の約束が何故か嬉しい。





振り返ったら頬が緩んだ締まりの無い顔を見せる事になりそうで、振り返らずに歩く。

沈んでく夕陽が真正面にあって、とにかく眩しかった。










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