今は泡沫に乗せて






狭い浴槽に、跳ねる水滴。



そして俺の背中に触れる、確かなぬくもり。















乾燥注意報、などという言葉がニュースに踊り出始めたのはいつの頃からだっただろうか。

約二週間以上、にわか雨さえ降ることもなく晴れ晴れとした天候が日夜続いた関東は、それはそれは乾燥していて、朝ふとんの中で喉に違和感を覚えることもよくあることだった。



――だから、油断していたのだと思う。



俺はここ数ヶ月、シニアの頃バッテリーを組んでいたタカヤと週一で会う約束をしていて――と言っても、顔を合わせることに嫌な表情をしなくなったのはつい最近のことなのだが――今日もそれに当たる日だった。

互いの高校からちょうど真ん中くらいの位置に当たる公園に二人同時刻に着いて、さあ話し始めようか、という時にポツリ、と頬に落ちた冷たい雫。

その瞬間にざあざあと降り始めた大雨に二人で呆然として、先にハッと気づいたタカヤに手を引かれ家に連れて行かれたのはそのすぐ後のことだった。

びしょ濡れになった俺たちを見て酷く驚いたタカヤの母親が、勢いよく俺たちを風呂場に押し込んで。



――あっという間に二人して全裸にされ、いま浴槽の中で背中合わせになっている。





「あー、と、元希さん」

「……ナニ」

「うちの母親、なんかすみませんいきなり。変に心配性みてーで…いつもなら俺のことなんか気にしないんすけど」

「いや、別に気にしてねェからいいけどさ……」





そう言いつつも、さっきタカヤの母親に身ぐるみを全て剥がされたことを思い出して、俺は少し頬が引きつった。

タカヤも同じようにして浴室にぶち込まれていたが、反抗する時間すら無かったように思う。

まああまりの早業に二人して呆気に取られてたもんなぁ、と思いつつ頭をかく。

が、そんなことよりも、だ。





(俺はこの状況の方が気になるっての……!!)





そんな心の叫びを、俺は鼻から下を湯に浸けることで必死に抑える。



まあ何を隠そう、俺はタカヤが好き、らしい。

何故こうも曖昧なのかと言うと自覚したのがつい最近だからであって、未だ自分の中でも漠然とした想いしかないからだ。



――でも、わかる。



俺のこの感情が、同性相手に向けられて喜ばしいもんじゃないってことくらい。





(つーかタカヤ相手にムラムラするってどういうことだっ…!)





ぐおおお、と俺は腹の底で唸りたいところを、ぶくぶくとした泡にして吐き出すことで我慢する。



いくら背中合わせになっているとはいえ、狭い浴槽の中では否が応にもタカヤの体温を感じてしまうのだ。

少しでも離れようと上半身を丸めてみても、肩甲骨から骨盤辺りまではぴったりとくっ付いていて、父親好みだという熱めのお湯で程よく温まっているということが伝わってくる。



――蛇口から水滴が垂れていく度に心拍数が上がり、擦り切られていく気がする俺の理性。



ぽたり、ぽたり。

どくん、どくん。





(これは本気で、まずい)





本気と書いてマジと読む、そんな意味深な言葉が脳裏をよぎってきたところで俺は大きく頭を振った。



これしきのことでどうする、榛名元希。

この数ヶ月の涙ぐましい努力(=いかにしてタカヤに下心を悟られずに逢瀬を重ねるか)を無駄にする気か!





「あ、あのさぁタカヤ!!」

「な、何すかいきなり大声出して」

「いや、きょ、今日な、秋丸が変なことしてさあ!」

「秋丸さん?」





突然振られた話題だからか、タカヤが訝しむような声でオウム返しをしてくる。

こちらを振り向いた気配がするが、俺は一ミリたりとも身動きできない。





「そうなんだよ!なんかな、あいつメガネ必需品じゃん?なのに弦折れたーっつってさあ、どうしようって悩んでっからな、のり…いやボンド…?じゃなくて接着剤!!そうだ接着剤でつけようってなったんだよ!」

「接着剤って……ちょ、元希さん?」

「だけどその接着剤がどこ探してもなくってよお、セロテープで巻いてみたんだけどすぐ取れっから結局ガムテープで…」

「元希さんってば!」





ぐいっと肩を引かれ、せっかく見ないようにしていたタカヤの視線と俺の視線がかち合ってしまった。





(ち、近ァ……!!)





俺が思っていたよりも、タカヤの顔がずっと傍にある。

そのため俺は誤魔化すようにタカヤの眉間の皺に目線を移したのだが、どうやらそれが気に入らなかったらしく、その皺がより深く刻まれた。





「あんたさっきから何か変ですよ」

「え?」

「熱でもあるんじゃないですか?」





タカヤがそう言うと、一瞬視界が暗くなったような気がした。



じゃあぴとりと触れた、いま俺の額に置かれているものは。



――タカヤの、手?





「ぎゃああ!!な、なにすっ…!」

「ちょ、でこ触っただけでしょうが!暴れないで下さいよしかもうっさい!!」

「む、むちゃ言うなバカ!しかもお前の方が声反響してんだよバカタカヤ!!」

「なっ…こうなりゃ意地でも熱あんのか確かめてやる!!」





ぎゃあぎゃあ、とけたたましく騒ぎながら俺たちは攻防戦を繰り返す。

それなりに図体のでかい二人が狭い浴槽で暴れまわって波立たないわけがなく、どうせなら別の意味でちゃぷちゃぷさせたかったのに――と俺が意識を他の場所へ飛ばしかけた時、タカヤの抵抗力が一気に弱まった。





「っあ……?!」

「うおっ…!」





力の均衡が崩れれば片一方に傾くのは当然のことで、俺はタカヤの腕に引きずられる形でお湯の中に突っ込んでいった。突然増した質量に、ばしゃん!と大きな音と激しい波が立つ。





「ってー……」





何が起こったのかいまいち理解できず、俺は勢いで浴槽の底に打ちつけた膝をさすっていたが、おそらくタカヤが足を滑らせたのだろうと簡単に判断を下した。

そして湯で滴った前髪をかきあげつつ、周りを見渡して――。





「!おいタカヤ、大丈夫か!!」

「ぷはっ!!…ゲホ、ゴホッ……」

「ほら落ち着け。水飲んだんか?」

「うぅ……けほっ」





俺は下に沈んでいたタカヤを抱き上げて、背を撫でてやる。

俺がのしかかる形になってしまったことで自力で浮き上がれず、気管に湯が入ってしまったらしい。

苦しさからか必死にしがみついてきていたタカヤがようやく落ち着いてきたところで、俺は我に帰った。





(あれ?これ、密着してねェか…?)





片腕をタカヤの背に回したまま、俺は固まる。

湯を頭からかぶったことで滴る髪に、濡れた大きな瞳。

風呂で照った頬に、ほんのり赤く染まる上半身。

視覚には映らないけれど、きっと湯の中には俺の知らないブブンがあって――……。





(あ、やばい)



(―――キス、してェ)





背中に回したままの左手をそろそろと腰まで下ろしていくと、自然と力がこもった。

密着しすぎたそこには、ちょん、と当たるナニカがある。





「んぅ…、もとき、さ…?」

「―――〜〜〜!!!」





耐えきれなくなって顔同士の隙間を一気になくしても、タカヤが嫌悪感を表す様子はない。

そのことに背中を押され、俺は鼻同士を触れ合わせる直前で、顔の角度を少し変えていく。

顔のパーツで一番柔らかいと思われる場所に到達するまで、あと数センチ――……。







ガチャッ







「タカー!元希くんー?どうしたのさっきすごい音したけど」



「「!!ぎゃあああああ!!!」」





いきなり聞こえた脱衣所の扉の開閉音と声に驚き、二人してとびきりの奇声を上げてすばやく離れた。

磨り硝子になっている浴室のドアに、影が透けてみえる。





「な、何でもないからあっち行っててよお母さん!」

「そう?ホントに大丈夫?」

「だ、大丈夫っす!えーと、虫!虫がいただけなんで!!」

「…ならいいけど。シュンちゃん待ってるし、ご飯冷めちゃうから早く出てきなさいねー」





ぱたぱた、とスリッパの鳴る音がだんだん遠ざかっていき、再び扉の閉まる音がした。





「は、はああ……」





その瞬間にかなりの脱力感が訪れ、俺はうなだれながら浴槽の縁に腰掛ける。

しばらくその状態のままだったが、タカヤが浴槽からぱっと立ち上がり、ドアの取っ手に手をかけた。





「お、俺先にあがってますから!!」

「お、おお……?」





タカヤが浴室から出ていく姿をぼんやりと見送る。

どうして、あんな焦ったように――……。





(って、あああああ――!!)




なぜ忘れていたのかもわからないが、先ほどまでのことを思い出して思わず頭を抱えた。

先ほど俺は、何をしようとした?





(そうだ。タカヤに、ちゅー、しそうに……)





あんな行動をされてしまえば、いくら人心に疎いタカヤでも気づかないワケがない。だからあんな風に急いで出ていったのだ。



俺はこのとき、今後――というよりむしろ風呂から出た後のこと――を考えるばかりだった。

そのため俺はタカヤが扉一枚挟んだすぐそばに座り込み、こう呟いていたことなど、知りもしなかったのだ。





「ばかはどっちだ、ばかもとき。そんな、期待させるようなことすんじゃ、ねーッ……!」





―――泡に想いを乗せたのは、一体どっち?









*****

(互いの気持ちが、浴槽から溢れるお湯のように零れ落ちるまで)

(あと、…もうすこし)







『リクエスト内容:榛→←阿で初々しい二人。お風呂ネタ』





→山田さんへ!



遅くなってしまいましたが、二万打リクエストありがとうございました!^▽^

私がツイッターでどうしても書きたいと呟いていたネタに便乗して下さり、当初のリクとは全く別のものになってしまいましたが、書いてる本人としてはすごく楽しかったです(笑)

山田さんはアベハルもかなりお好きみたいなので、勝手にハルアベハルを意識して、(そして私には珍しく初々しかったのでちょっとギャグっぽくをモットーに)してみたのですが、榛名がなんだかただのヘタレになってしまったような気がしてならないです…でもお気に召して頂けたら嬉しいです!

リクエスト本当にありがとうございました!これからもどうぞよろしくお願いします〜!*^^*









ぎゃあああああああああああああ(白目)
みゆうさんありがとうございました!!!!!!!!なんだこのアベハルっぽいハルアベ!!!!!!!!!!CAWAII!!!!
初々しいのもかわいいしお風呂でチャプチャプ(というかバシャバシャ)してる二人もほんとかわいいです><
みゆうさん本当にどうもありがとうございました!!







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