主犯者さん | ナノ

イメージはハスキー×茶トラ雑種です^^


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 見慣れない犬だった。大きくて、鋭い青い目がぎらぎらしていて、だらしなく開けられた口でさえ野性味を感じる、そんな犬だった。白銀と黒が混じったような毛色をしたその犬は鋭い顔付きはそのままに、へたりと耳だけを伏せて呟く。
「み、水……」
 変な奴。そう思いながらも水を恵んでやったのは、じっとしているだけでも体力を磨り減らしてしまうようなある真夏日のこと。
 五十嵐家の飼い猫レンと売れっ子俳優犬のケンゴの初接触だった。



 親切心で水を分け与えてやったのが余程印象に残ったのか、それからケンゴは毎日のように遊びに来た。優しさに飢えていたのかとレンは考えたが、水も貰えない生活だなんてあまりにも可哀想なので深く追及するのを止めた。
 犬のくせにテレビやら雑誌やらに取り上げられているらしいケンゴは、いつもどこか小綺麗だ。べたべたと付き纏われるのが煩わしくなったレンが偶然を装い、一緒に遊んでいる最中にケンゴを泥まみれにしてやったときも、次の日には汚す前以上に綺麗になってきたのでレンはこっそり落胆したくらいだった。
 主人公の飼い犬という役で出演している映画の撮影に来ているらしいケンゴは、毎回撮影が終わると勝手に抜け出してレンのところに遊びに来ているようだった。帰りはいつも見知らぬ人間に「また勝手に!」などと怒られつつ、無理矢理引っ張られながら帰っていくからだ。そんなときはいつも寂しげな青い目でレンに何かを訴えてくるのだが、いつも知らないふりをする。こっちはうだうだ付きまとわれて迷惑しているということを暗に示してやっているのだ。
 次の日には尻尾をぶんぶん振りながらやはり遊びにやってくるので、それほど意味を成してはいないのかもしれないが。

 常に涼しい場所を探しながら過ごしていた季節は足早に通り過ぎ、日中でも少し肌寒い風が吹くようになった。おひさまや外の風は好きだけれど、寒いのは好きではない。レンは小さな体を丸めながら自らの腹に顔を埋める。
 うとうとと睡眠に半分頭を突っ込んだあやふやな意識で柔らかい陽射しを享受していたレンは、微かに聞こえる足音にぴくりと耳を動かした。あいつだ。足音だけで相手が誰だか解ってしまうほどに何度も聞いた音なのだ。力強く地面を蹴り上げる、でもどこか少し上擦っているような、そんな足音。
「レーン!」
 うるさい。声に出すのも面倒に思ってしまう程度には口にしてきた一言。睡眠を邪魔された苛つきからか、レンの尻尾の先が自然と揺れた。目は閉じたまま、ぴんと立てた両耳で様子を探る。レンとケンゴの距離が一定の値を超えた辺りから、ケンゴの足音が少しだけ変わった。勢い良く走る足音から、そろりそろりと忍ぶような足音へ。
「レン……? ねてるの……?」
 予想以上に近くから聞こえたケンゴの呟きにレンの耳が微かに動くものの、それ以外は全く微動だにしない。
 今日こそは知らんぷりしてやる、などと密かに企んでいるレンの心情をケンゴが知るはずもなく、寝ているものだと思い込んだケンゴはゆっくりとレンの側に座り込む。
「レンはおひさまのにおいがするね」
 ケンゴはふんふんと鼻を鳴らしながらレンの小さな頭の裏辺りの匂いを嗅ぐ。何やら色々と探られているらしいレンは内心警戒しつつも、反射的に動いてしまう自らの耳や尻尾に気を取られてしまう。けれど唐突に吹いた冷たい風に震えてしまうのだけは、気に掛けていても止めることが出来なかった。
 急に動きを止めたケンゴは立ち上がり、何やら移動を始めたようだった。
 肌寒くなってきたために、どこかに行くのだろうか。そう思った瞬間、レンはもっと寒くなったような気がした。きゅうう、と更に体を小さく丸めていたレンに、ふわりと温かいものが寄り添う。
 土と、おひさまと、緑と、それからちょっとだけレンの知らない何かが混ざったような、そんな匂い。爽やかで優しくて。ケンゴの匂いだ。この匂いだけは好きだとレンは思った。
「寒くなって来たのに外で寝るから……」
 文句を吐いておきながら、ケンゴの声はどこか楽しそうだ。レンは丸くなっていた体を解くと、そんなレンに寄り添って体を丸くさせていたケンゴの腹に鼻をちょんと触れさせた。そのまま頭を擦り付ける。お腹の部分は体の他の部分よりもほんのり温かくて何だか安心してしまう。
「レ、ン? 起きたの?」
 このまま心地好い眠りにつけそうだと思ったレンは、狸寝入りを続行する。レンより二回りも三回りも大きなケンゴの体は、いつもならレンのコンプレックスを刺激するか、邪魔になるかのどちらかでしかなかったが、こういった活用方法もあったのだ。
 しかし、このままお昼寝タイムに突入しようとしていたレンの思考が無理矢理叩き起こされる。不測の事態が起こったのだ。
「なっ、なにすんだよ! ばか!」
「あっ、起きちゃった……」
 舐められた。舐められた、舐められた。
 頭の後ろの部分に感じた感触。あれは絶対に舌だった。思い返すと同時に、レンの体中の毛がぶわっと逆立つ。レンは自分を包み込むケンゴの体にパンチをお見舞いしながら慌てて逃げ出した。当のケンゴは「出た! レンのねこパンチ!」などと言っているので、恐らく効いてはいないのだろうが。
 ケンゴには上って来られないだろう高さの場所までレンは避難すると、ふいとケンゴから顔を背ける。
「毛繕いしてあげようと思っただけなのに……」
「それくらい自分でやる!」
 落ち着き無くぺろぺろと毛繕いを始めたレンを楽しそうに見詰めながら、ケンゴはぶんぶんと勢い良く尻尾を左右に振っている。
「……ばかじゃねーの」
「? 何か言った?」
 腹立たしさを紛らわすために、レンは足場から飛び降りざまにケンゴを踏み台にしたが、レンの脚力ではケンゴに大したダメージを与えられなかったようだった。それもまた、腹の立つ要素に加えられるのだが。
 機嫌を直してくれたのかと、きらきらした瞳でケンゴが見詰めてくる。そんな相手から逃げつつも、自然と立ちそうになる尻尾を気にしながらの走りはあまり速くは無かった。
 ちょっと嬉しいだとか、ちょっと楽しいだとか、そんなはずはない。
 ほんの少し、あの左右に揺れる尻尾に飛び掛かりたいような気もしたが、そんなことを真面目に頼むのも馬鹿みたいなので、今度ケンゴが寝ている時にでも仕返ししよう。そう、レンは思った。


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