みおさん2 | ナノ
****
シャツ越しに感じる健悟の吐息に、もう限界を感じていた。
これだから嫌だったんだ。
テレビ画面に映る健悟は信じられない程に硬質に思えるのに、どうして現物はこんなにやらかくて、ふにゃふにゃして、甘いんだ。
それが俺だけに向けられているなんて、やっぱりまだ、頭のどっかで信じきれていない。
こんなアホで間抜けな醜態を晒して、俺がもう一人いたならば絶対に指差して笑っていると思う。
だのに健悟は可愛いだとか、嬉しいだとか、幸せだとかそんな言葉しか俺にくれない。
からかってでもくれれば悪態をついてその場逃れだって出来るのに、砂を吐くほどの甘い言葉を惜しみもなく降らせて来る。
俺の身体はちっともそれに慣れてくれない。身動きがまるでとれなくなる。
健悟が触れる度、甘い言葉を耳元で囁くたびに全身に痺れるような感覚が訪れるのだ。
「蓮、れーん?」
「……なんだよ」
「出てくる気になった?」
「うっせ」
顔は見えていない筈なのに健悟の顔は確実に俺の間近にあるのが分かる。
わざととらしく近づけて、俺の顔に吐息をかけるようにして囁くから。
「そんじゃ、このままちゅーしちゃうよ?」
「は?………っ!」
かふ、とでも音が出たんじゃないだろうか。
信じられない。
健悟はシャツ越しに俺の顔に触れたかと思えば突然、唇に噛みついてきた。
シャツの中に閉じ込めてしまった両の手では健悟を突き放すことも出来ない。
せめて腕だけでも出しておけば良かったと後悔してももう遅かった。
キス、なんかには程遠い。
離れたかと思えばすぐに唇に軽く歯を立てるようにして噛みついてくる。
じわりとシャツに唾液が染み込む感覚がして、それが一層恥ずかしくさせた。
やめろと言いたいのにその隙さえも与えてくれないのはずるい。
「ふっ……、っぅ、」
せめてもの抵抗とばかりにシャツをギリギリまで突っ張って健悟を押しやっていた手から力が抜けおちると、ようやく健悟は噛みつくのをやめた。
思いきり睨みつけてやりたいのに、視界に映るのは真っ白な世界。
むかつく、むかつく、むかつく。
「むかつく…」
出した声は少しばかり震えたようになってしまって、それもまた悔しかった。
「何でよ。俺、なんかした?」
「しただろ」
「えー?」
クスクスと笑いながらとぼける健悟にますます腹が立つ。
一枚も二枚も上手だとか、思いたくないのにこういう時に思わされる。
どうにかして打ち負かしてやりたいと思っても、どうせ無駄なのだ。
溜め息を一つ吐いて、シャツの向こう側にいる健悟を見る。姿は見えないけれど、うっすらを映る影がそこに健悟がいる事を証明している。勿論、腰に回された手が健悟の存在を何よりも証明しているのだが。
目の前に広がる真っ白な世界には少しばかり飽きたので、そろそろ健悟の顔を見てやってもいいのかもしれない。
もぞもぞと動いて、ゆっくりと外の世界に飛び出した。二酸化炭素が多めだったらしいシャツの中に比べて随分と呼吸がし易い。すう、と深く息を吸うとシャツと同じ匂いがすぐ近くにあった。健悟のにおいだ。
顔をすぐに上げるのはどうにも出来なくて、顔は上げずに目線だけで健悟を睨み上げた。
睨み上げた先にいた健悟は極上の笑顔を作り、俺を見下ろしていた。
雑誌やテレビ画面では一切見られないものである事は知っている。心の底から嬉しそうに笑うこの笑顔は今は俺だけしか知らない。
「やーっと出てきた。」
ちゅ、と音を立てて今度は触れるだけのくちづけが落とされる。
唇が離れて見えた健悟の顔はとろけるように甘い。
「ただいま、れん」
俺だけのもの。
どうしてそれを、悪くないと思ってしまうのだろう。
自分も大概、健悟に毒されてきているのかもしれないと思った。
ほらまたすぐに、顔が熱くなる。
「帰ってくるのがおっせんだよ、ばーか」
俺は健悟の首にしがみ付いて“本物”のにおいを吸いこんだ。
せめてもの悪あがきとばかりに、その後思いっきり噛みついてやった。
***