やこさん | ナノ (いいわけエッグシェル)




今、ソファに座っている俺の腿の上には白い布に包まった固まりが乗っかっており、俺はそれを抱きかかえている


あらゆる物事にはタイミングというものがあって、それを逃すともうダメだったり、ダメにまでならなくても次に進めるのが容易でなくなったりする タイミングっていうか、チャンスかな 好機 前髪しかないのってそれだっけ?
そのタイミングを逃さない・掴むために必要なのは、空気を読み取る感覚と反射神経だと思うのね、俺は 反射神経大事、超大事
もうね、迷ったり躊躇ったりとか少しでも過ぎった時点でもうアウトだから 今っていうのは気づいた瞬間に過去になるんだから、反応と同時に反射するくらいの速さが必要なんだよね そう、

(必要だったんだよ…!!)

今の俺が数分前の俺をずっと説教している
あぁもうほんとバカじゃないの…どこでミスったかって、初動だよなぁ いや、でもまさかこうなると思わなかったし…でも予測どおりに動かないのが常だしそこを読みきれなくても俺のせいじゃない…いや、読みきれないことがわかってるんだからやっぱり俺か…あああああもう…!!

思わず溜息を吐くと、腕の中のあったかい白い固まりがわずかに動いた あぁごめんね、この溜息は俺自身に対する嫌気の現われであって、お前に対するものじゃないんだよ ごめんね、蓮



***



メールで伝えた時間より遅い時間に帰ったら蓮がソファで寝ていた
この春に買い換えたばかりのソファは色と座り心地と肌触りと、あと座面が広いのが気に入っていて、蓮にとってはどうやら寝心地がいいらしい だから蓮がここで寝てしまっていることは割とよくあることなんだけど、今日はちょっと状況が違った

最初に見えたのはひょろりと伸びた骨ばった脚 そこからついと視線を動かせば、蓮は白いシャツを纏っていた 制服以外でシャツを着てるのなんて見たことがなかったから珍しいなぁ、なんて思った後に、違和感

(蓮にしては随分オーバーサイズな…)

そこでもしかして、と気付いて、それを確かめようと蓮に手を伸ばしたところで蓮の目がぱちっと開いて視線が合った 思わぬタイミングだったから伸ばした手はそのままで、動きが止まった

「…健悟?」
「うん、おはよ」
「はよ、って、え?あれ、今何時…っていうかなにこの」

手、という単語とともに目線を落した蓮はその直後に更に目を大きく開いて、音が聞こえそうな速さで顔を赤らめた後にものすごい勢いで起き上がってソファの俺から遠い方の端っこにしがみついた

「え、ちょ、蓮?」

その勢いにひるんでしまって、手を伸ばすことも出来ずにちょっと引いて見ていたら、蓮はその身に纏ったシャツを脱ぐのかと思いきや頭から被り、

(完全に、ミスったのはここです 今思えば)

気がつけば白い固まりが出来上がっていた

(…だって予想外すぎた…!!)


動揺を抑えて声を掛ける

「蓮、蓮くーん?どうした?」
「なんでも、ない…っ」
「いやいやいや、それでなんもないってことないでしょ」
「いいから!ほら、お前まず着替えて来いよ」
「うーん、それより先にちょっと蓮に確認したいことが…」
「後ででいーだろ」
「いや、むしろ今じゃないと」
「…」
「蓮くーーーん???」

その後しばらく返答なしにてお互い動けず とりあえず俺は黙ったまま、その白い固まりを眺めた
白にわずかに透ける金色と肌色 余った生地にゆるりと浮かび上がる首と背骨と腰のライン 裾から伸び出た腿 その先の小さな足の爪 思わず喉が動いたのは許してほしい

いつまで経ってもソファの近くを離れようとしない俺に我慢出来なくなったのか、これまでじっと動かなかった蓮の爪先が少し動いた

(あ、)

こいつ逃げようとしてる
直感的に思って、今度はすぐに動いた ソファの、さっきまで蓮が寝転んでいた部分に俺が腰を下ろすとその瞬間に蓮はびくりと動いて少し腰が持ち上がった

「わっちょ、離…!」

すかさず俺はそのくびれを掴んで腕を回すと自分の方へと引っ張った そうして、俺は白い固まりと化した蓮を横向きのまま腿の上に載せた 蓮は脚をばたつかせて逃げようとしていたけどしばらくすると諦めたらしく、大人しくなった まぁ、力の差はもとより明らかだしね



だからといって、状況が進む訳ではなく 実はこの状態で10分は過ぎている、既に



「れーん、」

何度名前を呼んでも蓮は動かないし、返事もしない 頭から被ったシャツは胸の前で両手で押さえられてて、シャツを取ろうとしたら俯き気味に額を立てた膝に寄せて縮こまられてしまった だから蓮の顔どころか髪の毛も隠れてて、俺から見えるのは本当にただの白い固まりのみ
 
視線を斜め下にずらせば、シャツの裾から出ている骨ばった膝の山がふたつ 片手を伸ばしてその膝の下に続いてある足の先に軽く触れると、あぁやっぱり少し冷えてる 

「返事してくれるまで離す気はないんだけど」
「…」
「ほら、体冷えちゃうよ」
「…そう思うんだったら離せ」
「じゃあ質問に答えてくれる?」
「拒否する」

そんなことだけ即答で そして思わず溜息、である




***




いくら蓮が軽くてその重さすらいとしいといえど、ずっと同じ位置に乗っけていれば少しずつ脚は痺れてくる 帰ってくる時間も遅くなってしまったし、時計の短針の位置も気になってきた 一緒にいられるようになったとはいえ、その時間は一日の内でも限りがあるんだ、俺らは
逃がさない為に巻きつけていた腕を少し緩めて、目の前の固まりを改めて見る




(たまご、みたい かも)

さながら、白く薄い硬い殻に守られた金色のひよこ とか


(…あっためたら孵化して出てこないかな…)

そんな思いつきなんてしてみたりして、


「うわっ!?」

折りたたまれた両膝の片方を掴んで引き寄せて腿を跨がせる これでようやく向かい合わせ …まだ髪の毛すら見えないけれど

「ちょ…っ」

薄い背中と腰に両腕を回して引き寄せる いつまで経っても筋肉のつかない体を蓮は疎ましげにしているけど、蓮の肩甲骨に自分の手の平を乗せるとぴたりと形が沿うのが気に入っているので、俺は別にこのままでいいのにな、といつも思っている

(出て来い出て来い、)

こっそりそんなふざけめいた願いをかけながら背中をさすっていると、蓮の体の力が少しずつ和らいでくるのを感じた
相変わらずシャツを握る手だけは緩まないけれど、ゆっくりゆっくりと頭の位置が下がり、こつん、と胸のあたりに額が当たった 委ねられればくっつく体 温度 蓮の体温 …ようやく

「れーん、」
「…」
「俺まだ帰ってきてからまともに蓮の顔見てないんですけどー」
「…」

ぽんぽんと白い布の上から頭を軽く叩くと、ゆっくりと俯いていた頭が持ち上げられ、頑なに閉じられていた白い布の中から金色の前髪と伏せられた目となんとなく赤い気がする耳の先が出てきた

「ただいま」
「…おかえり」

あいさつの返答はしっかりと この習慣だけは絶対に崩れないんだから、睦さんには感謝しかしないよね本当に 一生頭上がらない 利佳はいつか倒すけど 倒したいけど

「帰るの遅くなってごめんね」
「別に 寝てたし」
「うん、気持ち良さそうに寝てたね 俺のシャツ着て」

びくり、と跳ねる肩は何よりも正直だ

「これ、俺のだよね?」
「…着替え持ってくるの!忘れて!丁度目に付いたから!!」
「置いてあるのあるじゃん この前買ってあげたやつ」
「っ、クローゼットまで取りに行くのめんどくさかったんだよ…!!」
「そっかそっか」
「…ムッカつく…!!!」

超至近距離で睨まれても目許が赤いからかわいいだけだよね、というのは俺の欲目に違いないけど きっと隠れてる口許はとがっているんだろうな …見たいな っていうか、

「ねぇ蓮くん、そろそろちゃんと顔見せてくれませんか」
「…ヤダ」
「顔出さないとキス出来ないよ」
「な…っ」
「したくなった させてください」
「拒否する…!」

不意に、とか、流れで、とかなら割と抵抗なくごく自然にさせてくれるようになったけど、こうして面と向かって口に出して言うと未だにしっかり照れるというか恥ずかしがる蓮は本当にかわいい うん、欲目欲目
蓮は更に目元を赤くしながら口許をシャツの下に埋めるようにして隠した

「まぁ、顔出さないと絶対に出来ないってことはないけどね、」

フッと息を強めに前髪に吹きかけると金色の前髪がまばらに散って、目がぎゅっと閉じられる
その隙に、まずは寄せられた眉間に軽く その後に鼻先にすこし噛み付いて、熱をもつ耳の先を軽く食んで、最後にくちびるへ 正確には、くちびるの、辺りへ 下から掬い上げるように、自分のそれを布越しに押し付ける 肌とは違う弾力 阻まれる感覚

「あぁ、やっぱりこれジャマ」
「…」
「どけて、蓮」




(あぁほら今だよね、好機)


感じ取ったら、今度こそ、すぐに!






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