関ヶ原の戦いから412年、日ノ本は幾度の困難を乗り越え泰平の世を保持し続けた。
それも今まで続いている。
そんな泰平の世はめでたい月…すなわち正月を迎えていた。
人々は今年も平和な年であるようにと神頼みをするため神社や大社へ足を運び、手を合わせ願う。
この時期になると何処も彼処も神社は大変混み合っており、今男が足を運んだこの場所も大変混んでいた。
青年は初詣に来たというのに、この場所――日光東照宮の本社では参拝をせず、陽明門をくぐり坂下門を抜け、207段あると言われる長い階段を登り始めた。
何人かの人間が参拝を終えた後にこの階段を登りきった所にある奥宮を見に行くようだが、やはりここまできて参拝もせずに一直線で奥宮に行く者は居なかった。
白い肌にそれと合い月を思わせる銀の髪、切れ長の瞳は草木を思わせる澄んだ翠で、長身。
雰囲気からして物静かな青年を見た人間は太陽と呼ばれた男が眠る東照宮にて、月が参拝に来たとでも思うことであろう。

この月はこの東照宮に眠る男に殺された石田三成であった。
主君を殺され狂気に囚われ、男の名を叫びながら追い続け、関ヶ原の戦いに破れ、地に伏せた。
憎い男の所縁の地に、青年の姿はある。
事情を知る彼の友は何故?と聞いたが、この青年は412年前には存在しなかった優しげな瞳で“もう復讐をしようとは思わん”と言い、ここに訪れたのだ。
今では三成の周りには主君も、その右腕も存命で、甲斐武田の幸村やその忍であった佐助も西海の鬼であった元親も、智将と呼ばれた元就も、独眼竜を名乗った政宗も、その重臣の小十郎も居るのだ。
それほど仲がよいとは言わないが、あの頃名を上げていた武将が揃っている。
それなのに――天下を統べ世を平和へと導いた男が居ないのだ。
皆を照らした太陽が…家康が居ない。
あの男は死んでなお、神として日ノ本を見守ると言い残し死んだのだというのだから、家康らしい。と三成は早い速度で階段を登っていく。
身体能力は死ぬ前と変わらずに三成に身についている。もちろん刀の使い方や古語ですら読める。
言うまでもないが転生しても記憶はきっちりと脳に焼き付いていた。
生まれながらではないが、年齢を重ねれば重ねるほど思いだしていったのだ。
それは今出逢い楽しく学生生活を送る他6人もそうであった。
だからこんな207段の階段であろうが、疲れを覚えることなく軽々と登ってゆく。

以前の家康と三成は所謂恋仲であったのだ。
そして家康の裏切りにあい自然と愛する者から憎き者へと変わり――ということである。転生した今、主君も右腕も両親に代わり三成を養ってくれていることから家康への憎しみは消え、その前に持ち合わせていた気持ちを持ち直したというわけだ。
故に、逢いたい。あの笑顔で再び照らして欲しいと、願う。
本社にはなく、男の眠る墓の前にて。

三成が東照宮に訪れるのはこれが初めてではない。
幼い頃、学校の修学旅行で日光を訪れた事があった。
その時の三成は徐々に記憶を取り戻しかかっていたが、家康のことは思い出していなかった。
だが幼い三成はこの階段をグループで登る際に、どうしても早くそこへ行きたくて駆け上ったことがある。
幼馴染であった幸村や他の生徒には迷惑をかけたが三成はどうしても衝動を堪えることが出来なかったのだ。
不思議と、石の柵の中にある墓に懐かしさと愛しさと悲しみと憎しみを…様々な感情を覚え、幼かった三成にとっては大きな柵であったが遠くから同級生が追いつくまでずっとほろ…と落ちる涙にも気がつかず見つめていた。

やっとのことで長い階段を1回も休むことなく登りきった三成は足早にそれに近寄る。
幼い頃より背は伸びているため幼い頃よりかは近くで墓を見ることが出来た。
日ノ本を照らした将、徳川家康。今や東照大権現とも呼ばれる神。


「家康…」


家康の墓の前には誰1人居なかった。
後からぞろぞろと階段を登って参拝客が来るだろうが、今は三成ただ1人だ。
男の名をぽつりと呟く。


「貴様はまだ…居ないのか…」


他の奴が居たとしても、貴様が居なければ意味がない。貴様が説く絆の力とはそんなもろい物なのか?と胸のうちで問うた。
無言で三成は家康の墓を見続けた。昔に思いを馳せながら、再び目の奥がツンとして熱くなる。
転生して変化したのは、涙腺が緩くなったところであろうか。
1度目は家康の墓を幼い頃に見たとき。2度目は自分の保護者が以前の主君と右腕であることを知った時。3度目からは覚えていないが家康関連で何度も泣いた。
そして数度目かの涙が頬を伝おうとしたとき、背後から足音が聞こえた。
どうせ他の参拝客だろうと三成は気にしなかったが――。


「…っ!?」

「…すまんな」


三成は突然何者にかに抱きしめられた。それも、強く。
懐かしい声。愛しい声。抱き寄せる腕はコートによって見えなかったが、大きな掌は傷だらけであった。
この掌を知っている。この声を知っている。
だが振り返れなかった。抱き寄せる力が強くて、振り返れない。早く顔を見たいのに。
男の前髪が三成の首筋にちくちくと触れる。
ああ、首に顔をうずめられているのだと気がつく。


「家康…放せ…」


突然三成に抱きついてきた男――家康は、やはりまだワシが憎いか…と苦笑し離れる。瞬間、三成は振り返り男に抱きついた。


「家康…っ家康…!」


一瞬家康は抱きついてきた三成に目を丸くし驚いていたが、ふ…と優しく微笑むと相変わらず細い身体を抱き返し、耳元で囁く。


「階段を登るお前を見かけたんでな、急いで追いかけたんだ…。やっと逢えた…逢いたかったよ三成」

「私の周りには奴らが揃っている…それなのに…貴様が居ないのは、嫌だ…」

「うん…。はは、参ったなぁ。随分と三成に好かれているようだ。もう望みはないと思っていたが…」


男はそういうと嬉しそうに、嬉しそうに三成を強く抱きしめた。
参拝客はまだ来ない家康の墓前にて、412年ぶりに唇を合わせた。


「久し振りだな…あと、明けましておめでとう、三成。今世もよろしくな」

「…よかろう…」



一生一緒に居れるといいね



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年明けタイムアタックでした。
以前東照宮行ったときは家康に興味の微塵もなくお墓の事覚えてないので間違えてたらすみません。
曖昧ですみません。


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