伊達政宗にはいくつか苦手なものがあった。
そのいくつかの内の1つは政宗の身近にある。
それはいつもスカートを標準の長さで、制服を乱すことなく着こなす1つで髪をまとめている…いわば真面目な生徒代表の少女――真田幸村のことであった。
彼女は政宗と幼馴染という関係である。
嫌いというわけではなく、むしろ政宗はその幸村に恋心すら抱いている相手だ。
何故それが苦手なものかというと――それは政宗にもわからない。
淡い恋の中に何か黒い物が混じっているのだ。

普段は周りの生徒に気を遣え、可愛らしい笑顔で何事も応じ、成績は少々悪いが頭が悪いというわけでもない。
明るく元気な少女に、幼いうちから政宗は惹かれていった。
どんなに美人な生徒に告白されようが、どんなに可愛い生徒に告白されようが、政宗はそれに頷くことはなく、また幸村もどんな男子にも頷くことなかった。
政宗は理由として、好きな奴が居る。だが、幸村の理由は、色恋沙汰など興味ありませぬ。ときっぱり断るのだ。
だから政宗も幸村に伝えることはない。
恋愛に興味がないのだから、と伝えても無駄だと思っている。

幸村と政宗にはある習慣があった。
幸村の家が道場であり、そこで竹刀をぶつけ合うという習慣だ。そもそも幸村と出逢ったのもその道場に剣道を習いに行ったことがきっかけである。
女性ながらも幸村はとてつもなく剣道に優れていた。
成人男性をも打ち負かすほどであり、生まれながらにその才能を持ち、発揮していた。
だがその少女と政宗が初めてやりあったとき、道場はどよめいた。
今まで少女に勝てる人間など居なく、無敵だった幸村と互角にやりあう少年が現れたのだ。
竹刀だというのにまるで日本刀、剣道だというのに殺し合い。そのように見えるほど、幸村と政宗は互角だった。
初めて竹刀を当てあう前に、幸村と政宗は同い年ということから仲が良く、少女の明るい性格を知っていたのだが試合中ではまるでその性格を感じさせなかった。
茶色の大きな瞳を煌々とぎらつかせ、政宗を見据えるその瞳。

――それが、政宗の苦手なものである。

初戦の結果は思いっきり面に打ち込まれ、あえなく政宗が負けた。
凄まじい威力で叩きつけられ、思わずしりもちをついた政宗を、面の奥から見えた少女の見下す目線や表情は政宗の記憶に濃く刻まれている。
後からあの目は失望の目だと気がついた。幸村はあの時政宗に確かに失望していた。
理由としては、やっと女である自分を打ち負かす相手が出てきたことへの喜びからの失望、かと思っていたがどうもそれは違うのだと、高校に入学し未だ少女と竹刀を打ち交わす中で知った。

政宗が成長するにつれ、幸村に負けることは滅多になくなった。
今日も今日とて、休みに幸村の道場に通い2人だけで竹刀を交えた。
これを小学生、中学生、そして今である高校生になるまで続けてきている。


「政宗殿はお歳を重ねるごとに強くなられた。某にはもう勝ち目がございませぬ」


流れる汗を幸村は剣道着で拭い、竹刀を静かに置き幸村はその場に腰を下ろした。
そのまま身に着けていた防具を外し、それを床に置く。
政宗も流れる汗を乱暴に拭い、座り込む幸村に目線をやった。
彼女の表情は、嬉しそうだ。
何故、負けたというのに表情はそんなにも穏やかなのだろう。政宗には不思議で仕方ない。


「おいおい幸村、もうGoalしちまうのか?まだ先があるだろ」

「そうと申されましても、幸村は全力でございます。この力が政宗殿に勝ることは…」

「それがBestだと?」


そんなはずがない、政宗はどこかでそう思う。
初めて竹刀を交わし、まるで“殺し合い”だったあの試合をあれ以来していないのだ。


「なぁアンタ…あの日からオレに手抜いてんだろ」

「な…っ、貴殿にそんなご無礼など致しておりませぬ!」


両手でないない、と否定する幸村を政宗は静かに見据えた。
可愛らしい笑顔にぱっちりと大きなな瞳、長い睫毛に厚くほんのりピンクに色づいた唇。大きな胸は今はさらしに撒かれ少々膨らみは目立ちはするが、しっかりと纏められている。
そんな、ただの可愛らしいとしか思えない少女が何かを抱えているようにしか見えないのだ。
それは、政宗にも関わる事でもある気がしてならないのである。
何かが政宗の中で引っかかる。
その大元はこの目の前で未だないない、と手を振る真田幸村で間違いはない。


「真田幸村。あの日みてぇに…オレを“殺しに”来い」

「……!!」


不意に幸村の手が止まった。
彼女は真剣な瞳で、政宗を見つめる。その目は、あの時の目だった。
煌々とぎらつく、その瞳だ。


「政宗殿、夢を見ませぬか?某によく似た、男児の夢を」

「…Ah?…覚えはねえな」

「…そうでござるか」


すると幸村は、す…と目を伏せた。どこか悲しげな顔。
だがそんな表情をすぐに変え、幸村は立ち上がった。


「解り申した。この幸村全力で政宗殿のお相手致す!貴殿の仰るとおり首を取る勢いで望むところ!!」

「Ok.そうだ…その目だ。それはそうとアンタ、防具はつけねぇのか」

「本来ならそのようなもの、某には必要ありませぬ。政宗殿は如何なされるか」


ふっ、政宗は鼻で笑うと口元を吊り上げ、ナメられたもんだぜ。と笑い、自身も防具を外した。
身が軽くなり、竹刀を持つ手を握り締める。
そして自然と剣道では有り得ない構えをし、精神統一を初めた。
対する幸村は綺麗な立ち姿で竹刀を握り締め、ぎらつく瞳を政宗に向けている。
そして何の合図もなしに、2人は駆け出した――。


***


まるでこれが当たり前、これが普通。というように剣道は“殺し合い”となった。
明らかに面――今はそれすらも身に着けて居ないのだが――をとらず、竹刀をぶつけ合い身を掠め、ぶつかり、痣をつくる。
もはや試合終了は止める人間も居ないため自然的にどちらかが膝をつくまでとなっていた。やはり互角。
幼い頃の試合の続きをしているようでもあった。
竹刀と竹刀を交えるように、政宗と幸村の視線も交わる。
そのとき、政宗は幸村の視線を妙に感じていた。


(…違ぇ…コイツが見てるのは…オレなんかじゃねぇ…)


自分の奥深くを見透かすような、そんな目だ。まるで政宗の瞳の奥に居る何かを見ている。
チリリ、と脳の奥が焼き千切れるような痛みを覚え、男は竹刀を弾き幸村から距離をとった。
そんな政宗の異変に気がついたのか幸村はそのまま構え政宗の様子を見守る。
しばらくすると政宗の頭の痛みは消え、幸村の名を叫びながら斬りかかった。
女でありながらも政宗の斬り込みを耐え切るのは凄まじい力が必要である。
一体、どこからそんな力が。と周りの人間は思うだろう。
だが政宗や幸村からしてみればこれが普通である。
どんな攻撃でも受け止めそれを流し戦う。

時間が経つにつれ、2人の動きは鈍り始めた。
幸村は政宗の攻撃を防ぐのに精一杯であり、政宗も幸村に攻撃されぬよう隙を作らないよう必死だった。
そして合わせたかのように2人は飛びのき、一気に距離を離す。
そして再び構え直し、幸村と政宗の視線が交わった。


「Ha!次でClimaxだ、真田幸村!」

「某も貴殿も次が限界…決着をつけましょうぞ!」


弾かれたように床を蹴り、雄叫びを上げながら2人は走り出す。
男と女の表情はそれはそれは楽しそうに、今か今かと決着を待ちわびていたかのような表情であった。
1つの竹刀が回転しながら飛び、音を立てて床へ落ちる。そして1人が膝をついた。
その首に竹刀があてがわれる。
結果は幸村が膝をつき、竹刀を飛ばした。つまり、政宗の勝利だ。

竹刀をあてがった政宗に、幸村は彼を見上げながら優しく微笑んだ。

まるでこの結果に喜んでいるようである。
そんな幸村の表情に、政宗の心臓は大きく脈打った。
ドクン、と――それは心臓を鷲づかみにされたかのような衝撃だった。
目を見開き、思わず竹刀を握る力を緩めそうになり、ぎゅ、と持ち直す。


(…この…光景…どこかで…)


そして、幸村が口を開く。
政宗は、不思議なものを見て、聞いた。


――「某の負けにござる。さぁ、政宗殿、某を殺してくだされ。この幸村は政宗殿に負け申した」


不意に少女の狭い肩幅が広くなり、さらしを撒く胸は引き締まって、大きな瞳も少しばかり細くなり身を包む衣服も赤の羽織の男らしい青年が重なって見えた。
その青年の目は煌々とした輝きを失うことはない。
青年は優しげに微笑んでいた。微笑み、政宗を見上げていた。
幻はすぐに消えてしまったが政宗はしばらく目を見開いたまま、放心した。
徐々に、徐々に、何かが解かれていく。


「そうやって、また某を殺すのでござろう?幸村は、貴殿に再び殺されるのならそれは嬉しゅうございます」


口に出す言葉は恐ろしい言葉である。
他人が聞けば何事かと怪訝な目線を向けるだろうが政宗はそんな幸村の発言を気に止めることはなかった。


「真田…幸村…」

「ようやく、思い出したのでござるか?政宗殿」


政宗は竹刀を幸村の首にあてがうのをやめ、投げるようにそれを手放した。
そしてその代わりに膝をつき、同じく膝をついたままの幸村に腕を回す。
彼女の身体は女性特有の柔らかさを持ち、以前のような硬さは感じられない。
そんな行動に幸村はいつものように破廉恥っ!!と叫んだが、次第に己を抱きしめる政宗を抱き返した。


「幸村は…寂しゅうござりました…。某は覚えているのに、政宗殿が覚えておられない…」

「Sorry…だから、オレがアンタに負けたとき失望するような目でオレを見下したのか…」

「申し訳ございませぬ。某は勝手に期待をしておりました…あの場で政宗殿が思い出してくれるのではないかと期待して居たが故に…」


失望はでかかった…と、政宗が呟くと彼女はこくん、と頷いた。
そんな彼女を抱きしめる腕を強くする。


「アンタ、いつから記憶を持ってやがった?」

「産まれたその日からで候…。母上の腹に居た時からずっと夢を見ておりました。」

「Ha!そりゃ早ぇ。」


抱きしめる腕を少し緩め、彼女と目を合わせた。
以前政宗の苦手だったものである幸村の煌々とした瞳も今では愛しいものへとなっていた。
あれは自分ではない誰かに向けられているものだと、その違和感が政宗を変に苦手にさせていたのだ。
だがその向けられているのが、以前の自分だと解った今違和感は消え失せた。
幸村は恥ずかしそうに目を瞑り顔を背け赤くする。
半ば強引に政宗は幸村の顔を自分のほうへ向け、額に唇を落とす。


「記憶がなくてもアンタに惚れていたが、記憶が戻っちまえば話は別だ」

「破廉恥でござる…!!」

「Ah?出逢いのKissくらいいいだろ?出逢いと喜びのKissだ。色恋沙汰に興味がねぇとは聞いてたが…あれもオレのためと思ってもいいんだよな」


腕の中で近づく政宗を押し返す幸村を、行動を押さえつけるようにして大人しくさせる。
この男は以前からそうだった。強引なのだ。
そこも、幸村は惹かれてしまっているのだから仕方のないことなのだが。


「き、貴殿のためではござらぬ!某から離れられよ!」

「…幸村…、I love you.」

「そ、そそ、そのようなこと囁かれるな!」


昔では、はぁ…と曖昧に返事をしていた幸村だが、英語を習うようになった今ではこの言葉くらい解るようになっている。
顔を真っ赤にした幸村を逃がさんと、政宗は強く抱き寄せ、額と額をあわせる。
大きな瞳が動揺して揺れているが、拒絶の色は見えない。
そんな彼女にほくそ笑み政宗は目を閉じた。


「……生前より…お慕いしており申した…」

「おう…また、付き合おうぜ。幸村」

「…嬉しゅうございます…」


小さな声に政宗が目を開くと真っ赤な幸村と目が合う。
それが可笑しくて笑い、不機嫌そうにしている生前からの恋人に口付けを送った。



再び貴方と

相見え、恋し続ける


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幸村に「そうやってまた某を殺すのでござろう?」って言わせたかった。
あと、政宗に全てを見てるような幸村の瞳に怖がって欲しかったんです。





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