産まれてから片時も離れたことのない幼なじみが居る。 その幼なじみとは歳を重ねるほど仲良くなってお互いを意識するようになって、彼の方から告白されて、ずっと一緒に居る。 つまり腐れ縁からの恋人だろうか。 彼に言わせてみれば、私は小さい頃から一人が嫌いらしい。しかし私としてはそんなつもりはない。むしろ一人を好む方だ。 それに、一人が嫌いなどと口にした記憶もない。 だが私は彼に納得しておいた。私は彼が居ないと寂しいからだ。だから納得した。 「三成、どこに行くんだ?」 「化粧室だ。」 ワシも行く。そう言い席を立ち上がる奴はもちろん男であるから女子トイレには入れない。 しかしそれでも付いていくというこの男は、私を馬鹿にしているに違いない。 「何故だ。化粧室くらい私だけで行ける」 「駄目だ。三成に何かあるといけないだろう。それに、三成は寂しがり屋だからな」 結局教室を出、女子化粧室の手前になると家康はその場で足を止め、壁に寄りかかるのだ。 どうせこうなるのだから教室で待っていればいいものの。私は逃げはしないというのに。 家康は他の女子にその外見からチヤホヤとされるため女子トイレに群がる習性のある女にトイレの近くに居ればすぐに囲まれてしまう。 それをいいことに一度だけ家康を置いて教室に戻った事があった。 その時の家康の機嫌の悪さは一生思い出したくない。 用を足し、女子に囲まれている家康に目線を向けるとこちらに気がついた家康が人好きする笑顔で歩み寄ってくるが、一方その後ろの女子達は恐ろしい眼差しを私まで向けてくる。そんな目線に眉を顰め、小さく息をつく。 私だって好きで家康をつれて化粧室に行くわけではない。 案の定女共は「石田さんって何で家康くん連れてトイレ行くの?自慢?」と訳のわからない迷惑な思考を巡らせている。 この調子で私がある日嫌がらせにあったとき、家康は即座にその犯人を突き止め女子であろうと容赦なく懲らしめた。 その効果で私に嫌がらせする女子も、私を狙う男子も(家康がよく、私は魅力的だから男子に狙われていると言われたからそう思っているだけだが)寄り付こうとしない。 噂では、裏で家康が動いているという話だがあまりわからない。 目を丸くして――他人から見れば可愛らしい笑顔なのだろう、その顔を家康は女子のほうに向ける。 そんな目線に女子はさぞ嬉しそうな笑みを浮かべるが。 「いいや、自慢なんかじゃないさ。お前達のような者からワシの大事な三成を護ってるだけだ」 「家康」 人好きのする笑顔のまま想像もしなかった言葉を言われ女子達は絶句し、先ほどの笑顔が消え去っていた。 これを無視して家康を呼べば、私の隣にバカでかい図体が並ぶ。 この男は今にでもスキップしそうなほどに上機嫌だ。私のそばに居るときはいつもそうだ。嬉しそうな楽しそうな。 まったく、長い間一緒に居るというのにたまに奴の闇が読めない。実際は読みたくはない。この男はきっと私も想像できないほどの闇を抱えているに違いない。 人と接するときの光が強いのと同様に闇もまた深いだろう。 きっと、私が立つ位置が家康を闇にさせるのだと、胸のどこかで解っている。 「あれくらい私でも反撃できる」 「もし肉体戦になったら三成は力が弱くてならん。ひとりと大勢なら大勢が勝つだろう?」 「だからと言ってどこでも貴様がついてくるというのは」 きょとんとした顔で家康は私の顔を見つめた。 「だって三成は寂しがり屋だから仕方ないだろう?」 「…………」 何度も聴いた言葉。そして一度も言った事のないその言葉。 まるで不思議なものを見る目だ。何故ついていくことを拒絶されるのか本気で解っていない顔だ。 きっとこの男は何からでも私を離さないつもりだ。否、離せないのか。 どちらにせよおかしいことに気が付くことになる。 ああ、この男はどこか異常なのだ。 まるで当たり前のように私をそばに置きたがる。それは他にもない異常なほどの独占欲だ。束縛だ。 私を護るという理由で私は家康の腕の中という檻の中に閉じ込められている。 「家康…私を束縛するのは構わない。しかし私の望まない行動はやめろ。それが今貴様のしている行動だ」 束縛されて気分が悪いかと言われれば私は首を縦に振ることはないだろう。 それどころかこの男にならその束縛すらも心地よいと思う。 好いた相手のそばに居たいと、そのためなら束縛でも構わない。 しかしそれだけではよくないということは理解している。個人には個人の時間が大切なのだ。 「だが三成」 「私はひとりを好む。寂しいわけではない。…貴様は居ないと…それは違和感を感じるがな…」 家康より数歩先に進んで、私は背を向け足を進めた。 奴は何も言わず、ただ私の後を追うだけだった。 *** それからと言うものの、家康はこれまで以上に私に執着した。しかしそれには特に反抗しなかった。 家康がどこかおかしいのを気がついたのと共にあることも察していた。 これは周りの人間がこの男が私を束縛しているのを気が付いていても、これだけは私にしか解らないものだ。 時には私の家までついてきたり、またある時には奴が私を家に連れ込んだり…恋人同士であるのだからこれは当たり前なのだろうが、私達にはそんな習慣はなかった。 …いろいろと事が進んでいなかったからということもあるだろうが、家に行っても家康はそれまではしようとしなかったのだ。明らかな変化だった。 しかし私が時間がほしいと言えば家康は離れるようになった。 だがその時間が終わるといっそ清々しいほどに引っ付いてくる。これなら…、といつも通り家康と日々を送った方がいいと思うようになっていた。 気が付いたら私も家康が居るのが“普通”と化してしまっていたのだろう。 こんな状態で、ひとりで別の男と話でもしたらどうなってしまうのだろうか。 その鍛え上げられた身体で、何を言い、何をするのか。 それほどに幼なじみは私に執着した。 「三成。どこにいくんだ?」 「昼は屋上で食う」 ワシも行く。毎度お馴染みの返答を聞き、早くしろ。場所がとられる。と言えば、その外見から独占欲がすさまじい男だとは思えないほどの爽やかな笑顔で寄ってくる。 「三成は寂しがり屋だからな」 「貴様は寂しがり屋だからな」 目を合わせた瞬間、言われるであろう言葉に私も言葉をかぶせる。 私は寂しがりではないのだ。 しかし男は私を寂しがりだと言いついてくる。だがこの幼馴染こそが本当の寂しがりだった。 私がそばに居なければ、私を感じていなければ…想像も付かない。ということはこれが家康の闇の正体だ。決まって家康の闇が現れるのは私に関連してなのだ。 ここ最近になってからは考えが変わってきている。 私が家康のそばに居なければ闇が出ないのではないかと思っていた、しかしそれは逆だ。私が居なければ家康はどうなるのか解らない。 家康にはきっとこのことは自覚はないのだろう。ならば私は黙って奴を救う光になってやる。 いつでもそばで照らしてやる。その奥深く、計り知れない無上の闇を。 真実を言われた家康は困ったように眉を下げて笑っていた。 私は微笑みながら屋上へと向かっていく――。 深遠の心 ----------- 実は家康自体は闇で、三成が光っていうお話。 家康が明るく居るのは、三成が常にそばに居るから。 |