小さな初恋心 | ナノ




土佐が安芸の国と同盟をするらしい。
父の決めたことだから、と弥三郎は解りました。と頷いた。
その安芸国には弥三郎と歳の近い少年が居るらしい。
そうなんですか、是非仲良くなりたいです。と弥三郎は笑った。

そして親睦を深めるためと弥三郎は安芸の国へと訪問することになった。


***


長曾我部家の嫡男として産まれた弥三郎は争いごとが嫌いな大人しい性格をしている。
故に戦を嫌い、逃げ、女子ならば戦に出なくてもいいだろうと考え女装をし、化粧をした。
さらさらと柔らかい珍しい白髪に日に焼けていない白い肌は弥三郎を姫に変えた。
そしていつしか姫若子と呼ばれるようになったが、戦に出て恐ろしい思いをするよりかは全然いいと弥三郎は気に止めることはしなかった。
安芸訪問の際も、父である国親に普通の格好をしろといわれても聞く耳を持たずに、姫若子として安芸へと向かったのだ。
父は安芸の領主毛利の城へと談話のため向かうというので弥三郎もそれについてゆく。
城下町を歩けば姫若子を目にして、あれが長曾我部家の娘か?、毛利様のご子息のご結婚相手か?と随分と囁かれたが、誰も姫若子がれっきとした男児だとは思わない。
弥三郎はそれが嬉しかった。自分がこのまま女子だと思われれば戦に出なくても済む。
それが何より嬉しかった。

城に到着した弥三郎は父は談話のため毛利家当主毛利弘元と城に残り、その息子である松寿丸と対面した。
歳の近い松寿丸と遊ばせようと弘元の心遣いだ。

松寿丸は実に明るい性格の子どもだった。
弥三郎よりか年上だが無邪気で頬は健康そうな桃色をしていて、瞳もつり目であったが大きな目だった。
天真爛漫という言葉が似合う元気な少年だ。
そんな少年の父に近場を案内してあげなさいと言われ、はい!と答えた彼の後ろをすすす、と城内を付いていく。


「姫!そなた、何が好きなのだ?」


姫、その言葉に弥三郎は目を丸くする。
そして数秒後、自分が彼に長曾我部家の姫だと思われているのだと理解した。
悪い気もしなかったため弥三郎はそのままにすることにする。


「私は…蹴鞠や琴や歌を詠むのが。」

「琴や歌を嗜んでおるのか!是非今度歌を詠んで欲しいものぞ」

「ご機会があれば喜んで詠ませていただきまする」


そういえば、と少年はくるりと後ろに居る弥三郎に振り返る。
驚きで歩みを止めた弥三郎は多分初めてだろうその少年と目をばっちりと合わせた。
少年の外はねの髪と同じ色の大きな瞳と、この国では見ない蒼の瞳が交わる。
慌てて弥三郎は裾で口を押さえ、目線を落とし俯いた。
姫若子となる前から弥三郎は人と目を合わせるのが嫌いだ。


「ど、どうか致しましたか…?」

「あ…我は松寿丸という。好きに呼んでくれても構わぬ」


松寿丸は蒼の瞳から目をそらし、弥三郎と同じように視線を落とした。
その頬は先ほどより赤かったことに弥三郎は気が付く。


「はい…松寿丸様」

「な、ならば姫。城下の散歩にでも参ろうぞ」


少年は赤い顔のまま姫の手を取る。
姫もそれを拒絶することもなく、白い手で握り返し、はい。と頷いた。


***


城下町の店をひたすらと巡りに巡り、あれが欲しいこれが欲しいと松寿丸は甘味をいくつも買っては淡く桃色に色づいた唇へと運ぶ。
いずれの甘味も弥三郎に「姫も食うがいい」と分け与えられて、口にするが弥三郎はあまり甘味は好まなかった。
それでも礼を言って食べなくてはならないと懸命に口に運んだ。
それを繰り返していれば子どもの腹といえばすぐに満たされ、食休みのため松寿丸のお気に入りの草原で休むことになった。
あまり長く歩くことがない弥三郎の足も疲れ切っていて、大きな樹の下に腰を下ろせば心地よい風と木漏れ日が2人を照らした。


「先から聞こうと思っていたのだが、そなた…左目は…?失礼でなければ教えてくれぬか?」


弥三郎の肩がびくりと跳ねた。
少年の左目は包帯で隠れていて、その上からさらさらと白髪が隠している。
この瞳でよく囁かれる。あまりにも愛らしいが故に鬼に食われた、やら、同じ理由で鬼にもぎ取られたやら、言わせておけばどんどんと適当な話が広まっていく。
そしてその噂ゆえに酷い仕打ちにあったりするのもよくあることだ。
だから弥三郎は自分の左目を好ましく思っていなかった。
口を開こうとした途端、きゃらきゃらと笑いながら駆けぬく松寿丸よりか年上の子どもの集団が2人の前を駆け抜けようとした。が、その中の1人がぱたりと足を止める。
瞬きを数度して、子どもは弥三郎を見つめた。と思いきや足元に転がっていた石を拾うや否や。

――鬼に身を食われた子だ!

拳くらいある石を弥三郎に投げつけた。幸いにもその石は弥三郎の数寸手前に落ちただけで怪我をすることはなかったが、彼の胸を酷くえぐった。
周りの子どもも石を投げつけた子に続き、弥三郎に向け石を投げつける。

――忌まわしい!安芸に災いをもたらしに来たか!

最初こそは当たらなかったが次第に子ども達も狙いを定め、足や身体、頭まで狙う。
それを見て我に返った松寿丸は弥三郎の隣から素早く立ち上がり、腰につけていた鞘から抜刀した。


「無礼者!この者は土佐よりし参られた長曾我部家の御姫である!!石を投げつけるとは何事か!万死に値する愚行なり!」


高らかに叫び上げた松寿丸の声は確かに怒りを含んでいて、その声は遠くまで響き渡る。抜刀された刀をきらりと木漏れ日に輝かせ、子ども達に刃先を向ける。
はっとした子ども達はすぐさま領主の息子である松寿丸にその場にひれ伏した。

――申し訳ございませぬ毛利様!どうか御慈悲を…!

弥三郎しか目に入らず、その隣に居た松寿丸がまさか領主の子だとは思わなかったのだろう。最初に石を投げつけた子どもが懇願する。
それでも刃先を子ども達からどかそうとしない松寿丸に、隻眼の姫は松寿丸に駆け寄り、どうか情けを。と声をかける。
そんな姫若子の対応に松寿丸は心底驚いたが、姫がそう申すのなら仕方あるまい…と不機嫌面で刀を鞘へおさめた。
それをみた姫はほっと息をつき、子どもたちに微笑みながらお行きなさい。と言えば無言で子ども達は走り逃げていった。


「申し訳ございません…私が醜いまでに…」

「こちらこそすまぬ。不快な思いをさせたであろう。」


いえ、慣れておりますのでどうかお気になさらないでください。姫はそう微笑んだ。
その微笑みに、どこが醜いのだ。幼き少年は思わざるを得ない。この姫は見たことがないくらいに美しく可愛らしいというのに。
再び木漏れ日の下に腰を下ろし、姫若子は先ほどの疑問に答えることにした。


「私の左目は、幼き頃樹の近くで遊んでいたときに枝で…。噂では鬼が何やらと言いますが、どこから出たのか」

「そうか…今も痛むのか?」

「いえ、もう痛みません。傷が大きく醜いので…」


痛々しく微笑む姫に松寿丸の胸はぎゅっと苦しくなる。
そっと右手を伸ばし、可愛らしい姫の頬に触れる。


「姫…決して醜いとは思わぬ、故に傷を我に見せてはくれぬか?」

「…しょ、松寿丸様…そ、それだけは御堪忍を…」


頬に触れる手に触れ放そうとするも軽い力では放してくれないようで、弥三郎は混乱する。
正面に居る松寿丸はいつの間にか急接近して木漏れ日から影を姫に落としていた。
頬に触れていた手は華奢な姫の手を取り、左手は肩を掴み、手を捕られた少年は逃げ場がないことを知る。
するとそのまま松寿丸は左目に髪や包帯の上から口付けを2度ちゅ、ちゅ、と送った。
驚きで強く目を瞑った弥三郎は思わぬ行動に度肝を抜かれる。
思わず、そのまま硬直してしまうほどに。


「そなたが嫌がるのであらばまたの機会まで待とう」


ぱっと離れた松寿丸に、顔が熱くなっていくのを弥三郎は感じていた。
目線を泳がせると気を遣ったのか少年は立ち上がり放心する姫に手を伸ばす。
気が付けば日も傾き始めていた。


「城へ戻れば風も冷たくなろう。そろそろ帰らねば」

「あ、え…ええ。ありがとうございます松寿丸様」


伸ばされた手をとって弥三郎は立ち上がる。
着物を叩いて歩き出した松寿丸について行けば、彼に隣へ。と呼ばれ隣を歩く。


「姫は手が暖かいのだな」

「そういえば、松寿丸様冷えてましたね」


年中そうなのだ。松寿丸が答えたのを聞いて弥三郎は隣を歩く少年の手を取る。ひんやりと冷えている手が弥三郎の温度でゆっくりだが熱を分け与えてくれた。
とっさにとってしまった行動に弥三郎は恥ずかしさを覚え、俯いた。すでに手を繋ぐ少年は恥ずかしさからそっぽを向いている。そのまま2人の間に会話が始まることはなかった。
ただ、城まで一度も握った手は離しはしなかった――。


***


土佐・長曾我部と安芸・毛利の同盟は正式に結ばれ、対話は終了した。
そのため数日間共に居た松寿丸と弥三郎は、父である国親が土佐に帰ることから別れを告げなくてはならないことになる。
子ども達としては解りきっていたことなので、覚悟は出来ていた。
それは、確かに帰ると聞かされた瞬間2人は肩を落としていたが。
港に船が止まり、それに乗り込む父と弥三郎。見送りには松寿丸とその父が来ている。父と頭を下げながら出港寸前の船の上で姫は松寿丸を見つめた。
すると松寿丸は港のぎりぎりまで身を乗り出して大きく息を吸い込んだ。


「姫!!我はいつかそなたを迎えに参る!!それまでどうか、我を覚えていてくれぬか!!」


高らかな通る声。これには両者の父は驚いた。それもそのはず姫と呼ばれたこの弥三郎はれっきとした男児である。しかしそれを松寿丸は知らない。
彼を長曾我部の姫と思い込み、信じて疑わない。そして弥三郎も、長曾我部の姫になれればいいのにと心の底から思っている。
この姫若子も小さく笑ってから船の甲板を身を乗り出す勢いで松寿丸に向かって大きく息を吸い込む。


「解りました!!待ってます!松寿丸様のこと、お待ちしております!!」


本当はわかっていた。いくら姫の格好をしていても本当の姫にはなれないことを。それでも弥三郎は松寿丸の姫であろうと思った。
船の帆が風を受けて大きく膨らむ。たちまち船は安芸国の港から距離を生む。
2人の子どもはお互いが見えなくなるまで…見えなくなってもずっと大きく腕を振った。
さようならとは言わなかった。
同盟国なのだからきっとまた数年後に逢えると思っていたから。


「ごめんなさい松寿丸様、私の名は姫ではなく弥三郎と言うのです。」


甲板で1人水平線を眺めながら潮風を浴びながら弥三郎は安芸国の少年に謝罪する。
口付けを送られた左目が好きになれた。
人とは違う色を忌むことなく接してくれた。
子ども達から護ってくれた。
それが嬉しくて、少年の口元が緩む。


「私がつらいところを助けてくださったのだから、今度は私が松寿丸様をお助けしなくちゃ」


背まで伸びた髪を靡かせ、蒼い瞳を細める。
こうして弥三郎はこの日、決意した。



数年後、再会した松寿丸基毛利元就と姫若子基長曾我部元親はお互いの顔をあわせるや否や驚きの声を上げたという。



小さな初恋心



「き、貴様が…あの姫だと言うのか…!?認め…認めぬ!!」
「あんたが…あの松寿かよ…あの明るい性格はどこへやった…!?」
「知らぬ、知らぬわ!!貴様のような野蛮な人間知らぬ!!」
「俺だってあんたみてぇな可愛げのねぇ人間知らねぇよ!」
「可愛げだと!?貴様が言うか!貴様こそ可愛げはどこへやった!!」
「瀬戸海に沈んだんじゃねぇか?まぁいい、仲良くやろうぜ“元就”」
「…く…っ!!」



我の初恋を返せ!

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BSRジオで瀬戸内の中の人がこんな話してたので萌えに便乗して。

弥三郎の決意はどんなことでも助けられる人になろう、って感じです。
なった結果がアニキですねアニキー!

閲覧ありがとうございました。


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